《その後の二人》2.恋に恋する(2)
「…………」
「……いやぁ、まさか泣き上戸とは」
あははははっ、と沢渡が乾いた笑いを零した。
今、目の前でぐすぐすと鼻を啜っているのは相良雪路だ。両手で米焼酎のお湯割りの入ったぐい飲みを握り締めている。泣いたせいで目と鼻が真っ赤。ついでにアルコールのせいで頬も赤い。こうなってはイケメンも台無しである。
いい感じに酒入った私達は、それとなく相良から本音を聞きだそうと彼に話を向けた。するとアルコールの効果かそれとも気を許してくれたのか、相良はポツポツと今までのこと話してくれた。つまりは最初に沢渡が私に話してくれたようなことを。そして最後に今まで女の子たちに言われてきた言葉の数々を口にしたのだ。それは女の子達が相良に求めているものをはっきりと現した台詞ばかり。彼女達の話題と言えば自宅の大きさや両親、好きな服やジュエリーのブランドのこと。そして食事に行く話しになれば、高級レストランの名前が上がるなどなど。
流石の私も、女の欲望をまざまざと見せ付けられた気がしてうんざりした。相良には同情するわ。
「まぁでもさ、皆が皆そんな子じゃないって。相良君の場合、初対面だとそう思われちゃうかもしれないけど。ある程度友達として仲良くなった女の子なら大丈夫でしょ」
「そうそう。真奈ちゃんみたいにブランド物に興味ないって子もいるんだし」
「……何それ、なんでそうなんの」
こら沢渡。何故お前が私の事を決め付けるんだ。
「え? だってそうでしょ? 大学生になると大抵皆ブランド物一個は身につけてるけど、真奈ちゃん全くじゃん」
「……まぁ、そうだけどさ」
正直言って、ブランド物だから欲しいって感覚は無い。ブランドなんか関係なく、高かろうが安かろうが可愛いものは可愛いし、良いものは欲しいって思う。
「そうなの? 小柴さん興味ないの?」
「うーん。興味ないって言うよりは、ブランドにこだわりは無いっていうのが正しいのかな? ブランドとノーブランド並べて、ノーブランドの方が可愛ければそっち買うし。もし親が誕生日に高級ブランドのバッグ買ってくれるって言ったら、買わなくて良いからその分現金で頂戴、って言うと思う」
「あははははっ。流石真奈ちゃん」
「……沢渡。あんた絶対それ褒めてないでしょ」
ジロリと沢渡を睨む。こいつは酒とか関係無しに、最初から遠慮が無いんだよな。
「小柴さん」
「ん? どうしたの?」
「小柴さんって、彼氏いないんだよね?」
まぁ、そりぁ。彼氏はいないけど……。って、なんだか相良の様子がおかしいな。いつの間にか涙は引っ込んで、やけに真剣な顔をしている。
「いないけど、どうしたの?」
「僕はだめ?」
「は?」
「小柴さん、僕に興味ない?」
「…………」
絶句。情けない事に私と沢渡2人揃って。
そりゃあ、相良はイケメンだよ? モデルとか芸能人でもおかしくないくらい。性格も穏やかそうだし、いじわるなこと言わないだろうし……って、コラコラ。誰と比べてるんだ、私。
思わず相良の糸を確認する。初恋かってくらい色は鮮やか。けれど合コンの時と同じく長さは短い。うん、大丈夫。そこまで本気じゃないから、まだ軌道修正は十分間に合う!
「あのさ、相良君……」
「興味ない」
私が言い終わる前に頭上から振ってきた声がそれを遮った。唖然として見上げれば、そこには見慣れた大きな影。
「く、久我!?」
「お~、早かったじゃん。こーへー」
「え? 何? 知り合い?」
引きつった顔で久我に声をかけた沢渡を見る。なによ、あんたら。下の名前で呼び合うような仲な訳!?
「俺、顔を広いから。言ったでしょ。前から真奈ちゃんのこと知ってたって。晃平からも真奈ちゃんの話聞いてるよ」
「……な、なんで久我がいるの」
「そろそろ遅い時間だからさ。俺が呼んだの」
そう言って手にした携帯をひらひらと振る。わざわざ私を迎えに来させたってこと? それって完全に“彼女扱い”じゃないの!?
「ちょっと久我! あんた沢渡に私の事なんて言って……」
「帰るぞ」
「あ、ちょっと!! まだお金……」
不機嫌な顔をした久我が私の腕を引っ張って個室から出る。そりゃ、わざわざ私を迎えに来る為に呼ばれたら不機嫌にもなるよね。沢渡のヤツ、余計な事を……。
* * *
晃平と真奈ちゃんが慌しく個室から出て行って、俺は苦笑いを浮かべる。前からあまり自分の事は話したがらないヤツだったけど、真奈ちゃんの事になると慌てて店に駆けつけるのだから面白い。これがどれだけレアなことか、真奈ちゃん気づいてないんだろうなぁ。
隣で一言も言葉を発しない雪路に気づいて、俺は隣を振り返った。
「いや~。呼んだは良いけど、タイミングが悪かったなぁ。あ、雪路。アレ真奈ちゃんの彼氏だから。真奈ちゃんの事は諦めな」
「…………」
あれ? 返事が無い。よっぱらいの軽口かと思っていたけど、まさか本気で真奈ちゃんに惚れていたんだろうか。
「おーい? 聞いてる? ショックだった?」
雪路の顔の前で手を振ってみると、2人が出て行った方向を見たままポツリと言葉を零した。
「……かっこいい」
「は?」
「僕も、あんな男になりたい」
「…………。マジで?」
どうやら惚れたのは真奈ちゃんじゃなくて晃平の方だったみたいだ。
でも正直、雪路が晃平みたいになるのは無理だと思うけど。まぁ、希望を持つのは本人の自由だし。ここは放っておこう。
* * *
店から出ると冬の空気が身に染みる。思わずぶるっと身震いすると、久我の手がちょっと緩んだ。
「お前……」
「え?」
「…………。あんなのがいいのか?」
「あんなの?」
あんなのって何が? そう聞き返そうとした所で、私ははっと息を飲んだ。まさか、コイツ……
「もしかして、さっきの会話聞こえてた?」
『さっきの』とは酔っ払った相良君の告白まがいな発言のこと。問えば再びぎゅっと手を握られた。
これは……完全に聞かれてるな。不機嫌なのは私のせいで呼び出されたからじゃなくて、相良君に嫉妬して?
「久我」
「…………」
「くーが」
「…………」
「……………こーへー」
「!?」
驚いた久我が私を振り返る。その顔がなんとも間抜けで、思わず笑ってしまった。
「沢渡のマネ」
「お前なぁ……」
「わっ!!」
ぐいっと引っ張られ、久我が大股でどんどん先へ進んでいく。ちょっと待ってよ!! 手を握られたままじゃ、私は駆け足で着いて行かなくちゃいけないじゃん!!
気づけば、住宅街の小道に出ていた。
「あれ? 駅こっちじゃないよ」
「もう終電ないぞ」
「うそ!! もうそんな時間!?」
街灯だけじゃ腕時計が良く見えなくて、慌ててコートのポケットから携帯を取り出す。確かにディスプレイに表示された時間は日付を越えていた。しまった。どうしよう。
「じゃあ……、今何処に向かってんの?」
「俺んち」
「はぁ!!?」
あっと言う間に辿り着いたのは綺麗な学生アパート。引きずられるようにして2階への外階段を上がり、部屋に押し込まれた。初めて見る久我の家。そこはいかにも久我らしい、シンプルで落ち着いた家具の揃った部屋だった。
って、そうじゃなくて!!!
「ちょっと! 私帰るから!!」
「どうやって?」
「タクシー拾うわよ!」
「大声出すな。近所迷惑」
「だって……、っんん!?」
玄関に突っ立ったまま顎をとられて唇が塞がれる。出たな変態キス魔め!! でも、お酒が入っているからなのか、いつもより力が入らない。久我の大きな手が首の後ろ撫でると肌が粟立つ。
「やっ…久我……」
「晃平」
「え?」
「もう一度呼べ」
「…………こーへー」
すると、それまで不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた久我がふっと表情を緩めた。あれ、なんで? それを見ただけで心臓がどくんっと大きな音を立てる。
「真奈」
待って待って。私の事は名前で呼ばないで! 頭の中が沸騰しそう。沢渡に呼ばれるのとは全然違う。体中に久我の低い声が響くようで、奥が震える。
ふわっと体が浮いたかと思うと、柔らかい場所に下される。そこは自分のじゃないベッドの上。久我の、ベッドの上。
「くくくくく久我!!! ちょっと待って!!!!」
「待たない」
「やっ!! ふっ……んぅ…!」
覆いかぶさってきた久我の唇が再び重なる。大きな舌が私の口の中を撫でて、私はもう泣きそうだった。だって、これって、この展開ってもしかして…………もしかするの? しちゃうの? 嘘でしょ!?
混乱する頭の中で、それでも誰が悪いのかってことは分かる。
沢渡の大バカヤロ~~~~~~!!!!!




