《その後の二人》2.恋に恋する(1)
今、私の目の前には2人の男が座っている。ここは居酒屋。学生やサラリーマンがワイワイやるようなチェーン店ではなく、落ち着いた雰囲気の隠れ家居酒屋だ。席は全室個室かカウンターのみで、料理は和食中心。そしてなんと言っても日本酒・焼酎は豊富な種類を置いていて、酒好きにはたまらないお店なのだ。
おっと、ついついテーブルに広げられたメニューに気をとられてお酒の話になってしまったけれど、話題を戻そう。もう一度言うが、私と同席している男が2人。つまり、この個室には3人だけ。それが誰かなのかと言えば――
「真奈ちゃん決まった?」
「うん。最初は梅酒にしようかな。黒糖梅酒で」
「俺らはビールで良いよな。雪路」
「うん」
今の会話でお分かりになっただろうか。一人は唯一この大学で私をちゃん付けで呼ぶ沢渡。そしてもう一人は相良雪路だ。
「二人が仲良いのって意外」
「そう? 苗字が近いから、最初の課題の班が一緒でさ。そんで仲良くなったんだ」
「こう見えて淳也は真面目だから。授業もサボった事ないし」
そんな世間話(?)をしながら呼び出しボタンで店員さんを呼び、オーダーを済ませる。
さて、何故こんな事になっているのか説明しよう。今日は金曜日。そう、合コンの夜に沢渡が送って来たメールの通りになっているのだ。だけど勘違いしないで欲しい。私は決して彼に了承のメールを返したりしてない。なんとコイツ、授業後にわざわざ心理学科まで顔を出して、私を拉致ったのだ。メールならともかく直接顔を合わせてしまえば、当然断りづらい。予定があるならともかく今日はバイトもほかの約束もなくて空いていたのだから。誤算だったのは相良雪路が一緒だった事。沢渡はともかく悪気の無い相良を邪険に扱う事もできず、今に至っている。
「仲良いのは分かったけど、なんでこのメンツ?」
「まぁ、正直言うとさ。遠慮なく酒が呑めるメンバーだけで飲んでみたかったんだよね」
「あぁ……。成る程」
その気持ちはちょっと分かる。私の友達でも強いお酒が呑める子はあまりいない。最近は男子も呑めないヤツが増えていると言うし、沢渡達も同じ境遇なのだろう。基本複数で呑みにいけば当然御代は割り勘。大概酒代が占める割合が多いから、お酒が呑めない人達に同額を払わせるのは申し訳なくて、全然呑めない人が居ると遠慮して自分もあまり呑まなかったりする。一人だけ強いお酒を呑むのも気が引けるしね。前回の合コンメンバーではなく私だけが呼び出されたのも、それが理由なら納得だ。
「あ、トイレ言ってくる。
「帰ってくる前に酒が来ても先に呑んでるからな~」
「えぇ、そこは待っててよ」
「あははっ、いってらっしゃーい」
個室出た相良を見送る。すると沢渡がはーっ、と息を吐いた。
「どうしたの? お疲れ?」
「あー……、んーとさ」
「?」
「実は俺、前から知ってたんだよね。真奈ちゃんこと」
「知ってたって。何が?」
「心理学科の恋愛相談エキスパート。小柴真奈」
「!?」
知らなかった。他所じゃそんな風に言われているのか、私。
合コンの後に個人的に声をかけてこようが、沢渡が私に興味がないのは分かっていた。それは勿論糸がこちらを向いていないからだ。
「だからさ、先週の合コンに来ててラッキーって思ったんだよね」
「何それ、私になんか相談したかったってこと?」
「ん。まぁ」
そして沢渡は先程相良が出て行った横引きの扉をちらりと見る。目線が外れた間に、私は沢渡の左手を見た。
彼の赤い糸は鮮やかで長いけれど繋がっていない。多分、既に好きな相手がいるのだ。彼の想いが向いている相手がここにいないから、進展状況は分からないけれど、これだけ長いのだから相手もまんざらではない、という所か。両想いまで後一押し。つまりは彼自身の恋愛は順調に進んでいるという事。
なら、何を相談したいと言うのだろう。
「相談したいのはさ、雪路のことなんだ」
「相良君の?」
「真奈ちゃんはさ、最初に雪路見てどう思った?」
何故そんなことを訊かれるのかは分からないけど、あの時思ったことを素直に答える。質問を質問で返さないのが、相談を受けるときのポイントだ。
「うーん。噂通りの爽やか草食系イケメン? 彼女いないのが意外だった」
「どうして彼女が居ないって分かったの?」
あ、しまった。まさか小指の糸が誰とも繋がっていないから、とは言えない。ここはまぁ、無難に返しておくか。
「だって基本は彼女いないから合コンに来るわけでしょ?」
「彼女がいること隠して参加しているとは思わなかった?」
「……ん、まぁ。正直本人に会うまではそれも考えたけど」
「けど?」
「本人はそんなに器用なタイプには見えなかった」
すると、それまで神妙な顔をしていた沢渡が顔を崩して笑った。
「はははっ、流石心理学科。当たりだよ」
でしょうね。しかし結局、沢渡は何を言いたいんだろう。
「噂の通り、雪路の親父さんは政治家でさ。そういう家だと、やっぱガキの頃から勉強とか習い事とか厳しかったんだって。友達も周りの大人が決めるって言うんだからすごいよな」
「うわ~、マジで?」
「マジマジ。だから高校までは親の敷いたレールを真っ直ぐに走ってきたガリ勉くんだったわけ。でも大学受験の時にそれが嫌になったらしくてさ、親御さんと大喧嘩して、ウチの大学に入ったらしい」
「へぇ~」
ウチの大学はセレブの一貫高でもなければ、有名国立大学でもない。きっとご両親はそそういう大学に入れたかったんだろうけど、自分の意思を貫き通したんだ。偉いなぁ。
そこで段々私は沢渡の言いたいことが分かってきた。つまり、
「相良くんって大学デビューなんだ」
「そ、正解」
成るほど。親は政治家だし、顔はイケメンだしで遊び慣れていると思われがちだけど、実際は真逆なんだなぁ。
「でも、さっきの真奈ちゃんの言葉通りに女の子達は雪路の事を見てるでしょ。だから初対面から女の子の期待値が高くてさ、実際のギャップとの差で雪路は悩んでる訳」
「女子の先入観が相良君のハードルを上げてるわけだ」
「そうなんだよ~。雪路自身は経験もないし、自信も無いだろ? 彼女は欲しいけど、そこが中々ね~。真奈ちゃんの友達で、誰かそういうギャップに退かない子いない?」
「うーん……。初対面の時にそう言うの隠すからダメなんじゃないの? 最初から正直に打ち明ければ、逆に慣れてない感じが可愛いって言う子はいるよ。奇しくも草食系ブームな訳だし」
「それが出来れば苦労しないよ~。女の子達のギラギラした目線を浴びちゃうと、雪路も怯んじゃうんだよねぇ」
「あぁ……」
先週の合コンも皆気合が入ってたもんなぁ。そもそもモテイケメンを期待して集まってる訳だしねぇ。
「本人にやる気はあるんだ?」
「あるよ~。そりゃガンガン行くタイプじゃないしけどね」
合コンの時も積極的に女の子達に絡んでる訳じゃなかったけど、恋愛に関しては前向きなんだ。彼の糸が鮮やかだったのは、特定の相手に恋愛感情を抱いていたからじゃない。だって、糸は短いままだった。多分、鮮やかにしていたのは恋愛に対する憧れの感情。
「恋に恋している感じだねぇ」
「正にその通り。真奈ちゃんて、マジですごいんだね」
「……まぁ、真面目に心理学勉強してますから」
こう言う時、心理学勉強しているとほんと便利。私はあくまでまだ学生だし、例え専門家だとしても、何もかも見抜ける訳じゃない。でも知識の無い一般人は心理学にズバズバ心の内を言い当てるようなイメージを持っている人が多いから、下手な言い訳でもあっさり騙されてくれる。
そこで丁度店員が頼んだお酒とお通しを運んで来て、この話は一旦中断となった。
(恋に恋する、か……)
私も似たようなもなのかもしれない。現実に足を踏み入れることを躊躇して、久我を待たせっぱなしにしているのだから。そんなことを考えながらグラスを握る。
そして、先の宣言通り相良を待たず、私達は乾杯したのだった。