《その後の二人》1.平行線の攻防(1)
季節はずれのネタですいません。どうしても続きが書きたくなったので投稿します。
冬まで待とうかとも思ったのですが、その頃に私のやる気が持続しているか不明なので(笑)
めっきり外の空気も冷たくなった11月。今年もあとわずかなこの時期に、私のスケジュールはびっしりと埋まっていた。
大学の授業が終わればアルバイト。もしくはサークル。マイペースにそんな日々を送っていた私は最近やたらと合コンに誘われるようになった。お陰で夜の予定はほとんど埋まり、休む暇も無い日々を送っている。
だが勘違いしてはいけない。私が合コンに誘われる理由は勿論モテるからでは決してない。それは人には言えない私の特技と関係していた。
私、小柴真奈の特技は人々の左手小指から伸びている赤い糸が見えること。え? いい歳して何乙女チックなこと言ってるんだって? まぁね。私だって他人事だったらそう思うよ。でも実際に見えるんだから仕方が無い。ファンタジーでも夢物語でもなんでもない。確かに赤い糸は存在しているのだから。
赤い糸って言っても多分皆が想像しているような最初から決まった絶対の運命じゃない。だってそうでしょ? 誰だって好きになった瞬間、この人が一番!って思う。この人が運命の人なんだって。けれど時間の流れとかお互いの生活とか、色々なものに左右されて別れる時だってある。それと同じように互いの想いが通じて赤い糸が繋がった2人も、いつか別れてその糸が切れる事だってある。そして新たな恋をして、切れた糸が繋がっていく。そうやって最後の人が現れるまで恋をするように、赤い糸だってくっついたり離れたりを繰り返す。赤い糸は神様が決めた絶対事項ではなく、本人達の意思で繋いでいくものなんだ。
要は、私に見える赤い糸って言うのはこのえ人両想いなんだなぁ、とか分かるフラグみたいなもんだって事。赤い糸が無くたって顔見るだけでダダ漏れなバカップルもいるけどね。
そんなこんなで実は私、昔からこの特技を活かして友達の恋愛相談に乗ったりしている。相談者が気になっている相手の気持ちが何処へ向いているのかが私には分かるから、よく当たる占い師のように評判になっているのだ。
はい。ここまで話せばもう分かるよね。今は11月。私のように独り身の若者達には年末よりも重要な日が迫っている。その名もクリスマス・イブ。世界中の恋人たちが愛を囁くこの日を天国にするか地獄にするかは合コンの出来次第。そこで、真剣勝負の戦場に私はアドバイザーとして参加するよう女子達から頼み込まれているのである。
勿論アドバイザー役なので私が抜け駆けして男性側の参加者にアプローチすることは禁じられている。なら損じゃないか、と思う事なかれ。その代わりなんと参加費は依頼した女子達が負担してくれるのでタダ!! よく考えて? 合コンならば安いチェーン店ではなく、ちょっとこ洒落た居酒屋やレストランで催される。そこでの飲み食いが全部タダよ? 色気よりも食い気な私が、この条件で協力しないわけが無い!
と、そんな訳で合コン三昧な私なのです。
「カンパーイ!」
男性側の幹事の音頭で皆がグラスを掲げる。今回は同じ大学内の友人同士5対5の合コンだ。最初は知らない顔も混じっているから皆大人しいもの。
いや、しかし女性陣。今日も皆気合が入ってるね。服装・髪型・化粧、指の先までバッチリだ。というか、いつもより気合が数倍な気がするのは勘違いじゃなかろう。何せ今日は……
「じゃ、まずは自己紹介でいっかな? えーと、やっぱりここは男からいっとこっか? 俺は今日の幹事の神田敦です。女子の幹事をしてくれた乾ちゃんと同じサークルで、英文科2年。よろしくね~」
幹事の明るい声でセオリー通りの自己紹介が始まる。合コンと言えばこれだよね。
「んじゃ、次は隆ね」
次々と簡単な自己紹介。そして4番目に差し掛かると女子の目がキラリと光った(気がした……)
「英文科2年の相良雪路です。よろしく」
にこりと微笑んだのは同い年の爽やか男子。涼やかな目元にブラウンアッシュの髪。服装はシンプルだが色使いが上手くおしゃれ。一言で言うならモデル系草食男子。実は私が今回の合コンに呼ばれたのは彼が居るからだったりする。
言わずもがな、相良雪路はモテる。整った容姿とおしゃれで穏やかな性格。そして父が政治家の所謂セレブ。大学でも結構な有名人なので私も名前は知っていた。そんな彼が合コンなんて冷やかしだろうと思ったのだけれど……
(彼女居ないって本当だったんだ……)
ちらりと彼の左手を確認した私は心の中でそう呟いた。
申し訳程度に左手小指に見える赤い糸。長さは3センチ程しかなく、だらりと下に垂れている。短いのは誰とも繋がっていないから。糸が下に垂れているのはまだ気になっている人が居ない、もしくは恋愛に興味を抱いていないから。
(ま、本当に彼女が居ないって事を伝えるだけでも喜ぶだろうな)
そう思って、いつものように一番端の席に座った私は横に並んだ女子達を見た。そう、私は相良雪路を本気で狙ってる女子達に頼まれ、今日この席にいるのだ。
男子の自己紹介が終わり、今度は女子側の幹事から自己紹介を始める。おいおい、皆いつもより声がワントーン高くない? どことなく甘ったるい香りがするのは彼女達の香水か、それとも本気フェロモンか。
最後に私の番が来て、普段着に近い服装な私はいつもの通り気楽に口を開いた。
「ゆきりんの友達で、心理学科の小柴真奈です。よろしく」
「へー、真奈ちゃんだけ心理なんだ」
そう言葉を掛けてきたのは私の正面に座っている男子だ。えぇっと、何て言ったっけ? 確か、沢渡だったかな。長めに伸ばした髪はダークブラウン。少し垂れた目に口元に笑みを浮かべた姿はどことなく軽薄そうに見える。つーか、行き成り下の名前って。しかもちゃん付けなんて、ガラじゃないんだけどな。見た目通りのチャラ男か? コイツ。
「うん、そうだけど」
「ゆきりんとは何繋がり?」
「同じ学科の友達の更に友達。何度かお昼一緒に食べたりして仲良くなったんだよね」
「うん。そうそう」
私の言葉に左隣に座ったゆきりんが相槌を打つ。これは本当の話。どんな時でも女子力全開な彼女の潔さが私には好ましくて、直ぐに仲良くなったんだ。ハニーブラウンのふんわりカールの髪をハーフアップにした彼女は今日も雑誌モデルのようなファションとスタイルをキープしている。
「へぇ。全然タイプ違うように見えるけど、仲良いんだねぇ」
あぁ、こいつの言いたいことが分かった。私は一度も染めた事の無い黒髪を顎の辺りで切りそろえたショートボブ。服装もスキニーデニムとグレーのカジュアルなカットソーだから、ゆきりんとは全然違う。要は地味だっていいたんだろ、コノヤロー。
「まぁねー」
そんな心の内を見せずに、私は手元のグラスに口をつけた。あぁ、早くこの一杯目を飲み終わって次に行きたい。
今日は和と洋を掛け合わせた創作料理が売りのお店。大体合コンの時って女子は強いお酒を呑まない。まぁ、一軒目から酔っ払った姿を見せられないのもあるし、お酒が弱い方が可愛く見えるっていうのもあるらしい。それに付き合って私も最初は皆と同じように甘めのカクテル系を頼む。けれど酒好きとしてはやっぱり好きなものが呑みたい。だからいつも皆が盛り上がって来たら、適度に狙っていたものを頼むようにしているのだ。今日の狙い目はイタリアの地ワイン。一軒目は大体2・3時間で出るだろうから、1時間経ったら頼もうと決めていた。
「真奈ちゃんはいつも何呑むの?」
おっと、まだこいつ私話しかけてくんのか。正面だから? あんまり他人に気を使いそうなタイプには見えないけどな。けど、沢渡の左隣、つまりゆきりんの正面は相良雪路がいる。ここは会話に乗っといて、ゆきりん・相良を巻き込むのがベストかな。
そう思って私は顔を上げて沢渡を見る。
「最初にカクテルとかサワーとか軽いの飲んで、最終的にはワインとか焼酎かな」
「うわー、強いんだね」
「うち親もお酒強いから。ゆきりんはあんまり呑めないんだっけ?」
「あ、うん。私はいつもカクテル2・3杯ぐらいかな。沢渡君は?」
「俺は大抵ビール」
そう言って沢渡はビールグラスを傾ける。私はお通しに箸を伸ばしながら相良に話を振った。
「相良君は?」
「あ、僕もビールが多いかな」
「雪路は何でも飲むよな。焼酎も日本酒も」
「うん。まぁね」
草食男子の意外な答えに「えー。すごーい」と女子から声が上がる。
「私焼酎も日本酒も呑んだ事無いんだけど、どれが美味しいとかやっぱりあるの?」
ゆきりんの問いに何故か相良は私の方を見た。その顔はちょっと困っているように見える。
「私は千鶴とか桜島かな~」
「へぇ、小柴さんは芋が好きなんだ」
「そう。泡盛も好きだよ。相良君は天使のはしごとか飲んでそうだよね」
「それどんなイメージ? でも米も好きだよ」
私が助け舟を出すと、相良君はほっとした顔でのってきた。一方ゆきりんは首を傾げている。……そうだよね。お酒呑めないっていっている子に好きな銘柄なんて言った所で分からないよね。多分、彼が戸惑っていたのはそのせい。質問されたものの素直に答えていいか分からなかったんだろうな。
「天使のはしごって可愛い名前だけど、それもお酒なの?」
「そう、米焼酎」
「へぇ。初めて聞いた」
段々と話題はお互いの学科の授業やサークルへと移っていく。その間も女子達は運ばれてきた料理を取り分けたり、グラスの空いた人のオーダーを取ったりと女子力の高さをアピールしている。だが、ここはやっぱり合コンの場。それなりに場が盛り上がって皆が打ち解けてくると、話はお互いの恋愛へと変わる。まず、開口切ったのは幹事の神田くんだった。
「俺はさー、大学進学の時に前の彼女と別れちゃったんだよねー」
「えー、なんで? 遠距離?」
「そう。彼女九州行っちゃったんだ」
お、何だ何だ。神田君に相槌を打っているのは女子の幹事乾ちゃん。何気にあの2人、良い感じだな。それぞれの赤い糸は短いもののお互いに向かって伸びようとしている。色も鮮やか。今まさに気持ちが盛り上がっている証拠だ。
他の女子3人はと言えば、やはり3人ともお目当ての相良雪路へ一直線。けれど当の本人はそこまで盛り上がってないみたいだ。最初の時より相良の糸も鮮やかな赤になっているけれど、そこまでこの人!!っていうのはまだ居ないみたい。
女子3人が懸命に相良に話しかけているのを横目で見ていた私は、ふと視線を感じて顔を上げた。
「……何?」
「ん~、いや」
そこにはなんとも形容しがたい顔をした沢渡が居る。あぁ、コイツからすれば正面は合コンに興味の無い私だし、他3人は相良君に取られるしでつまらないのかも。けどこの席に座ったお前が悪い。ご愁傷様。
そんなことを考えていたら何故か沢渡は私に顔を寄せてきた。そして小声で呟く。
「なぁ、真奈ちゃんも雪路目当て?」
「……そう見える?」
どこをどうしたらそういう考えに行き着くのか。不思議に思った私が答えれば、沢渡は満足そうににやりと笑った。
「いや、全然」
「あ、そ」
結局何を確認したかったんだろう、コイツ。まぁ、いいや。そんなことより、私はそろそろお目当てのワインが飲みたいんだ。
私がお酒のメニューを開くと、ちょいっと指をかけて沢渡が覗き込んできた。
「沢渡君も何か頼む?」
「うん。真奈ちゃん何に飲むの?」
「これ」
「おー。いいね、ワイン。しかも赤。俺も飲むからグラス二つ頼んで」
「私辛口だけど、同じでいいの?」
「辛口がいい」
「オッケー」
こういう場では一人でワインの呑みだすよりも、二人一緒の方がオーダーしやすい。明らかに私と沢渡だけが合コンを無視して単なる呑みに走っているけど、私もその方が気が楽だ。店員にオーダーを済ませると、メニュー表を眺めていた沢渡が顔を上げた。
「さては最初から狙ってただろ、さっきのワイン」
「何で?」
「メニュー開いてから決めるまでの時間が早すぎ」
バレてたか。何気に良く見てるな。
「あのワイン、バイト先の店長が美味しいって言ってたから気になってたんだよ」
「へぇ。でもいいよね」
「?」
「真奈ちゃんみたいにお酒が呑める女の子って」
「そう? 酒豪の女よりちょっとのお酒で酔っちゃう女の子の方が可愛くない?」
「あははっ、その発言オヤジ。でも、俺みたいに酒好きなヤツは一緒に飲んでくれる子の方がいいよ」
「あぁ、成るほどね。所でさっきから何で“真奈ちゃん”なの?」
「え? 何が?」
「いや、私の周りには私の事“真奈ちゃん”って呼ぶ人いないから」
「そうなんだ。でも可愛いじゃん。真奈って名前。呼びたくなる」
名前が可愛かったら勝手に呼ぶんかい。居るけどさ、時々そういう奴。けど満面の笑みでそう言われて文句を言う気にはなれなかった。多分こいつの可愛いは酒が旨いと同レベルだ。
「あ、来た来た~」
そんな話をしている内にグラスワインが二人分運ばれてきた。店員に向かって沢渡がこっちです、と手を上げ私達の前にグラスを置く。そして何気なく店員を見た私は……言葉を失った。
「こちらで全てお揃いでしょうか?」
そう言ってこちらを見下ろしていたのは黒いギャルソンエプロンをした久我晃平だったのだ。