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繋がる糸の先  作者: 橘。
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2.悩み相談

 翌日。いつものように写真部の部室に向かっていた私は、廊下の先に美紀ちゃんの後姿を見つけた。どうやら彼女も目的地は同じらしい。今日も久我が部室に来る日だし、奴に会いに行くのだろう。


(あら? これってやっぱり空気読むべき?)


 すっかり日課となっている久我の糸観察が出来ないのは残念だけれど、せっかく二人の糸が結ばれるかもしれないんだし、邪魔はしちゃ駄目だよね。

 明日の金曜日は私も久我もバイトはない。サークルは毎週火曜のみだから、それまで久我と顔を合わせる事も無い。日が空いちゃうけど仕方ないか。

 流石に2日連続パフェを食べに行く金銭的余裕は無く、私は大学の図書館で時間をつぶす事にした。


「あれ? 小柴?」

「お、坂上じゃん。久しぶり~」


 中学の同級生、そして私の親友(あきら)の彼氏でもある坂上さかがみ喜一きいちは何やら重そうな本を抱えていた。晶は女子短大だが、高校で学校の別れた私と坂上は大学で再び一緒になったのだ。学科が違うので彼と会うのも久しぶりだった。


「何? まさかもう試験勉強?」

「まさか。レポートの資料集め。来週提出なんだ」

「へぇ。大変だねぇ」

「小柴は?」

「うーん。まぁ、暇つぶし」

「市立図書館じゃないんだ。小説なんかはないぜ」

「あ~。そっか。じゃあ寝てよっかな」


 すると彼は呆れた顔をした。中学の頃から女子に人気のある奴だったが、今でもその爽やかな容姿は健在だ。現にちらちらとこちらを窺っている女子が視界の隅に入る。だが残念だったな、花の女子大生達よ。このイケメンはすでに私の親友のものなのだ!


「マジで暇つぶしなんだな。この後なんかあるのか?」

「うん。バイトまで一時間ぐらい暇してて。あ、晶元気?」

「……あぁ。元気だよ」


 いつもはクールな彼が照れたように言いよどむ。その頬がほんの少し赤くなっているのは気のせいじゃないだろう。良い意味で正直な奴だ。


「ふふ〜」

「……なんだよ」

「せっかく久しぶりに会ったんだし、晶のこと聞かせてよ」

「お前、良い暇つぶしが見つかったと思っただろ」

「あ、バレた?」


 人の惚気話は大好物だ。それが親友となれば尚更。お互い忙しくて最近は晶に会っていないし、色々聞いても良いだろう。

 私は坂上が本の貸出し手続きを終えるのを待ち、共に図書館を出るとそのまま校内のカフェへと向かった。




 

 * * *


 火曜日。今日は写真部の活動日だ。久しぶりに部室に顔を出した私は、これまた久しぶりに部長と顔を合わせた。


「あ、大野部長こんにちは」

「真奈ちゃん。こんにちは」


 柔らかい表情で部長がにっこりと笑う。あぁ、今日も優しげに細められる目が素敵。和むわぁ。これぞ癒し系!

 大野先輩の笑顔にほこほこしながら空いた席に腰を下ろす。大体皆が座る位置は決まっていて、私は今日も一番奥の端に座る。するといつも通りその正面には久我が座っていた。


「よぉ」

「お、今日は早いね」

「6限が休講になった」

「マジで! いいなぁ」

「お前は初めから6限ないだろ」

「あははっ、バレた?」


 すると不意に頬杖をついていた左手が目に入った。久しぶりに目にする久我の小指。そこから伸びた糸。


(あれ?)


 思わずじっと見詰めてしまった。


(な、なんでぇ〜〜!!)


 先週まで順調に育っていた糸が弱々しくなっている。細くなり、長さも短い。色もなんだか暗くなってない?

 あまりずっと見ていると不審に思われてしまうので、メールをチェックするフリをしてさり気なく携帯を開いた。夏休みに育てていた向日葵に水をやり忘れて枯れてしまったみたいな気分だ。せっかく美紀ちゃんと二人きりになるチャンスを増やしたというのに、何故上手くいかなかったのだろう。

 そこで部室の入口近くで同期の女の子と話をしている美紀ちゃんを見てみる。けれど彼女の方に変化は無い。友達と話をしていても彼女の糸はピンと久我に向かって伸びていて、心変わりは無いようだ。

 もしかして私何か間違えた? 美紀ちゃんは久我が好きだけど、最近育っていた久我の想いの先は美紀ちゃんではなかったのだろうか。肥料を与え間違えた、もとい協力する方向を見誤ったらしい。

 なんだか申し訳なくなって、私は久我に声を掛けた。


「あのさぁ、久我」

「ん?」

「あ、いや……。最近なんか悩んでる?」

「……なんだ急に」

「ん〜と、なんとなく?」


 説明しようがなくてへらりと笑って誤魔化すと、久我は溜息付いて顔を逸らした。あ、こいつ私の気遣いを流しやがったな。

 けれど、したくないのならば仕方がない。それ以上追求は出来なくて、その日はいつも通りにサークル活動をして過ごした。





 * * *


 翌日の水曜日。私は部室の前で固まっていた。


(うーん。どうしよう)


 今日はまだ誰も来ていない。水曜は私も久我もバイトの日。ここに居れば後から彼も来るだろう。そして多分美紀ちゃんも。ただここの所バイトの日でも部室に来る事を避けていたから、これ以上それを繰り返していると時間つぶしに来るのが気まずくなりそうだ。それは困る。お金のかからない貴重な場所を失うのはやっぱり惜しい。

 一人でうんうん唸っていると、後ろから肩を叩かれた。


「うわっ!」

「……声がでかい」

「あ、ごめん」


 声だけで振り向かなくても誰だか分かる。すっかり不審者扱いの目を向けてくる久我に曖昧に笑うと、私は彼と共に部室に入った。まぁ、見つかっちゃったことだし、ここまで来たら逃げるわけにもいかないか。

 私達はいつもの場所に座る。普段はそれぞれに携帯をいじったり、今日の授業の話をしたりと無難な時間を過ごすのだが、今日はやけに神妙な顔をした久我から口を開いた。


「お前、坂上と知り合いか?」

「坂上? って坂上喜一?」

「あぁ」

「うん。同中だったよ。あ、そっか。久我も国際経済だっけ?」

「あぁ」


 坂上は国際経済学科。久我と同じ学科なのだ。互いに名前を知っていても不思議ではない。坂上から私の話を聞いたのかと思ったが、疑問系で投げかけられたという事は違うのだろうか。


「坂上と仲良いんだ?」

「いや。普通に話す程度だ」

「坂上から私の事聞いたんじゃないの?」


 すると何故か久我は睨むように私を見た。なんで急に不機嫌なんだ。そう言いたかったが、とりあえず空気の読める私は黙っておいた。


「……先週、木曜あいつといただろ」

「あぁ、木曜ね。いたよ。もしかしてカフェで見かけた?」

「あぁ」


 久我は元々口数の多い方ではないけれど、それにしたって今日は歯切れが悪い。


(はっ! これはもしや……)


 私はじっと久我の顔を見る。


「……なんだ」

「久我ってさぁ。もしかして」

「…………」

「坂上と仲良くなりたいの?」

「はぁ?」


 すると久我は素っ頓狂な声を上げた。おぉ、なんか珍しいな。


「なんだ。違うのか」

「何でそうなる」

「だって、やけに坂上のことばっかり聞くから」

「……ただの同級生か?」

「うん? 違うよ?」

「…………。どう違う」

「坂上はねぇ、私の親友の彼氏なの」


 ふふん、と自慢げに言うと久我はぽかんと間抜けな顔をした。


「……あ、そう」

「うわっ! なにその興味ねぇ〜、みたいな返事! そっちが聞いたくせに!」

「はいはい。悪かったよ」

「軽っ!!」


 なんだか話をしている内にいつもの調子が戻ってきたらしい。私が言いたい事を言って、久我がそれを軽くあしらおうとする。なんとも失礼な態度だが、これが私達のいつものやり取りだ。

 久我の顔から不機嫌さがなくなった事を確認した私は、さり気なく彼の左手を見る。昨日と同じでやはりその糸は弱々しい。うーん。聞いちゃいけないかもしれないけど、やっぱり気になる。なんだかんだ言って1年以上の付き合いになるんだし、悩みぐらい聞いてあげたいじゃないか。

 糸が見えるなんて特殊能力を持っているせいですっかり世話焼きになっている私は、昨日と同じ問いをもう一度口にした。


「ねぇ、なんか悩んでるんだったら愚痴くらい聞くよ?」

「…………」


 久我が私を真っ直ぐに見る。その目を見れば彼が迷っているのが分かる。まぁ、女の子同士と違って異性には恋愛相談なんてし辛いか。元々久我は自分のことをペラペラしゃべる性格ではないし、これでダメだったらもう聞くのは止めよう。

 そう思って彼の言葉を待っていると、久我は私から目を逸らしたままポツリと言った。


「……何考えてんのか分かんねぇ」


 ほう。それは久我が好きな娘のことだね? まぁ、皆好きな人のことになると盲目だから。好きになった途端に分からなくなったり、気にすればするほど見えなくなったりするもんだよねぇ。

 そんなことを言いながらうんうんと頷く。


「でもさぁ。まぁ、これは私の勘みたいなもんだけど、もしかしてちょっと諦め気味じゃない?」


 彼の糸が伸びるどころか以前よりも縮んでしまったのは、気持ちが後退している証拠だ。久我が完全に諦めてしまえば糸が消えてしまう可能性もある。芽が出た時から見守っている私からすればそれは寂しい。だが、それに応える久我の声は暗かった。


「そいつは俺の事どうも思っちゃいない」

「どうして? そんなの分かんないじゃん。告白されてから意識することもあるよ」

「…………」

「……何?」


 何だ。その目は。私の言葉を疑ってんのか。これでも何人もの縁を取り持った実力者だぞ私は!


「……いや。お前は、まだ部長のことが好きなのか?」

「うん。好きだよ」

「でも彼女がいるだろ?」

「そりゃそうだけど。他に気になる人がいるわけじゃないし、今のところ一番は部長だもん」


 すっぱりと言い切る私に久我は眉間の皺を深くする。


「部長の何がそんなにいいんだ?」

「うーん。顔も声も身長も性格も好き。私の理想の男性像ぴったりなんだよね」

「あ、そ」

「そういう久我は? その子のどこが好きなの?」

「…………」

「何よ。人に言わせて自分は言わない気?」


 それはズルイぞ、久我。お互い片想いなんだからぶっちゃけたっていいじゃないか。まぁ、最初から頑張る気の無い私のは片想いとは言わないかもしれないけどさ。

 すると久我はやはり目を逸らして言った。


「……他人のことを、まるで自分の事みたいに喜べる所」

「へぇ〜。なんか分かる。知らない人でもさ、ニコニコ笑っているとこっちまで幸せな気持ちになるもんねぇ」


 私の場合は多分『特技』とも関係していて、がっちり繋がった糸を持った恋人同士が幸せそうに歩いていると、その幸福感を分けてもらったような気になる。まぁ、逆に表面は幸せそうなカップルでも不倫や浮気しているのも分かっちゃったりするんだけどさ。

 そんな私に久我はそっけなく言い放つ。


「能天気」

「何よ! いいじゃない。幸せなことはいっぱいある方が!!」

「まぁ、な」


 私の力説に心動かされたのか、今日初めて久我が笑った。しょうもねぇなぁ、みたいな顔なのが気になる所だけど、まぁいいか。だって笑顔には変わりないんだし。


 その日は久我と一緒に部室を出た。外に出ると真っ青な空に白い飛行機雲が2本綺麗な線を描いている。なんだか得した気分だと言ったら、私の隣でまた久我が笑った。

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