表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
繋がる糸の先  作者: 橘。
1/10

1.特技

 

 女の子なら誰もが一度は憧れる赤い糸。そしてその先にいる運命の相手。


 けれど勘違いしないで欲しい。小指から出ている全ての糸が初めから誰かに繋がっている訳ではない。生まれた時から相手と繋がっているのはほんの稀で、それ以外の殆どは長い長い人生の出会いの中で繋がる先を見つけるのである。けれどそれも絶対ではなくて、一度結ばれた糸はふとしたきっかけで解けてしまうこともある。皆、誰しも糸の先の相手と結婚するとは限らない。それとは逆に一度解けた糸はまた別の相手に繋がることもある。結局は決められているのではなく、自分達で運命を見つけ、繋いでいくものなのだ。


 何故私、小柴真奈がそんなことを知っているのかと言うと、一言で言えば血筋である。母方の家系が何故か『運命の糸』とやらが見える血筋で、私は思春期を迎えた頃からそれが見えるようになった。

 糸が見えると言っても運命という未来が見えているわけではなく、要はフラグが視覚化したようなもので、あの子は今あの男が好きなのか、とかあっちは本命がいるのか、とかそんなのが分かる程度だ。

 母の実家はそんな特殊能力を発揮して昔から縁結びの神社をやっていて、母の姉、私の叔母がその家業を継いでいる。他にも親戚の中には占い師をやったり、結婚相談所を開いたりとそれなりにこの能力を生活の糧にしている人達も居るという。けれど私の母は普通にサラリーマンの父と結婚した、普通の主婦。その子供である私にとってこの能力は『空気が読める』程度に活躍するだけのもの。時折それを活かして恋愛相談にのることもあり、友人知人の間では地味によく当たる占いのように有名になったりもしている。


 ところで、極稀に一度は結ばれなかった糸が時を経て結ばれることがある。

 その珍しい例が私の親友、小森(あきら)。本人は小柄でかわいらしい女の子なのだが、晶は小さい頃から男の子のような名前だとよく同級生にからかわれたらしい。そのせいか引っ込みじあんで、あまり積極的に男子と関わる方ではなかった。

 そんな彼女が最初に恋をしたのは中学の頃の社会科教師。思春期の学生が教師に憧れ、恋心を抱くのはそう珍しい話ではない。けれどその教師の指の先にはすでにしっかり結ばれた糸があって、同中であった私はそれを話すかどうか当時悩んだものだ。それでも憧れは憧れとして晶は本当に先生のことが好きで、一生懸命に恋をしていた。だから言わなかった。いや、言えなかったというのが正しい。結果、彼女の初恋は苦い思い出となったのだった。


 さて、そんな彼女が改めて結ばれた相手というのはその教師のことではない。当時彼女に片想いをしていた坂上さかがみという男子生徒のことだ。彼は先生に片想い真っ只中だった彼女に告白し、玉砕した。けれどその後、彼の糸が他に向かう事はなく、想い続けて見事彼女の糸と繋がったのである。

 私がそれを聞いたのは中学を卒業して2年後のこと。彼女に坂上を紹介された時「よくぞ気張った! 坂上!」と褒め称えたものである。大学生となった今でも二人の糸は太く、がっちりと繋がっている。恐らくこのまま結婚するだろう。友人達にもそう言っているので、このままゴールインすれば私の伝説がまた一つ増えるわけだ。


 さて、とにもかくにも私には皆の赤い糸が見える。そのせいでいつの間にか人間観察が趣味となっていた。けれど肝心の自分の恋はと言うと、残念ながら上手くいった例がない。常に皆の糸が見えている私にとって恋愛は他人事のような気がするし、ちょっといいなと思ってもすぐに上手くいかないことが分かってしまうのが原因だと思う。

 私が所属している写真部の部長をやっている大野先輩がいい例だ。穏やかな性格、中肉中背、笑うと目が糸のようになってしまう所なんか私の好み直球ど真ん中だったりするのだけれど、出会ってときめいて3秒後、彼の小指の糸の先に相手がいることが分かってしまった。そんなことを繰り返しているからか、まともに片想いすらしていない気がする。

 なら自分の糸を見ればいいじゃないかと思うだろう。でも残念ながら自分の糸だけは見ることが出来ない。これは私と同じ力を持っていた母も一緒で、どうやら女性にだけ遺伝するこの能力はもっぱら他人を観察することに費やされるらしい。という訳で、他人の恋愛相談には的確なアドバイスをすると評判の私も恋愛マスターとは行かず、自分の方はからっきしなのである。

 ちなみに私の友達も写真部の部員達も皆私が部長を好きなことを知っている。知られた所でどうにもならないのは分かっているし、糸が見えてしまう私は自分の気持ちを隠すのは不公平な気がして、気になっている人がいればあっさりと周囲に話すことにしているのだ。



 4月に無事大学2年になった私の最近の趣味は久我くが晃平こうへいの糸観察である。久我は私と同じ大学の同期であり、同じ写真部の部員だ。

 最初に出会った頃、久我の小指の先には糸が無かった。いい歳して思春期もまだなのかと思っていたら、会う度ににょきにょきと糸が伸びているのに気が付いた。まるで小学校の頃の朝顔の観察のようで興味を惹かれ、今では彼に会う度小指を確認してしまう。伸びているのは彼の気持ちが育っている証拠。けれど糸は太くはなく不安定、まだ誰とも繋がってはいない。要は片想いなのだ。


 久我も私もよく写真部の部室に入り浸っている。お互いに大学の近くでバイトをしているので、それまでの時間潰しで部室に行くと良く顔を合わせる。写真部と言っても真面目にやっているのはほんの数人で、20名ほどいる部員の内半数以上が幽霊部員だ。その為活動も多くはなく、部室に顔を出すのは私や久我の様な時間潰しの輩がもっぱらなのである。

 かく言う私も写真自体にそれ程興味があるわけではない。普段見えている糸も、ファインダーを通すと見えなくなる。それが面白くて、いつか糸の見える写真は取れないかと無駄にバシバシとっていた頃の名残だ。だから一眼レフなんかの良いカメラを持っているわけではなく、正直使い捨てやデジカメで十分だと思っている。

 そう言えば、入部したての頃部長に褒められたことがあったっけ。確かに技術はないけれど、写っている人達の心の内側みたいなものがちゃんと収まってて良い写真だよ、って。その時は自分の能力うんぬん無しに、素直に嬉しかった。


 そんな事を思い出しながら、今日も時間つぶしに写真を収めているアルバムをパラパラと捲る。私のバイトが始まるまでは後1時間半。まだ久我は来ていないけど、今日は水曜日だから彼もバイトがある日だ。学科が違うので一緒に来る事は無いが、久我も後で顔を出すだろう。

 去年卒業した先輩達が取った写真を見ていると、ガチャッと部室のドアが開いた。人数の少ないサークルだが様々な機材もあるし、暗室も備え付けられているので中は結構広い。一番奥の椅子に座っていた私は開いたドアに目を向けた。


「こんにちはー」

「お、美紀ちゃん。こんにちは」

「あれ? 真奈先輩だけですか?」

「うん」


 今年の新入生である美紀ちゃんはゆるくパーマをかけた栗色の髪を今日は耳の横で一つにまとめている。いつも見る度髪形が違っていて、不器用な私から見たら羨ましい限りだ。緩いシフォンのカットソーに小花柄のミニスカート。ふわふわした印象の可愛い後輩だ。

 因みに私はデニムのバギーパンツにお気に入りのデザインTシャツとラフな格好。髪も真っ黒のストレートを顎のラインで揃えたショートボブ。大体こんな楽な格好が多い。スカートを穿く事もあるけど、大体パンツ7のスカート3くらいの割合かな。

 まぁ、私のことはどうでも良いとして、彼女が「真奈先輩だけですか?」と言ったのには訳がある。彼女は何気なく口にしたつもりだろうが、私にはその真意を良く分かっていた。彼女は私と同様ここに顔を出す久我のことが好きなのだ。

 美紀ちゃんと他愛の無い話をしながらさり気なくその左手の小指をチラ見する。その糸は短いが太い。糸が太いのは彼女の気持ちがしっかりと一人に向かっている証拠。短いのはまだ久我に想いが届いていないから。

 もっぱら私の観察対象となっている久我の糸とこの先が繋がる事になるのかもしれない。そんな事を考えていると再びドアの開く音がした。ほぼ同時に隣に座っていた美紀ちゃんの声が若干高くなる。


「久我先輩! こんにちは」

「ちわ」


 おぉ~。グットタイミング!!

 私も軽く久我に挨拶をしつつ、再び美紀ちゃんの小指を見る。するとその糸が真っ直ぐに久我に向かって伸びようとしている。おぉ、青春だね!

 そんな糸の動きに夢中になっていると、コンッと硬い物が頭に当たった。


「痛て!」

「ぼーっとしてるからだ」


 顔を上げれば久我がその手に紅茶の缶を持っていた。しかも私の好きな期間限定アールグレイのロイヤルミルクティー!! どうやらこれで小突かれたらしい。それをポイッと投げてよこしたので慌てて両手を伸ばして受け取る。危ないなぁ、落としたらどうするんだ。

 久我は私の正面にあったパイプ椅子に腰を下ろして、自分はアイスコーヒーの缶を開けていた。久我の大きな手に握られた缶は私のと同じ大きさとは思えないほど小さく見える。

 久我は背が高い。確か180cm以上はあったような気がする。肩幅もそれなりにがっちりしていて、アメフト部にでも居そうな感じだ。顔は奥二重の目に通った鼻筋。それなりに整った顔をしていると思うが、あまり愛想がないせいか一見すると怖い。だがそれも仲良くなってしまえば気にならない程度で、うちのサークルの中でも浮いたりはしていない。

 私は久我の奢りである紅茶を遠慮なく受け取った。


「ごち!」

「あぁ」


 そんな私達のやり取りを見ていた美紀ちゃんがぷくっと頬を膨らませた。なんだその仕草。可愛いじゃないか。こうやって男は騙されるのか? いや、むしろ私なら積極的に騙されたいよ。


「真奈先輩ずるーい!」

「あはははっ。いいだろう! これは私の戦利品なのだ!」

「戦利品?」


 こてっと首を傾げて美紀ちゃんは久我を見た。だが久我は説明が面倒なのか(多分そうだろう)、何も言わずにテーブルの端にあるオセロ盤を指差しただけだ。


「オセロですか?」

「そ。昨日暇だったから久我とやったんだけど、2勝1敗で私が勝ったの」

「へ~。先輩強いんですね」

「ふふん。まぁね~」


 得意げに言うと久我が不機嫌な目を向けてくる。なんだオセロで負けたぐらいで大人気ないな。


「私もやりたいです! でも、そんなに強くないし……」


 私と話しながらもちらちらと美紀ちゃんの目が久我に向けられる。ほほぅ、成る程。皆まで言わなくてもお姉さんは分かってますよ。

 私は立ち上がってオセロ盤を持ってくると、テーブルの上に広げた。


「んじゃ、久我とやってみなよ。いい勝負かもよ」

「え? いいですか? 久我先輩」

「……あぁ」


 おぉっと、美紀ちゃんの糸の色がより鮮やかな赤色になったよ! これは彼女が良い意味で興奮している証拠。好きな人と二人でオセロなんてテンションマックス!って所かな? いやぁ、いい仕事したよ私。

 何気なく部室にかけてあるくすんだ黄色の壁掛け時計を見上げる。私のバイトの時間まではまだ40分ほど余裕があるけれど、ここでもう一仕事するかな。


「あっと、今日はバイト前に本屋に行こうと思ってたんだった! じゃ、私帰るね。お疲れ~!」

「あ、お疲れ様でーす!」

「…………」


 よっしゃ! 私は今日も空気読んだよ! 暇つぶしの場所がなくなってしまったのは残念だけど、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやらってね。

 そう言えば久我の糸観察するの忘れてた。まぁ明日もバイトだし、明日でいっか。もしかしたら今日の私の心遣いの成果が現れてるかもしれないし~~。

 るんるん気分でバイト先近くのカフェに向かう。給料日はまだ先だけど、自分へのご褒美にベリーパフェ食べちゃおっと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ