第五話 魍魅褊(其ノ三)隅田川煙華狂乱の一
~第五話 魍魅褊の三 隅田川煙華狂乱 (其ノ一)
本物の生きた河童が捕まった、この報せは瞬く間に江戸中に広まった。河童を描いた錦絵も飛ぶように売れ、大掛かりな宣伝が掛けられた。この為、浅草寺奥山の見世物小屋へ行く人々の列が入口の雷門まで続いていた。こうなるとあちこちでトラブルが続発する。喧嘩口論、置引き、かっぱらい、掏摸、迷子、・・・なんじゃこりゃぁ・・・と、呆れた顔は、北町奉行所同心、五十鈴重三だ。この男は御役目と称して十手をひけらかし、人波にずかずかと割り込んで小屋の中へ入って行った。
「随分と実入りが良さそうじゃねぇか。人の波で身動きとれねぇくらいだ。」
「へへっ、おかげさんで、旦那もお役目ご苦労さんでござんすね。」
「佐平次は、今日、ここにゃ来てねぇか。」と小屋番の若い者に声をかけた。
「えぇ、今日はまだ・・親分はここは俺たちに任せて、ちゃんと旦那方の御用を努めてますぜ。」
箕輪の佐平次・・・、表向きは香具師の元締めだがその一方で奉行所の同心の手先、岡っ引もやっている。その本業は、この辺り一帯を取り仕切るヤクザである。
「何処で捕まえた、? 誰が持ち込んだんだ、? 。」
「親分の顔馴染みの学者でさぁ、あの湯島聖堂の・・・」
「あぁ、なるほどな・・・」 重三は全てを理解したようだ。
重三がそこで見たのは檻の中でぐったりとしている小さな河童であった。
「かなり生きが悪そうだな。餌やってんのか?。」
「何も食わねぇんでさぁ、怪我してるみたいで・・」
「死んじまったら元は取れねぇだろ、医者には見せたのか?、」
河童の医者なんて聞いたことがねぇや、と小屋番は答えたが人と同じ姿をしてるなら手当も同じ様に出来るはずだと言って重三はそこから出ていった。
入る時も出る時もごった返す人の波を押しのける形で苦労しながら、表門の辺りまで戻って来ると、休憩所の水茶屋にいたのは飴屋治平であった。治平は明後日の方を向いたまま重三に語りかけた。
「なんか、物の怪騒ぎが随分続くなぁ、まさか本物の河童がいるとはな、・・いや、もう珍しくもねぇか、こっちはそれ以上の化け物を見てるし・・・。」
「まったくだ・・・こっちの理解の範疇を超える出来事が次々と起こりやがる。」
「ありゃぁ何処で捕まえられたんだ?。」
「山谷堀らしい、」
「もっと奥まった田舎の方で捕まったのかとおもったら・・・そんなとこに河童がいるかぁ、?」
「お上りさんかもしれねぇじゃねぇか。」
「河童が吉原見物に来た、っていうのか・・子供の河童だって言うじゃねぇか。」
「あれを持ち込んだヤツは学者だとよ。」
「学者が捕まえたって・・・まさか・・・」
「姉川黒有理よ。・・・あの興業主は箕輪の百眼、・・箕輪佐平次だ。」
「表向きは香具師の元締めだが二足草鞋を履くヤクザだな、あの男、ヤクザとも顔の繋がりがあったか・・」
「佐平次ってのはかなり危ないヤツだって聞いてるが、...大分前かな、どこだかの遊び人みてぇな奴と揉め事起こして
子分の半数近くが叩きのめされた、って・・・それからしばらくはおとなしくしていたみてぇだが、性根は変わらねぇだろうな。」
「あの佐平次の子分を半数近く叩きのめした・・・何処のどいつだ。そんなのがいるなんて。」
「さぁてな、俺もよく知らねぇ、しかしそんな奴があの小河童を大事に扱うとは思えねぇ、あのままにしてたら死んじまうぜ。」
「妖怪に同情するか、? あいつらは畜生と変わりない生き物だぜ。」
「いや、親がいるんじゃねぇかと思ってな。・・・・」
重三は檻の中でうずくまり震えている小さな生き物を見たときに、とっくに捨て去ったはずの人の心というものをその胸の奥に蘇えらせた。思わず口に出た心情であった。
「は、? 馬鹿じゃねぇのか、人相手にゃ容赦なく心の臓を突き刺すお前が、物の怪に同情するなんざ矛盾してるぜ。」
飴屋治平は鐘を叩き、カンカンノウ~~と唱えながら、「嬢ちゃん、坊ちゃん、寄っといで~~唐人飴屋だ、寄っといで~~。」とその場を去って行った。
「・・・・たしかにな、人より妖怪の方が可愛いく見えらぁ、・・・」
重三も治平と顔を見合わせずその場を去ろうとすると、そこへ聞き覚えのある子供たちの声が聞こえた。何時ぞやの馬喰町の火事で関わった子供たちだ。
「だーめだ、全然行列が動きゃしねぇ、これじゃいつ見られるかわかんねぇ。」
見世物小屋の方から様子を見て戻って来たのは納豆売りの留吉だ。
「えーまだみられないの、」「いつになったらみられるの、?」
清太は菜助とおみつを連れて来ていた。二人の駄々っ子が「はやくみたい、みたい」と急かしても清太にもどうにかできるものでもない。
「こりゃ今日は無理かもしんねぇ。」 これは太助だ。弟分兄妹の引率者としては当然か。
「しょうがねぇ、日を改めて来るしかねぇか。」
「なんだおまえらも河童見物か。」 とこえをかけたのは重三だ。
「あ~~いつかのおっちゃん。」
「おっちゃんはやめろ、それより元気そうな顔を見て安心したぜ。」
「あんときゃありがとうね、おかげさんであの後知り合いの姉さんが深川まで避難させてくれたから俺もこいつらも無事だったよ。」
そりゃぁ良かった、と重三は内の心に笑みを浮かべた。自分でも本当の本性はどこにあるのか、
解らない自分がいる。かつて揚羽に言った言葉を思い返していたのかもしれない。
「今日はこの様子じゃ九つ(昼、正午)になっても見られるかどうか・・・別の日にしたらどうだ。?」
重三はあの残酷な見世物を子供たちには見せたくなかった。瀕死の、小さな珍しい小動物を檻に入れ、衆人の目に晒す、見物人はその生き死にに興味は持たぬ、愛玩動物ではない。物の怪の子供なのだ。震えてうずくまる小さな生き物は見物人の聲にも怯えていた。
-----「なんだ、動かねぇじゃねぇか、」「芸はやらねぇのか、」「つついて動かせ」「こっちを向かせろ」 こういうとき、いや、この時代の衆人は驚く程残酷な性質を持つ。仇討騒ぎが起きただけで取り囲んで-----「そーれ、やっちまえ、!」と無責任に囃し立てるのだ。血を見るのが分かっていながら、それが娯楽の一つとなっていた。今日の現代人の倫理観はこの時代に通用しない。
「ま、そのうち落ち着いたら見られるさ。今日のところは帰ったほうがいいな。」
「そうしようぜ、太ーちゃん、急ぐこたぁねぇ、それに、物の怪だったら俺たちゃ河童より凄ェの見てるしな。」 「ま、そうだな、さ、帰るぜお前ら。」
太助と留吉は菜助とおみつをなだめながら帰路につこうとしたところだった。帰り道の見物人の言葉が太助の耳に入ってきた。
-----随分、生きが悪そうだったな、-----怪我してんのをそのままにしてるみてぇだな-----
-----ありゃ二三日で死んでしまうぜ-----
そういう見物客の声を聞きながらその傍を鳥追が抜けていった。女が向かったのは浅草奥山からさらに奥、田圃の方だった。
「あぁ、今の季節に鳥追か?」 「向こうに人家はねぇだろう。どこで稼ぐんだ。?」
そんな重三と太助の声を聞くか聞かずか・・・鳥追は田圃の畔に姿を隠すと、出て来たのは一匹の狐だった。
「随分酷ェ扱いしてるみてぇだな。手当もしてねぇのかよ。」
「持ち込まれたときはもう死にそうだったのかもしれねぇ、死んだら、あとはこの辺りの寺に秘蔵の宝物として売っ払う段取りまで考えてるだろうな。」
重三の言葉にはそれが世の常、とでもいうような無情さがこめられていた。
「俺は・・・そういうのは、好かねぇな、子どもの河童なんだろ・・・」
そう言われて重三はこの子供たちと見比べた。物の怪の子供でもこの子たちと歳も変わらぬ生き物であるということを忘れていた。
「そうだな、ものの哀れ、ってやつを生き物に対しても持たなきゃいけないのかもしれないな。
しかし、あの小屋主はそんなもんは持ち合わせてねぇからな、悪い奴に拾われたと諦めるしかねぇな。」
「えぇ~~、かわいそうだよ。なんとかできないのかな・・・。」
清太が本当に、純真な目で重三や太助に縋るように尋ねた。まだ見たこともない河童の子供を本心から心配している。
「優しいな、おまえさんは、うん・・・そういう気持ちは大人になっても忘れずにいて欲しいもんだ。俺みたいな大人になると腐っちまってるからな。」
「小屋の興業主は誰だよ、?。」 太助が尋ねた。
「あぁ、箕輪の、佐平次だ。」
「・・・・・佐平次 ! 」一瞬、太助の眉が吊り上がった。目の奥に怒りの炎が宿った。
この男と因縁があった。・・・・幼い頃だ。
「さ・・・清太、今日のところは帰ろうぜ、また後で来りゃいい・・」
「えぇ~~。」という幼子たちの愚痴をなだめながら太助たちは帰路についた。
長屋にかえると十助と千里がその帰りを待っていた。
千里はあの護持院ヶ原の騒動のあとこの清太たち兄妹の長屋に転がり込んでいた。転がり込んだというより、------お前には見守る責任がある、と天狗に押し付けられた形になったからだ。
「どうだった、河童見られたか、?。」 と言ったのは十助だ。
「ひとがおおくてだめだったよ。」「たーにぃちゃんが、みなくていい、かえろうって。」
「まぁ、お前たちを長く外で待たせるのが無理だと思ったんだろう。なに、河童なんか見なくてもここにいたら化け猫は毎日見られるしな。」
それを聞いて横にいた千里はフフンと鼻で笑った。(違いねぇ、こいつら天狗もそれ以上に凄いものも見てるしな。)
「ま、騒ぎが一段落したら並ばずゆっくり見られるさ。二三日の辛抱だ。」
「う~ん、それならいいんだけど・・・そのまえにそのかっぱ、しんじゃうかもって・・・」
「ありゃま、生きたやつは見られなくなるのか、それじゃ早く見に行かんとな。」
その親子から離れたところで太助と千里が話し込んでいた。
「はらわたが煮えくり返りそうだぜ。」
「そりゃあ、興行主に対してか、河童への同情心か。」
「あぁ・・・、弱いモンをいたぶるだけ、いたぶる、金の為にな。人が持って生まれた性分ってのは、変わらねぇみたいだな。」
「知ってるヤツかね。」
「思い出したくもねぇのによ、久方ぶりに、あいつの顔が目の前にちらついたぜ。」
「忘れていた憎い相手の顔が甦ってきた訳か。」
「忘れていたっていうか、・・・思い出さずに生きてこれてた。俺を大事にしてくれる人が出来たからだ。新しいお父っつぁんとお母ッさんが出来たから、そいつの顔は瞼の奥からスッパリと消してやったぜ。・・それが今、どうにも我慢できねぇくらいに、また目の前にちらついてやがる。」
消すことの出来ない記憶が太助に甦ってきた。
「で・・どうする 、 助けてやるかい、? その河童をよ。お前自身に降りかかってきた話しでもねぇだろ。だいいちその河童とお前は何の関わりもないはずだ。」
「そうだけどさ・・・昔、年端もいかねぇガキの俺を、それこそまったく関係ねぇ人が助けてくれたんだ。あいつの所へたった一人で乗り込んでさ、・・・あれだけは今もハッキリ覚えてる。格好良かったぜ、金ちゃんは・・・。」
「フフッ、遠い目をして言いやがる。幼い頃の自分と重ねたか、今ここでのお前の生活があるのはその男のおかげってわけだな。・・」
「だからさ・・・次は、俺が誰かを助ける番になれりゃいいって思ったりしてんだ。俺はああいう男になりてえんだ。」
「だからってな、揉め事に首を突っ込むのは、薦められることじゃない、お前自身に降りかかった火の粉じゃねぇんだぞ。止めとけよ。」
止めておけ、その一言が太助を苛立たせた。太助の目の奥の光はおとなしく消えそうもなかった。
「うるせぇや、したり顔の大人の説教なんざ聞きたくねぇ。」
と太助は筵が敷かれた板の間を拳骨で殴った。
「この腹の中に溜まったモヤモヤを吐き出さねぇと、俺はこの先前に進めねぇ気がするんだ。」
その怒鳴り声に何事かと清太が傍に寄ってきた。
「どうしたの ? たー兄ィもせんりもなにをおこってるの ?。」
「たぶん親がいるぜ・・・その親のところに帰してやりてぇじゃねぇか、。」
「かっぱをたすけるの ?。」
「見世物小屋の河童を親の所へ帰してやりたいんだとよ。」
それを聞いて清太が目を輝かせた。
「うん、それだいじだよね!、そうだよ、おやがしんぱいしてるよ。かえしてあげようよ。」
「あのな、相手はヤクザだぞ。お前らガキの人情話が通じる相手じゃねぇだろ。」
「最初から話し合う気なんかサラサラねぇ。」
「まったく、無茶する気じゃねぇだろうな。」
「あのさ、こやつぶしちゃえばいいんじゃない。? 」「そりゃいいな。」
「アホかァ! ほんとにやる気じゃねぇだろうな。潰すって、どうやって・・あ、あいつらを使う気じゃねぇだろうな。下手したら周りにも相当の被害がでるぞ。加減できなきゃ怪我人だけじゃすまねぇぞ。」
「な~~に、浅草の奥山だ、他に人家はねぇ。」 「それじゃたぶんだいじょぶだよね。」
(アホかこいつら、本気でやりかねねぇ、しかし・・・ほっとくわけにもいかねぇか。ガキは加減ってものを知らねえから、・・・やれやれだぜ。)
いつの間にか千里はこの子等の保護者のような目線に立っていた。なるべくしてなった、というのは運命だったかもしれない。
香具師の元締めの表看板を上げている箕輪の佐平次は岡っ引きの御用も務めていた。二足の草鞋を履くこの男の実体はこの辺り一帯を牛耳るヤクザの親分でもある。自分の子分たちの他に其処に出入する露天商、大道芸人、辻講釈師、飴売り、願人坊主etc.を使い市中の様々な情報を自分のところへ集め、それを脅し、強請の材料として使ってのし上がっていった男であった。その為渠を知る者はこの男を百眼と言って虞ていた。かなり陰湿な性質だったようで言う事を聞かなかった者たちに対しての手下を使った報復で命を落とした人数は両の手を合わせても足りぬ程であった。それが数年前、背中に桜の彫り物をした遊び人風の男と揉めて子分の半数以上が叩きのめされ、佐平次自身も大怪我を負った。これで百眼が大人しくなったという風評が流れ周りの人々が安堵したことがあった。が、それも一時であった。ここへ来て佐平次の動きはまた前のように戻っていた。
「古傷が疼きやがる。」そう言って佐平次は脇腹をさすった。
「昔やられた傷がまだ疼く、か・・その男に意趣返しをしなければその疼きは収まらんか。」
見世物小屋で河童の状態を確認に来た佐平次はここで姉川黒有理と会っていた。学者仲間と子河童(竜丸)を此処へ持ち込んだのは勿論黒有理である。黒有理をここへ呼んだのは佐平次だ。
「意趣返しだぁ、俺の意趣返しは半端じゃねぇよ。地獄へ送ってやっとこさ、うさがはれて傷の疼きも消えるってもんだ。・・・しかし、あの後何処をどう探しても野郎の消息が掴めなかった、背中に特徴がある彫り物をしてたからすぐ見つかるとおもったが、あれからプッツリと消えちまった。」
「貴様の執念深さは天下一品だな、あまりそういう事に囚われ過ぎると、頭に血が上って・・あの世行きだ。まぁ俺には関係ないが・・・」
佐平次はそれには答えず、檻に入れられた竜丸(河童)を指差した。
「そんなのはどうでもいいや、消えちまった野郎のことなんかより、今はこいつだ。こいつにはまだ稼いでもらわなきゃならねぇ、このまま死なれたら元が取れねぇ。アンタに随分吹っ掛けられたからな。高値の商品を売ったら後の面倒も見てくれよ。売りっぱなしはなしだぜ。治して元気になったら芸をしこむつもりだ。」
「医者を呼べ。」 黒有理の答えは素っ気なかった。
「人相手の医者じゃ埒が明かなくてな。あんたなら、治せると思ったんだよ。」
「俺がその瀕死の小河童の怪我を治せると?。」 黒有理がじろりと佐平次を睨んだ。
「俺は伊達に百眼なんて言われてねぇぜ。あんた・・・怪しげな術を使うらしいな。」
「・・・・・・・・・・」
「この前の馬喰町の騒動の時にあんた忍者らしい奴らと戦って相当な怪我を負った、その時死んでもおかしくなかった怪我だったらしいがどうにか生き延びて、そしたら三日も経たずにピンピンしながら表を歩ってたっていうじゃねぇか。そういうのも全部俺の耳に入ってくんのさ。それはあんたが使う怪しげな術のおかげかな。」
「それは俺が自分で治したわけじゃない。・・・」
「じゃぁそいつを連れて来てくれよ。こいつも簡単に治してくれるだろ。」
「無理だな。そいつは外へ出られぬ、こいつをどうしても治したければそこへ連れて行くしかない。暫く預かるしかないが、それで良ければ連れていく。」
「う~ん、仕方ねぇか。」
黒有理と佐平次が秘密の話をしている小屋の周りを佐平次の手下共が警戒している。既に夜は更けていた。そこへ十数体の影が田圃の方から見世物小屋へ迫ってくるのをこの男たちは気づいたようだ。その中に一体、途轍もなくデカい影がいるのを見た渠等は・・・
「な、・・なんだ、ありゃぁ・・・・・・・・・・?」
影は段々と、こちらへ、近づいて、来た。
第五話 魍魅編の三 隅田川煙華狂乱 (一)完




