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幻のラーメン屋

 とある知人に聞いた話。


 彼女は中学校に上がるまでアパートに住んでいたのだが、そこには冬になると時々、ラーメンの屋台がやってきたそうだ。

 さすがに人力ではなくトラック屋台だったが、夕方になると誰もが知る「チャララ〜ララ〜」という音楽を鳴らし、赤提灯とのれんをつけた、どこか哀愁漂う昔ながらのラーメン屋台だったという。

 ラーメン屋台はいつも、アパートの敷地の隅にある小さな公園で客を待っていた。知人は常々、一度でいいからそのラーメンを食べてみたいと思っていたが、屋台が来るのはいつも不定期で、おまけに母親が夕食の支度に取り掛かる時間にちょうど重なるため、「今晩はラーメンにしようよ」とねだっても一蹴されていたそうだ。

 結局、知人はラーメンを食べる機会のないまま、アパートを引っ越してしまった。悔いが残ったためか、屋台の細部までよく覚えており、特に、トラックに描かれた「……龍だよね?」と誰かに確認したくなる微妙な絵は、忘れたくとも忘れられないという。

 そんな彼女は十数年後、同じ町内出身の男性と結婚した。お互いの実家はすぐ近くだが、幼馴染ではない。二人は、年が十三歳も離れていたのだ。

 隣近所のことでも、それだけ年が離れていればかなりのズレがある。知人たち夫婦は、そのジェネレーションギャップを会話のスパイスとして楽しんでいるそうだ。

 ある時、年長である夫が子どもの頃の思い出を語った。

「俺なんかが小・中学生の頃、夕方になるとよくラーメンの屋台が来てたんだよ。五時くらいかな。オフクロが働きに出てて夕飯が遅かったから、よくばぁちゃんがおやつに買ってくれたんだ。三人兄弟で二人前のラーメンを分けろってな。家のすぐ前の道は通らなかったから、いつも弟がでかい声出して二階から屋台を呼び止めて、俺が鍋を持って買いに行ってた。なんの工夫もしてないただの棒ラーメンだったのに、メチャクチャうまかったの、あれなんでかな? トラックに変な蛇の絵が描いてて、おっちゃんは不愛想で、でもうまくて、なんか忘れられないラーメンだったなぁ」

「私も、そのラーメン屋さん知ってる!」

 年齢差がある二人にとって、子どもの頃の共通の思い出というのは珍しかったため、知人は喜んで自分の子ども時代の話をした。すると夫は「そんなはずないんだけど」と首を傾げた。

「だってあのラーメン屋、俺が高校入った年に、事故してやめたはずだよ。山の方に稼ぎに行って、帰りにカーブ曲がりきれずに谷に落ちたんだ、たしか。おっちゃんは即死、車は廃車」

「えー⁈」

 しかし、話せば話すほど二人が見たラーメン屋台の特徴は一致しており、違うラーメン屋だったとは思えない。

 そこで知人は、彼女の母親に確認の電話を入れた。ラーメンを食べたことこそなかったが、何度もおねだりしたし、母親もあの哀愁漂うチャルメラを当然聞いているはずだった。

 ところが、

「ラーメン屋台? そんなの見たことないわよ」

 と、またもや一蹴された。

「子どもの頃のあのアパートに、時々来てたじゃん! 何度か私、食べたいって言ったでしょ?」

「夜にラーメン食べたいなんてとんでもない、って断ったことは覚えてるけど? 生協の車と間違えたんじゃないの?」

「生協はチャルメラ鳴らさないでしょ!」

 埒があかないと夫婦揃ってお互いの友人に確認したが、夫側は「あのトラックは事故ってやめた」、知人側は「ラーメン屋台なんて見たことない」とそれぞれ口を揃えた。

 結局、なにもわからなかったそうだ。


 ・・・・・・・・・


「でもね、旦那に言われました。そんな得体の知れないラーメン屋台で食べなくてよかったな、って。たしかにそうかなって思ったんですけど」

「けど?」

 知人は、プクッと左頬だけ膨らませ、鼻息荒く言った。

「『俺は本物食べたけどな、うまかったよ』、ですって! いい歳して、大人気ないと思いません?」

 わたしは愛想笑いを返しながら、内心「ごちそうさま」と呟いた。


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