誰そ彼
とある知人に聞いた話。
知人は子どもの頃、大変なおてんば娘だったらしい。好きな遊びは男の子とする忍者ごっこだったというから、そのやんちゃぶりがうかがい知れる。
彼女の両親は共働きだったため、近所にある祖母の家に預けられることが多かった。この祖母という人は今でいう女子力がとても高い方で、知人が行くときは必ず手作りのお菓子を用意してくれ、愛用のミシンで身の回りの小物や服を作ってはしょっちゅうプレゼントしてくれた。そしていつも、知人のおてんばを優しくたしなめていたそうだ。
知人にとってそんな祖母は憧れである一方、物足りなさも感じていたらしい。もっと外で一緒に遊んでくれたらいいのに、と思っていたそうだ。
ある日の夕方。友達が帰った後、知人は一人塀から飛び降りる練習をしていた。塀といっても一メートルほどの高さのもので、知人の友達は皆これからぴょんぴょん飛び降りていた。しかし、彼女は着地がうまくできず、悔しくてこっそり練習をしていたのだ。
何度目か壁によじ登り、さあ飛び降りようと着地点を見据えたところ、そこには祖母の姿があった。あれ? ついさっきまではいなかったのに、と不思議に感じたが、祖母はいつもの優しい笑みで、両手を広げて知人が飛び降りるのを待っているようだった。
おばあちゃん、私のこと受け止めてくれるんだ!
普段の祖母なら絶対にしないであろうその行動を、子どもだった知人は訝しむことなく喜んだ。そして、「いくよ!」と声をかけると、祖母の胸めがけて前のめりに飛び降りたそうだ。
次の瞬間、強烈な衝撃が知人の頭を襲った。
あって当然と思っていた祖母の抱擁はなく、おでこから地面に激突してしまったのだ。
痛みよりもショックが先に立ち、彼女は号泣した。
知人の泣き声を聞き、慌てて玄関から飛び出してきたのは、さっき知人の前で両手を広げたはずの祖母だった。
それを確認してから、知人は気を失ってしまった。
気がついたときは病院のベッドの上で、ちょうど額の縫合が終わったところだったという。
ベッドの周りでは、心配そうな父、呆れ顔の母、そして泣きはらした目の祖母が、彼女を見下ろしていた。
「ごめんね、ごめんね。私がちゃんと見てなかったから」
「お義母さん、いいんですよ。この子のやんちゃのせいなんだから」
「女の子なのに、こんな顔の傷を作って…」
大人たちのそんな会話を聞きながら、「あの人はおばあちゃんじゃなかったのかなぁ」と知人はぼんやりした頭で考えたそうだ。
・・・・・・・・・
「後になって話を聞いたら、祖母はそのとき家の中にいて、私の泣き声で初めて外に出てきたそうです。私が飛び降りるのを受け止めようとなんて、そんなことしていないと。普段の祖母を思えば、それが当然なんですけどね。だから結局、あのとき私が会った女性がなんだったのか、今でもわからずじまいです」
知人は、前髪に隠れた額を撫でながら言った。
前髪の下に、そのときの傷があるのだろうか。思わず見つめてしまったのだろう、彼女は笑いながら前髪を上げて見せてくれた。
そこには、傷一つないつるりとした額があった。
「三針縫ったんですけどね。子どもだったせいか、傷はすぐに消えてしまったんです。顔にあった小さな傷も全部」
「不幸中の幸いですね」
わたしの言葉に知人は頷いたが、「でもねぇ」と、ため息をついた。
「あのときのこと、というか、あのときの祖母に似た女性のことを思い出すと、なぜだかもうないはずの傷が、疼く気がするんですよね」
そう言って、彼女はもう一度額を撫でたのだった。




