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常世の食事

 とある友人に聞いた話。


 彼は転勤族で、若い頃からあちこちを転々としていた。

 とある田舎町に転勤になった際、せっかくだから田舎暮らしを満喫しようと、会社の用意したアパートを断って築七十年近い小さな借家を自分で探し、そこに住むことにしたという。

 外観は古かったが中はリフォームされており、一人で住むには申し分なかった。

 しかし、二、三ヶ月も経つ頃になると、奇妙なことが起こり始めた。

 借家には小さな庭が付いており、庭と道路はブロック塀で仕切られていた。そのブロック塀の上に、時折タッパーや弁当箱に入った食事が置かれていることがあるという。中身は、筍や大根の煮物、炊き込みご飯、ご飯とおかずセットなど様々だったが、いかにも田舎のおばあちゃんが作った料理、といった感じだった。

 それらは、朝出勤の際にブロック塀に置かれており、帰宅する頃にはなくなっているという。

 最初は近所の人の忘れ物かと気に留めなかった。土地柄、早朝から草刈りや畑仕事に精を出す人は多い。しかし、月に一回だったそれが二回になり、やがて週に一回のペースになると、さすがに不審に思うようになった。

 いくらなんでもこれは忘れ物ではあるまい。誰かが親切で自分にくれようとしているのかとも思ったが、それなら休日や夜に訪ねてくれればいい話だ。外に置き去りにされたものは、食べる気にはならない。そもそも、食事がどこに消えているのかも不明だった。カラスや猫が荒らしても困る。

 彼は大家に相談することにした。大家は近所に住む壮年の男性で、愛想のいい人物だった。

 経緯を話すと、大家は顔を曇らせた。

「お貸ししているあの家は、もともと僕の祖父母が建てた家で、いわくもないですし、事故物件でもありません。あの家でなにかがあったということはない。ただ…」

「ただ?」

「以前住んでいたのが、少し変わった人物でして。あなたの話を聞くと、それが関係あるのかもしれません」

 大家によると、友人の前に住んでいたのはいわゆるロクデナシの男だったらしい。若い頃から定職につかず遊び歩き、しばらく姿をくらましたと思えば、還暦間近になって両親の年金をあてに帰って来るような男だった。そんな息子でも両親は切り捨てられず、少ない年金で彼を養っていたという。

 やがて両親が相次いで亡くなると、男は家に引きこもるようになった。

 男のすぐ近くには、彼の年の離れた兄が住んでいた。両親が生きている間は援助を惜しまなかった兄だが、なにを言っても改心しない弟に堪忍袋の緒が切れたようで、両親の死後は一切の援助を打ち切ると啖呵を切った。しかし、実の弟を簡単に捨て去ることは難しかったようで、こっそり自分で作った食事を男の家のブロック塀に置いていたそうだ。

 その兄も、両親の死後一年もしないうちに亡くなった。もともと癌で闘病中だったそうだ。

 兄の四十九日が終わった翌日、男が家から少し離れた林の中で自ら命を絶っているのが見つかった。家に残された遺書には、病を得て最期は故郷でと戻って来たが、周りの人間が先に次々死んでしまう、まるで自分が疫病神のようで本当に申し訳なかった、とたくさんの涙の跡とともに綴られていたという。

「もう、十年以上前の話です。この家はずっと放置していたのですが、去年リフォームして借家にしたんですよ。この家でなにかがあったわけではないですし、時間も経っているから問題ないと思ったんですが…」

 大家は申し訳なさそうにそう言った。

「その男というのは、実は私の叔父なんですよ。男を世話していた兄が、私の父です。父は頑固でしたから、叔父に優しい言葉をかけてやることはありませんでしたが、最期まで気にかけていました。父の方が先に亡くなりましたから、まだ叔父が亡くなったことを知らないのでしょう。あなたがあの家に住み始めたので、叔父が帰って来たと勘違いして、食事を運んでいるのかも。申し訳ありません」

 頭を下げた大家に友人は恐縮した。にわかには信じがたい話ではあったが、大家には非のない話であった。

「遺書にはね、『にいちゃんの、少し塩辛い筍の煮物がもう一度食べたい』って結ばれてましたよ」

 寂しそうに言う大家につられ、友人も鼻の奥がツンとしたという。


 ・・・・・・・・・


「まぁ、大家さんには悪いが、すぐにその家は引っ越したよ」

 友人のその言葉に、思わずわたしは脱力した。

「引っ越したのか」

「引っ越した。いい話ではあったがな、よく考えてみろ。大家のお父上が置いているという食事は、誰が回収してるんだ? そしてそいつは、どこに住んでるんだ? ……それを考えると、とてもじゃないがあの家にはいられなかったよ」

 友人が身震いするのにあわせ、わたしも二の腕が粟立つのを感じたのだった。


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