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幼稚園の棗の木

 とある知人に聞いた話。


 彼女には、不思議な記憶があるという。

 それは幼稚園の頃のこと。

 彼女が通っていた幼稚園には、園庭の隅に大きな棗の木があった。毎年夏になるとたくさんの実をつけ、先生に取ってもらうのが楽しみだったという。

 ある冬の日。帰りのバスに乗るまでの三十分の自由時間に、彼女はその棗の木を見上げていた。棗の木は、落ちた葉に代わり梢にスズメの群れを休ませ、その賑やかなさえずりでまるで楽器のようだった。

「あら、懐かしい。この木まだあったのね」

 ふと聞こえてきたそんな声に、彼女は見上げていた視線を戻し、そして違和感に首を傾げながら辺りを見回した。

 そこは確かに彼女の通う幼稚園なのだが、所々が違う部分があった。園舎の色がいつもより鮮明だった。遊具も知らないものがある。木登りをして遊ぶ桜の木が、なんだかいつもより大きい気がする。棗の木の向こうで園庭の周りをぐるりと囲っているフェンスは、さっきまではなかったはずだ。

 そしてなにより、つい今しがたまで園庭で騒がしくバスを待っていた友達が、誰もいなかった。いや、園庭ではたくさんの子ども達が遊んでいるのだが、その中に見知った顔を見つけることはできなかったのだ。

 突然のことにうろたえ泣きそうになっていると、先ほどの独り言の主と思しき女性が「どうしたの?」と声をかけてくれた。彼女の母親と同じか少し若いくらいで、フェンスの外側の道路から彼女を見つめていた。

「ここ、どこ?」

「え、あなたの幼稚園じゃないの?」

「そうなんだけど、違うもん」

 女性は困ったように頬に手を当て、小首を傾げた。それはそうだろう。

 彼女はそこで、頼れる大人は先生だと思いついた。先生ならきっと園舎の中にいるはずだ。そう思い、後ろを振り返った。

「あれ?」

 彼女の目の前の園庭には見知った顔の子どもたちが遊び、その向こうにはやや色褪せた園舎があった。辺りを見回してもフェンスはなく、声をかけてくれた女性の姿もなかった。なにもかも見知ったいつもの幼稚園がそこにはあった。

「へんなの」

 彼女は首を傾げたが、そろそろバスの時間だと自分を呼ぶ友達の声に大声で返事をし、走ってその場を後にした。


 ・・・・・・・・・


「実はこの前、この話の続きかな、と思えることを体験したんです」

 知人の彼女がそう言ったので、わたしは身を乗り出した。

「続きですか?」

「続きというか、リンクというか。もしかしたら、ただの勘違いかもしれませんけど」

 彼女はそう前置きをして語った。

「この前、娘の入園手続きの書類をもらうために、その幼稚園に行ったんです。自分が通った幼稚園がまだ残っているなんて、懐かしくて嬉しくて。てっきり古くなってると思っていたんですけど、建物はそのままでも、塗装し直して昔よりずっと綺麗になってました。園庭は思っていたよりずっと小さくて、子どもたちが遊んでいる遊具は知らないものの方が多かったです。でも、あの棗の木はまだありました。懐かしくて、つい声に出してしまったんです」

「もしかして、木の下には…」

「はい。女の子がいました。泣きそうな顔で、ここはどこかと聞かれて、びっくりしました。でも、ちょっと目を離したすきに、その子は消えてしまっていたんです。子どもの頃の不思議な記憶のことは、家に帰るまで思い出さなかったんですけど……」

 彼女はそこで苦笑した。きっとわたしと同じことを考えているのだろう。

「でも、あんまりできすぎてますよねぇ。きっと偶然なんでしょうけどね?」

 そう言って、彼女は頬に手を当て小首を傾げてまた笑った。


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