表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソラノーツ  作者: 花の人
第二章 死神を纏う少女
16/19

最後の約束

「――シャル! あっちでお祭りがあるみたいですよ! 行ってみませんか?」


 日暮れも近付いて来た頃。

 何やら人々の様子が慌ただしいのを不思議がったセツが、通りすがりの人からそんな耳よりの情報を入手する。


「う、うん……行こう!」


 楽しい一日が少しでも続くのなら、何だって良い。

 迫る終わりに寂寥を感じていた私は、そう言って勢いよく頷いた。



「――すごい! 綺麗……!」


 初めて訪れたお祭りの会場は、本の中で読んだものとはまるで別の世界のように感じられた。


 色とりどりの提灯で照らされる路地。

 所狭しに敷き詰められた人々の賑わい。

 芳醇な香りを漂わせる屋台の数々。


 文字の情報としてしか知らなかった景色が、確かな熱を持って目の前に存在している。


「こんなことなら、わたくしも着物を着てくるんでしたね……」


 白いワンピースの裾を掴み、少し残念そうな顔をするセツ。

 確かに、周りは着物姿の人が多い。

 いつもの花柄の着物の方が、よく溶け込めていたと思う……けれど。


「一人だけすごく華やかに見えるし、そっちの方が良いと思う。それに普段と違う恰好のセツも、綺麗だから」


「……シャル、今日は随分褒め上手じゃありません? 大袈裟ですよ、照れますね……」


 目を丸くしたまま薄っすら頬を赤く染めるセツを見て、何だか私まで恥ずかしくなってくる。

 いや、私が恥ずかしいことを言ったのかな……?

 うん、言ったような気がする。言ったな。


「いや、違くて。私の方が逆に周りと比べてパっとしないっていうか……あ、セツの選んでくれた着物が悪いってわけじゃないんだけれど、あの、だから……」


「ふふ、ふふふふ! シャルったら、おっかしい!」


「……そんな、お腹を抱えて笑わなくても」


 もうだめだ。

 何を言っても墓穴な気がする。


「――ふふふ……でも、そうですね。確かにそのままじゃあまりパっとしませんか」


「それはそれで何か傷付くな……」


「なら、えーと……あ、発見! ほら、付いてきてくださいなシャル」


「んぅ~」


 どこかに向かいたいらしいセツに、人ごみの中をぐいぐいと引っ張られて変な声が漏れる。

 すり鉢で潰される魚の身にでもなった気分だ。


 人というものも、これだけ多いと軽く凶器である。

 その荒波の中をすいすいとぶつからず抜けていくセツは、さながら人魚のようだ。


「え~と、それください!」


「はいよ、まいどあり!」


「セツ~? 何買ったの?」


「お面です! どうぞ」


 そう言いながら、セツは目の前で買ったばかりのお面を私に差し出してくる。


 ――これって、いわゆるプレゼントってやつ……?


 正直、飛び上がりたいような気分ではある。

 贈り物なんて、そんなもの今まで誰にも貰ったことは無かったから。

 凄く嬉しくて、頬がにやけてしまってはいる……のだけれど。


 ――でもその、見た目が……。


「――ドクロ?」


 目前のセツの手の上に載せられた、人の頭蓋を模した仮面。

 かわいらしくデフォルメがされている……というわけでもなく、一体何故ここまでこだわりを持ったのか分からないが、細かなヒビ割れまで忠実に再現された……正しく頭蓋の表面そのもの、といったデザインだ。

 有り体に言って、随分ホラーなテイストのお面である。


「はい! ほら、周りにそんなの付けてる人いないでしょう?」


 言われて周囲を見渡してみても……まぁ確かに、そんな人は居ない。

 お面を付けている人が居ても、狐面のような当たり障りのないものばかりだ。


 ――そりゃ、流石に怖いよねこれは……。


 唯一性を確立するといっても、それと単なる悪目立ちは違うのではないだろうか……と、正直思いはするのだが。


「ふふふふ」


 ――まぁ、いっか。

 ずっと笑ってて……セツ、楽しそうだし。


 他の人にどう思われるかとか、そういうのはどうだっていい。

 これを付けて、セツが笑ってくれるなら……後は何だって。


 私はセツからドクロのお面を受け取って、頭に紐を通す。


「……どう、かな」


 そのまま正面に被るべきか一瞬悩んだけれど……何だか物騒な絵面になりそうな予感がしたので、側頭部に少し傾けて固定しつつ、私は尋ねた。


「おぉっ! ……何というか――」


 セツはずいっと顔を近付けると、つま先から頭の先までをじっくり眺め……神妙な面持ちで呟く。


「――ふむ。死神、みたいですね」


「……ねぇそれ褒めてないよね?」


「いーえいえいえ! 褒めてます褒めてますとも! 死神みたいでカッコいいですよシャル~!」


「ば、バカにしてぇ……!」


 にへらっと、いつもの悪戯っぽい笑顔を浮かべるセツに辟易としつつ。


「――くっ、ふ……あはは!」


 突然こみ上げてきた可笑しさが我慢できなくて、私は吹き出してしまった。


「ふ、ふふふふ」


 それを見て、セツも口元を抑えて笑っている。


 ――なんか変な感じ……。


 今日はずっと笑い通しだ。

 笑い過ぎて、何でもないことでも可笑しく感じてしまっている。

 一生分の楽しいを、たった一日で使い果たしてしまっているような。


「――ふふ、は――、さて! それじゃせっかくですし、しばらく近くを回りましょうか!」


 再び手を繋いで、私たちは近くの屋台を巡り始めた。


 射的、金魚掬い、型抜き……色んな出し物があった。

 セツは全部上手で、私はてんで駄目。

 でもこれはただの遊びだから、うまくやれなくても誰にも叱られない。

 ……お祭りというのは、良いものだなと思った。


「少し休憩しましょうか……」


 遊び疲れた私たちは、祭りの喧騒から少し離れた公園のベンチに二人で腰掛ける。


「ふぅ……」


 こうして祭りを楽しむ人々を遠巻きに眺めていると、さっきまで自分があの一部だったことが少し信じられなくなる。

 ……私、ああいう風に笑えたんだ。


「どうしました?」


「ん、いや……なんか不思議だなって思って」


「不思議……ですか?」


 きょとんとした表情のセツが、私の顔を覗き込む。

 長い横髪がふわりと揺れて、その隙間からお祭りの赤い提灯の光が差し込んでいる。

 じっ、と。

 私を見つめる純白の瞳。

 薄く閉じられた薄紅色の唇と、香る花の匂い。


 何故か少し、心臓が跳ねる。


「――こんなに楽しくて良いんだ……って、思ってさ。ずっと、その……辛いままだと、思ってたから」


 言葉を吐きながら、私はドクロのお面を正面に被る。

 死神と呼ばれたその仮面を。


「私、昨日初めて人を殺したんだよ。一番痛くて苦しいことを、他の人にやった……なのに、今日はこんなにずっと楽しいことばっかりでさ」


 多分、本当は私みたいな人には訪れちゃいけない……夢みたいな一日。


 でも、現実だった。

 この夢は、今日確かにそこにある現実だった。


 ……なら、さ。

 明日の夢だって叶うって……信じてみたく、なるじゃないか。


「ねぇセツ……」


 寒くもないのに、指先がかじかむ。

 唇が震えて、目元に涙がたまる。


 今、私が言おうとしているのは……欲望だ。


 そんなものこれまで、一度も口にしたことはなかった。

 未来に期待なんて、したこともなかった。

 叶いもしない夢……なんて。あっても苦しいだけだって、思ってた。


 でも、でもさ。

 もし君が居てくれるなら……。


「二人で、このまま――」


 仮面を外し、セツに向き合う。

 微笑みを携えて私を待つ、銀の眼差しと向かい合う。

 吸い込まれてしまいそうなほどに、どこまでも続いている純白の瞳。


 いつだって、セツは私を受け入れてくれた。こんなに汚い私を。

 世界で唯一人、汚いと知って一緒に居てくれた。


 ――だから、私の夢を。

 きっと、セツと一緒なら……!


「逃げ――」


 ――瞬間、鳴り響く破裂音。

 共に、照らされる夜空。


「花火……」


 見上げると、そこには満開の花。

 数瞬咲き、散る……儚き美麗。

 それはまるで……そう。それこそ、夢のような。


 告げかけた言葉は搔き消え……一日の夢は、幻へと。

 いずれ記憶の底に沈み、夢想に散って――


「――なーんて、そんな物語みたいに都合よく行きませんよ?」


「セツ?」


「まったく……まぁこういう時、「え、なんて?」とか言って曖昧にしちゃうのがお約束なんでしょうけど! わたくしにはその手は通じません!」


「ねぇさっきから何を言ってるの?」


「お聞きなさい!」


 叱るようなピシャリとした声に、思わず私は姿勢を正した。


 ――び、びっくりした……。

 セツのあんな声、初めて聞いたかも。


 先ほどまでよく分からないことを言っていたセツだったが、今は真剣な表情で私の瞳を覗き込んでいる。

 そんな彼女の様子に、私の全身は射竦められたように硬直する。


「――良いですか、シャル……わたくしは言いましたよね? あなたは逃げられない、と」


「そ、れは……」


 つい先日、告げられたばかりの言葉だった。


 ――でも、それは。私が、屋敷の外には出られないと……そう思っていたからで。

 こうして今日、二人で外に居るのだから。このまま何処へだって……。


「訂正、いたしますね……――あなた『も』、逃げられないんです……」


 ため息を吐くように呟いて、セツは遠くを眺めた。

 遠く遠く、視線の先……そこには、遥か宇宙へと延びる、一本の長大な光の柱。


 ――『天の逆さ木』。


「……わたくしは、あれが立ち昇る姿を見ていました。ずっと……ずっと昔に、この地から」


「――え?」


 ……背筋に、悪寒が走る。


「あれは……数百年も昔、大戦争の時代に植えられたもの、のはず……」


 逆さ木は、いつだって私の生活の中にあった。見えていた。

 朝が来れば太陽が昇るのと同じくらい当たり前に、夜が来れば輝くもう一つの月だった。


 それが無い時代があった……ということは、知っていた。知っていたけれども。

 私にとっては、遥か昔のおとぎ話のようなもので……。


「それが本当なら……君は、数百年生きてるってことに……」


「えぇ、その通り。だってわたくし、天望人ですもの……不思議ではないでしょう?」


 ――それは……分かっては、居たのだけれど。


 横に並ぶ、セツと目が合う。

 少し前までは、私の方が見上げていたのに。

 いつの間にか、背丈は並んでしまっていた……セツは、十歳ほどの少女の姿であるにも関わらず。


 天望人は、種を呑んだ時点で肉体の成長が止まる。

 セツは、この少女の姿のまま……その身にそぐわない、数百年という歳月を過ごしてきた。


 彼女の白銀の目が一瞬伏せられ……そして光の根に包まれた、夜空を見上げる。


「昔は……こんなではなかったんですよ、この空も」


 もうどんな風だったか、覚えてもいませんけれどね……小さく笑いながら、セツはそう付け足した。


 天を満たす光の線。

 それをなぞるように、彼女は指先を掲げている。


「私もずっと、ずっと……囚われているんですよ。あの家……拝宇という、呪われた一族に」


「逃げ、られない……の?」


「逃げられません。逃げるわけには、いかないんです……」


 私の問いかけに、浅く息を吐きながらセツは答えた。

 胸に手を当て、膨れ上がろうとする感情を抑え込んでいる。


 ――数百年。

 私には……想像もつかない時間だ。

 それほど長い間、人の精神は生きられるもの……なのだろうか。

 例え肉体が朽ちずとも、普通心の方が正気ではいられない……そう思う。


 私はたった十余年の人生でさえ、苦しくてたまらないのに。

 でも、セツは耐えてきた。


 自身を苛む家の苦しみに、耐えてきた。

 ただただ孤独に、永遠にも思える時間を。


「だから……ごめんなさい、シャル。わたくしは、あなたの願いを叶えられない。あなたを虐げることしかできなくて……本当に、ごめんなさい」


 震える声で、絞り出すようにセツはそう言った。


 これが、初めて知る……セツの過去。

 今まで隠されてきた、本当の彼女。

 セツもまた、あの家に縛られていた。虐げられていた。


 ――私と、同じだった。


 真っ白で、純粋で、輝かしくて……私とは全然違う、別の世界の存在だと思っていたものは。

 私と同じ世界に生まれ、私より遥かに長く苦しんできた漆黒の存在だった。


 ……胸の内から、ふつふつと何かが湧き上がる。


 ――同じだったから、ずっと……助けてくれてたんだ。


 とても熱い何か。

 感動? 似ているけれど、違う気がする。

 歓喜? ……違う。

 これは……。


「――今度はさ、私が助けるよ」


 ――そうだ、勇気、だ。


 ひとたび気付けば、それは想う言葉を生み出す力となり、口先から迸る。


「セツのこと、私が助ける! いつか私が一人前になったらさ、その時は絶対……絶対、セツが逃げられるようにする! それで一緒に、この家を出よう!」


 自分でも聞いたことのないような、自分の声。

 自信満々で、輝いていて。

 まるで別人みたい……。


 ――あぁ、思い出した。

 初めて出会った時の、あの日のセツみたいなんだ。


 だからこの勇気も、君に貰ったものだよ。

 貰ったものは、返さないとね。


「シャル……うっ、ぐすっ……」


 ――セ、セツが泣いてる……!?


 初めて見る、セツの泣き姿。

 ぽろぽろと、宝石のような雫が頬から滴っている。

 何度か指先で拭っても、止まる気配はない。

 しまいにはワンピースのポケットからハンカチを取り出して、ちーんと鼻をかみ始める。


 けれどそんな一連の所作すら、彼女らしいというか……どこで切り取っても画になるなぁ、なんて。

 そんな呑気なことを考えながら、私は彼女が落ち着くのを待っていた。


「――いつか」


 数分後。

 依然として熱の籠った震える声で、セツは切り出した。


「いつかわたくしを……ここから、連れ出してくださいね」


 小首を傾げ微笑んで、セツは私に小指を差し出す。


 ――それはきっと、初めての信頼。

 ずっと独りで生きてきた彼女が、初めて誰かに自身の苦悩を……その源からの解放を、願いを、託したということ。


 その小指には、そんな数百年分の重みがある。


「……うん」


 私はゆっくり頷いて、セツの白くて細い指に、私の指を絡める。

 小さくて、冷たくて、弱々しくて……けれどずっしりと重たい、その指に。


「約束するよ」


 そして指を切り……私はここに、違わないと決めた誓いを立てる。


 ――セツにとって私は、長い時間の中で現れた……ほんの数瞬の幻に過ぎないのかも、しれないけれど。

 私にとってセツは、光の全てだから。


 その光は、それだけは絶対に、守って見せる。


「――ふふ、ありがとう……」


 キラキラ輝く一筋の涙を流して、セツは笑う。

 夜空に咲いた花が、その笑顔を眩しく照らしていた。



 ……これが、たった一日だけの、セツとのお出かけの最後の記憶。


 ――そしてそれ以降、セツは私の前から姿を消した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ