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ソラノーツ  作者: 花の人
第二章 死神を纏う少女
15/19

二人で、初めてのお出かけ

「――わぁ、凄い……」


 翌日。

 朝方にセツと合流して屋敷を抜け出した私は、初めて見る外の世界に思わず感嘆の声を漏らしていた。


 広い道を往来し続ける、沢山の人々。

 何か金具を打つような甲高い音と、呼び込みの声が絶えず聞こえる。

 並び立つ家屋からは、立ち昇る煙と共に何やら良い匂いが漂い続けている。


「これが、屋敷の外……」


 陰鬱な雰囲気の屋敷の中とは大違いだ。


「ふふーん、驚きましたか? シャル」


「うん……! なんか……なんか、凄いね!」


 すっかり興奮している私は、鼻息荒くセツの方を振り向いた。

 彼女はあどけない笑顔で笑ってから、冗談交じりに胸を張る。


「えっへん」


 いつもの花柄の着物姿ではなく、真っ白なワンピースを着た彼女は、まるで物語の中のお姫様みたいに可憐だった。

 見慣れない姿に、少し逸る感情を抑えながら……私は今朝言い忘れていた言葉を告げる。


「えっと、その……今更だけど。似合ってるね、セツ」


「あら嬉しい! シャルのそういう所、わたくしとっても好きですよ」


 ドキンと心臓が跳ねて、頬が熱くなる。


「きゅ、急に何言ってるの……!? こんな所で……」


「あら、変でしたか?」


「だって……」


 道行く人の笑い声が聞こえる。

 絶対私たちのことだ。私たちを見て笑ってる……!


 は、恥ずかしい……。


「ふふふ、本当にシャルは可愛いですね」


「か、勘弁して……」


 わざわざ顔を近づけて小さな声で追い打ちをかけてくるセツに、私は顔から火が出そうになる。


 前からこういうからかい癖というか、私を弄ぶようなことをしてくるセツだけど。

 何だか昨日のことといい、その冗談のレベルが一段階上がっているような気がする……。


「でもシャルの方こそ、よく似合っているじゃありませんか」


「うーん、そうかな……」


 昨日セツに貸してもらった、紺色の着物に目を下ろす。

 確かに着物は綺麗だけど……自分ではあまり似合っているとは思えない。


「そ、う、で、す! ……まったく。シャルったら、放っておいたらいつもボロボロの服を着てくるんですもの。今日みたいな特別な日は、ちゃんとおめかししないと」


「でも、何で着物? 靴も下駄だし、歩きづらいんだけど……」


「わたくしが見たかったからです! ほら文句言わないで付いてきてくださいな!」


 ちょいちょいと手招きするセツの姿に肩を竦めつつ、私は初めての街を歩き始めた。



 まず最初に訪れたのは、カンカンと鉄を打つ音が鳴り響いていた鍛冶屋だった。


「相変わらず腕が良いですね~」


「おや、『幽霊』の嬢ちゃん! 久々じゃねぇか! ……そっちのは見ねぇ顔だな」


「お友達です! ね?」


「え? あ、うん……」


 ――え、セツって知り合いが居たの……?


 当然のように店主と会話を始めたセツの様子に、私は内心戸惑いを隠せない。

 屋敷の人は誰もセツのことを知らなかったのに。


「なるほどな! まぁガキの体じゃ扱えん品ばかりだが、良かったら見てってくれや」


「あ、ありがとう……」


 店主にそう促されて、私は仕方なく店に並べられた品々を眺め始める。

 セツもそのまま店主との会話に花を咲かせているし、しばらく商品を見て時間を潰そう……。


「へぇ……」


 どうやらこの店では、主に刀を筆頭とした刃物を扱っているらしい。

 棚に飾られた銀色の刃の数々。

 私もそれなりに長い間、ナイフを握ってきたからか……知らず知らずの内に、それらの品に目が吸い込まれていく。


 その中でも、一際存在感を放っていたのが。


「鎌……?」


 一面の壁の中央に、堂々と立てかけられた……およそ農作用とは思えないほど、巨大な鎌。

 漆の塗られた艶やかな木製の柄の先端に、大きく湾曲した刃が取り付けられている。


 その根元から切っ先にまで刻まれた波のような紋様。

 ただそれだけでも、一際高価な品であることは明白だったが……その白刃が放つ銀の輝きは、他の物品と比べても明らかに異質だった。


 室内の明かりに照らされて輝いている……のではない。

 言うなれば、刃そのものが光を宿している。


 近くに寄って見れば見るほど、その妖しい光に引き込まれていく。


「――嬢ちゃん!」


「あ、わ!」


 多分、慣れない下駄を履いていたからというのもあるだろう。

 突然の背後からの呼びかけに、私は躓いてバランスを崩す。

 その拍子に片腕が、眺めていた鎌の持ち手にコツンと当たった。


 ――リリ――ン……。


 ……鈴の、音。


 鎌と一緒に地面に横になった私は、我ながら呑気なことに……倒れ際に聞こえたその音色が、ただ綺麗だなと――真っ先に、そう感じたのだった。


「大丈夫ですかシャル!? 怪我はありませんか!?」


「……え? あ、うん。大丈夫だよ……」


 青ざめた表情で駆け寄って来たセツに、私は半ば放心状態でそう返答した。


 ――この鎌……何なんだろう。


 咄嗟に胸の上で抱きかかえてしまった大鎌。

 起き上がりながら、改めてその刀身を確認する。


 ……見たところ、刃が歪んだり欠けたりはしていなさそうだ……良かった。


「危ないところだったな、嬢ちゃん」


 セツを追って出てきた店主が、私から件の鎌を回収して壁に直す。


「コイツは拝宇家の特注品でな……壊したら弁償どころの騒ぎじゃなかったぞ?」


「え、えと……ごめんなさい……」


「ハッ、まぁ何事も無くて良かったさな。それより嬢ちゃんの方に怪我が無くて何よりだ……なんせコイツで致命傷を受けちまうと、たとえ天望人であっても蘇れねぇからな」


「……?」


 私は首を傾げて、改めて店主の方を見る。

 天望人なのに、蘇れない……?


「数百年前、この地にゃ『種』とは別の……ある隕石が降って来た。それは地球にはない鉱物で出来ていて……『種』とは反対の力、『神秘殺し』の力を秘めていた……通称、『鈴音石』。そいつで鍛造したのが、その鎌さ」


 だから天望人であっても、この鎌に依る致命傷は治ることはない。

 そして当然、蘇ることも……店主はそう続けた。


「……そっか。拝宇の家は、その『鈴音石』の力で……介錯人の一家として成り上がった……」


 もし……誰しもが永遠の命を手に入れ、生き続けられるこの世界で……それを唯一殺すことが出来る力があって。

 その力を独占することが出来たら……。


 考えるまでもない。

 拝宇という家の成り立ちは、つまりそういうことだ。


 生に疲れた人々を救済する、なんてご立派なお題目を掲げてはいるものの……その実、裏は恐喝や武力で染まった真っ黒な家。


「ま、そういうこったな。俺らみたいな死にたくも何ともない天望人にとっちゃ、末恐ろしいハナシだよ。作った張本人が言うのもなんだが……とっとと引き取って貰いたい厄物さ、こいつは」


 鎌の柄の部分をトントンと叩きながら、店主は言った。


 まぁ、あんなに苦しいのだから……まともな家であるはずがないとは思っていたけれど。

 逆に底が見えて、私からすれば安心出来たとすら思える。


「――だって言うのに、コイツを作れって依頼があってからもう十年以上だ。まったく……拝宇のお偉いさん方は何を考えているのやら……。何やら最近は内輪揉めでキナ臭いって噂も聞くが……」


 店主はそのまま考え込むように、ブツブツと何か呟いている。


「――さ、そろそろ次の場所に行きましょうか、シャル」


「あ、うん」


 ちょんちょんと私の背中を突っついて、セツは店の外に向かって行く。


「店主さーん、今日はありがとうございました! また伺いますね~」


「おう! またな『幽霊』の嬢ちゃん! それと黒い嬢ちゃんも!」


 セツに倣ってぺこりと頭を下げ、私たちは店を出た。


 そのまま次の目的地に向かう道中、私はふと思ったことをセツに尋ねてみる。


「……ねぇセツ。もしかしてなんだけど……屋敷の外の人って、みんな良い人?」


「た、単純ですねぇシャル……わたくし、それは流石に心配になりますよ……?」


「あ、いやごめん。今のは冗談……忘れて」


 ぽかんと口を開け、呆れたような表情をするセツに、私はすぐさま発言を撤回した。

 もちろん私だって、本気で言ったわけじゃない……わけじゃないのだけれど。

 ほんの少しだけ、期待してしまったのだ。

 おかしいのはあの屋敷の人たちで、セツやさっきの店主のような優しい人の方が『普通』なのではないか、と。


 そんな私に、セツは口元を寄せてひっそりと囁く。


「――ここの皆さんは、あなたが人間の子供であることを知りませんからね……。少なくとも、気持ち悪がったり、嫌ったりはしないと思いますよ」


 だから安心して……と言うように、ふわりと笑顔を見せるセツ。


 ――でもそれって、私が人間だってバレたら同じってことだよね……。


 結局みんな……私について知らないから、優しくしてくれるだけ。

 私の正体を知ったら、道行く人は全員私を避けるようになる。


 ――なら『普通』じゃないのは多分、誰よりも私の方だ。


 私が嫌われるのは、私のせい。

 でもセツはそんな、『普通』じゃない私を唯一受け止めてくれる人だ。



 そのまま私たちは、しばらく二人で街を散策した。


「――わっ何これ!? 地面から水が噴き出てるよ!」


「噴水です! 綺麗でしょう? 待ち合わせの定番スポットなんですよ」


「――セツセツ! こ、この甘いの何!? 美味し過ぎるんだけど!?」


「おやおや、シャルも気に入りましたか? この『ウルトラハイパーミックス抹茶練乳ソフト』を……!」


「――ん~、これ気持ちいいねぇ……」


「結構歩きましたからね~、足湯が染みます……」


 セツが連れて行ってくれる場所は、どこでも楽しかった。

 こんなに長く遊んだことは、生まれて初めてで。


「――セツ――」


 彼女の名前を呼んで。

 手を握って。


「――シャル――」


 その真っ白な笑顔を額縁に閉じ込めて。

 耳をくすぐるような呼びかけを永遠にして。


 ――ずっとこのまま、時間が止まってしまえばいいのに……。


 痛さも辛さも怖さも忘れて、こうして二人で居られたら。

 そんなことを、考えていた。


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