二人で、初めてのお出かけ
「――わぁ、凄い……」
翌日。
朝方にセツと合流して屋敷を抜け出した私は、初めて見る外の世界に思わず感嘆の声を漏らしていた。
広い道を往来し続ける、沢山の人々。
何か金具を打つような甲高い音と、呼び込みの声が絶えず聞こえる。
並び立つ家屋からは、立ち昇る煙と共に何やら良い匂いが漂い続けている。
「これが、屋敷の外……」
陰鬱な雰囲気の屋敷の中とは大違いだ。
「ふふーん、驚きましたか? シャル」
「うん……! なんか……なんか、凄いね!」
すっかり興奮している私は、鼻息荒くセツの方を振り向いた。
彼女はあどけない笑顔で笑ってから、冗談交じりに胸を張る。
「えっへん」
いつもの花柄の着物姿ではなく、真っ白なワンピースを着た彼女は、まるで物語の中のお姫様みたいに可憐だった。
見慣れない姿に、少し逸る感情を抑えながら……私は今朝言い忘れていた言葉を告げる。
「えっと、その……今更だけど。似合ってるね、セツ」
「あら嬉しい! シャルのそういう所、わたくしとっても好きですよ」
ドキンと心臓が跳ねて、頬が熱くなる。
「きゅ、急に何言ってるの……!? こんな所で……」
「あら、変でしたか?」
「だって……」
道行く人の笑い声が聞こえる。
絶対私たちのことだ。私たちを見て笑ってる……!
は、恥ずかしい……。
「ふふふ、本当にシャルは可愛いですね」
「か、勘弁して……」
わざわざ顔を近づけて小さな声で追い打ちをかけてくるセツに、私は顔から火が出そうになる。
前からこういうからかい癖というか、私を弄ぶようなことをしてくるセツだけど。
何だか昨日のことといい、その冗談のレベルが一段階上がっているような気がする……。
「でもシャルの方こそ、よく似合っているじゃありませんか」
「うーん、そうかな……」
昨日セツに貸してもらった、紺色の着物に目を下ろす。
確かに着物は綺麗だけど……自分ではあまり似合っているとは思えない。
「そ、う、で、す! ……まったく。シャルったら、放っておいたらいつもボロボロの服を着てくるんですもの。今日みたいな特別な日は、ちゃんとおめかししないと」
「でも、何で着物? 靴も下駄だし、歩きづらいんだけど……」
「わたくしが見たかったからです! ほら文句言わないで付いてきてくださいな!」
ちょいちょいと手招きするセツの姿に肩を竦めつつ、私は初めての街を歩き始めた。
まず最初に訪れたのは、カンカンと鉄を打つ音が鳴り響いていた鍛冶屋だった。
「相変わらず腕が良いですね~」
「おや、『幽霊』の嬢ちゃん! 久々じゃねぇか! ……そっちのは見ねぇ顔だな」
「お友達です! ね?」
「え? あ、うん……」
――え、セツって知り合いが居たの……?
当然のように店主と会話を始めたセツの様子に、私は内心戸惑いを隠せない。
屋敷の人は誰もセツのことを知らなかったのに。
「なるほどな! まぁガキの体じゃ扱えん品ばかりだが、良かったら見てってくれや」
「あ、ありがとう……」
店主にそう促されて、私は仕方なく店に並べられた品々を眺め始める。
セツもそのまま店主との会話に花を咲かせているし、しばらく商品を見て時間を潰そう……。
「へぇ……」
どうやらこの店では、主に刀を筆頭とした刃物を扱っているらしい。
棚に飾られた銀色の刃の数々。
私もそれなりに長い間、ナイフを握ってきたからか……知らず知らずの内に、それらの品に目が吸い込まれていく。
その中でも、一際存在感を放っていたのが。
「鎌……?」
一面の壁の中央に、堂々と立てかけられた……およそ農作用とは思えないほど、巨大な鎌。
漆の塗られた艶やかな木製の柄の先端に、大きく湾曲した刃が取り付けられている。
その根元から切っ先にまで刻まれた波のような紋様。
ただそれだけでも、一際高価な品であることは明白だったが……その白刃が放つ銀の輝きは、他の物品と比べても明らかに異質だった。
室内の明かりに照らされて輝いている……のではない。
言うなれば、刃そのものが光を宿している。
近くに寄って見れば見るほど、その妖しい光に引き込まれていく。
「――嬢ちゃん!」
「あ、わ!」
多分、慣れない下駄を履いていたからというのもあるだろう。
突然の背後からの呼びかけに、私は躓いてバランスを崩す。
その拍子に片腕が、眺めていた鎌の持ち手にコツンと当たった。
――リリ――ン……。
……鈴の、音。
鎌と一緒に地面に横になった私は、我ながら呑気なことに……倒れ際に聞こえたその音色が、ただ綺麗だなと――真っ先に、そう感じたのだった。
「大丈夫ですかシャル!? 怪我はありませんか!?」
「……え? あ、うん。大丈夫だよ……」
青ざめた表情で駆け寄って来たセツに、私は半ば放心状態でそう返答した。
――この鎌……何なんだろう。
咄嗟に胸の上で抱きかかえてしまった大鎌。
起き上がりながら、改めてその刀身を確認する。
……見たところ、刃が歪んだり欠けたりはしていなさそうだ……良かった。
「危ないところだったな、嬢ちゃん」
セツを追って出てきた店主が、私から件の鎌を回収して壁に直す。
「コイツは拝宇家の特注品でな……壊したら弁償どころの騒ぎじゃなかったぞ?」
「え、えと……ごめんなさい……」
「ハッ、まぁ何事も無くて良かったさな。それより嬢ちゃんの方に怪我が無くて何よりだ……なんせコイツで致命傷を受けちまうと、たとえ天望人であっても蘇れねぇからな」
「……?」
私は首を傾げて、改めて店主の方を見る。
天望人なのに、蘇れない……?
「数百年前、この地にゃ『種』とは別の……ある隕石が降って来た。それは地球にはない鉱物で出来ていて……『種』とは反対の力、『神秘殺し』の力を秘めていた……通称、『鈴音石』。そいつで鍛造したのが、その鎌さ」
だから天望人であっても、この鎌に依る致命傷は治ることはない。
そして当然、蘇ることも……店主はそう続けた。
「……そっか。拝宇の家は、その『鈴音石』の力で……介錯人の一家として成り上がった……」
もし……誰しもが永遠の命を手に入れ、生き続けられるこの世界で……それを唯一殺すことが出来る力があって。
その力を独占することが出来たら……。
考えるまでもない。
拝宇という家の成り立ちは、つまりそういうことだ。
生に疲れた人々を救済する、なんてご立派なお題目を掲げてはいるものの……その実、裏は恐喝や武力で染まった真っ黒な家。
「ま、そういうこったな。俺らみたいな死にたくも何ともない天望人にとっちゃ、末恐ろしいハナシだよ。作った張本人が言うのもなんだが……とっとと引き取って貰いたい厄物さ、こいつは」
鎌の柄の部分をトントンと叩きながら、店主は言った。
まぁ、あんなに苦しいのだから……まともな家であるはずがないとは思っていたけれど。
逆に底が見えて、私からすれば安心出来たとすら思える。
「――だって言うのに、コイツを作れって依頼があってからもう十年以上だ。まったく……拝宇のお偉いさん方は何を考えているのやら……。何やら最近は内輪揉めでキナ臭いって噂も聞くが……」
店主はそのまま考え込むように、ブツブツと何か呟いている。
「――さ、そろそろ次の場所に行きましょうか、シャル」
「あ、うん」
ちょんちょんと私の背中を突っついて、セツは店の外に向かって行く。
「店主さーん、今日はありがとうございました! また伺いますね~」
「おう! またな『幽霊』の嬢ちゃん! それと黒い嬢ちゃんも!」
セツに倣ってぺこりと頭を下げ、私たちは店を出た。
そのまま次の目的地に向かう道中、私はふと思ったことをセツに尋ねてみる。
「……ねぇセツ。もしかしてなんだけど……屋敷の外の人って、みんな良い人?」
「た、単純ですねぇシャル……わたくし、それは流石に心配になりますよ……?」
「あ、いやごめん。今のは冗談……忘れて」
ぽかんと口を開け、呆れたような表情をするセツに、私はすぐさま発言を撤回した。
もちろん私だって、本気で言ったわけじゃない……わけじゃないのだけれど。
ほんの少しだけ、期待してしまったのだ。
おかしいのはあの屋敷の人たちで、セツやさっきの店主のような優しい人の方が『普通』なのではないか、と。
そんな私に、セツは口元を寄せてひっそりと囁く。
「――ここの皆さんは、あなたが人間の子供であることを知りませんからね……。少なくとも、気持ち悪がったり、嫌ったりはしないと思いますよ」
だから安心して……と言うように、ふわりと笑顔を見せるセツ。
――でもそれって、私が人間だってバレたら同じってことだよね……。
結局みんな……私について知らないから、優しくしてくれるだけ。
私の正体を知ったら、道行く人は全員私を避けるようになる。
――なら『普通』じゃないのは多分、誰よりも私の方だ。
私が嫌われるのは、私のせい。
でもセツはそんな、『普通』じゃない私を唯一受け止めてくれる人だ。
そのまま私たちは、しばらく二人で街を散策した。
「――わっ何これ!? 地面から水が噴き出てるよ!」
「噴水です! 綺麗でしょう? 待ち合わせの定番スポットなんですよ」
「――セツセツ! こ、この甘いの何!? 美味し過ぎるんだけど!?」
「おやおや、シャルも気に入りましたか? この『ウルトラハイパーミックス抹茶練乳ソフト』を……!」
「――ん~、これ気持ちいいねぇ……」
「結構歩きましたからね~、足湯が染みます……」
セツが連れて行ってくれる場所は、どこでも楽しかった。
こんなに長く遊んだことは、生まれて初めてで。
「――セツ――」
彼女の名前を呼んで。
手を握って。
「――シャル――」
その真っ白な笑顔を額縁に閉じ込めて。
耳をくすぐるような呼びかけを永遠にして。
――ずっとこのまま、時間が止まってしまえばいいのに……。
痛さも辛さも怖さも忘れて、こうして二人で居られたら。
そんなことを、考えていた。




