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ソラノーツ  作者: 花の人
第二章 死神を纏う少女
11/19

私なんて、生まれて来なければ良かった

 私が物心ついた時、世界が私に初めて教えた事は。


 ――ただただ純粋な、『悪意』だった。


「忌まわしい」「何故子供など……」

「気持ち悪い」「こっちを見るな!!」

「お願いだから、何処かへ行って……」「吐き気がする」


 私は蔑まれていた。

 私は疎まれていた。

 私は世界に、嫌われていた。


 誰一人として、私を愛することはせず。

 大人たちが私を見る、その瞳に宿る感情は……全て黒く濁っていた。


「――お前など、居なくなってしまえばいい」


 それこそが拝宇の屋敷に生まれた私の、最も古い記憶。

 生まれながらに生まれるべきではなかったと、心に深く刻まれた憎悪。


 彼らは愛情の代わりに、ただ最低限の食事と、当てつけのような厳しい教育を私に与えた。

 味のしない質素なご飯。箸の握り方を間違えると聞こえる舌打ち。

 幼いながらにそんな生活を鬱屈に感じていた私は、いつしか屋敷の書斎に籠り、本を漁るようになった。

 

 その本の中の知識で、私は何故世界に嫌われているのかを知った。


 種の力を得て、不老不死となった天望人。

 だがそれ故に、多くの天望人は新たな『生』に忌避感を覚えるようになった。


 それも当然だ。

 彼らの多くは、長い生の中で『終わることの出来ない苦しみ』を知っているのだから。

 特に介錯の家系である拝宇の人間は、他者を終わらせることを通じ、その苦しみを誰よりも深く知っている。

 故に『新たな命』に対して、悍ましいまでの拒否反応を示すのだ。


 丹精に育てた花を自ら手折り、踏み潰すような者が居るだろうか?

 拝宇にとって、『新たな命』とはつまりそういうものだ。

 いずれ死を望み、自らが刈り取ることになるというだけの供物。


 ――……ならどうして、私は生まれたの?


 その疑問は、私が八歳を迎え始まった『訓練』と共に、一応の答えを得ることになった。


「――チッ、クソみてーに小せぇガキだなオイ。これだから『人間』は……」


 暑い夏の日だった。

 屋敷の中庭……枯山水の石積みから照り返す光が眩しくて、見上げた男の顔は陰になってよく見えなかった。


「……人間? 私は人間なの?」


「そりゃそうだろうが。天望人ってのは『後付け』なんだ。種呑んで不死身になってるだけで、元は人間と変わんねぇ。天望人同士が子供作ったって子供は天望人にゃならねーよ」


 「だから後から生まれた癖に先に死ぬ。気持ち悪ぃ」……男はそう付け足して、唾を吐いた。


 確かに、今まで変だとは思っていた。

 私は八年の間でモノを食べて成長していた。だがそれは私が天望人だとすればおかしな話だ。

 不老不死だというなら、老いることは無い……つまり成長することもないはずなのだから。

 今まではそういうものなのかと思って流してきたけれど……どうやら、私が『人間』という稀有な存在であることは確かなようだった。


 老いるし死ぬ、脆弱な生き物。


「――じゃあなんで私を作ったの?」


 私は純粋な疑問から、そう尋ねた。


 子供は、作らなければ生まれないらしいということは本で知っていた。

 その製作者のことを『両親』と呼ぶそうだけれど、あいにく私はこの屋敷の誰が『両親』なのかは知らなかったし、興味もなかった。


 でも、作った理由の方は不思議でならない。

 だって私は誰からも嫌われていて、初めから生まれるべきではなかった存在なのだから。

 嫌いなものを作って、わざわざ育てて、なのにそれはいずれ消える。


 ――そんなの、意味がない。

 私には、存在する意味が。


 幼いながらに、当時の私はそう感じていた。


「おいおいおい、お前そんなことすら誰も教えてくれなかったのか?」


「うん。勉強教えてくれる人は授業だけやってすぐどっか行っちゃうから。そんな話したことないよ」


「――チッ、あぁクソッ!!!!」


 突然、男は頭を掻きむしって叫ぶ。

 今まで聞いたことのない大人の大きな声が怖くなって、私は少し後退った。


「この世界も!! 拝宇の家もお役目も!! 全部全部全部クソだ!! イライラするんだよ……! どいつもこいつもお澄まし顔でよぉ……!!」


 何度も何度も、木の幹に拳を叩きつける。

 その度に血が滲んで、木の葉が舞い落ちた。


「――はぁ、はぁ……。何でお前を作ったか? んなもん決まってんだろ。『必要』だからだ。どんなに嫌いでも、醜くても……この家には『要る』から作った。そんだけだ」


 肩で息をしつつ、振り向かないまま男は嗤った。


「拝宇の家もすっかり凋落しちまってよ……今じゃ『聖火隊』の連中に後れを取る有様だ。あんな野蛮な連中にだぞ? それで大祖母様も尻に火が付いたんだろうさ……このまま拝宇を廃れさせるわけにはいかないってな」


 男が話す内容は難しくて、よく分からなかった。

 だがどうやら、私という人間は拝宇の家を守るために作られた……ということのようだ。


「じゃあ、私は生きてていいの?」


「死にたきゃ死ねよ。別に止めやしねぇ。ただ今まで食わせた飯が無駄になるからな……生きててくれた方が都合良いんじゃねぇか? 俺は知らねぇけどな」


「ふ~ん」


 小石を蹴りながら、その背の高い男の素っ気ない言葉を受け入れる。

 とりあえず……本当に居なくなった方がいい、というわけではないみたいだ。

 少なくともご飯が出てきて、厳しいけど勉強を教えられている内は、必要とはされている……らしい。

 ――ならあんなに私を嫌わなくたって良いのに……。


「叔父さんは何で色々教えてくれるの?」


「お前に色々仕込んでおけとのお達しでな……それと叔父さんはやめろ。次言ったら殺す」


「分かった」


 じゃあなんて呼べば良いんだろうと思ったけれど、この人はそもそも私と関わりたくないのだと気付く。


 ――だって私の事が嫌いだから。


 その目に宿る黒い感情は、他の大人たちが私に向けるそれと何も変わらなかった。

 多分ほんの少し、他の人と役割が違うだけだ。


「そら」


 男は腰からナイフを抜くと、私に投げて寄越した。

 石積みを跳ねて鳴る甲高い金属音が、私の耳の中を通り過ぎていく。


「それで俺を殺しに来い。それが『訓練』だ」


「……でも、痛いよ。多分」


 私はしゃがみ込んで落ちたナイフを両手に取り、その鋭利な切っ先を見つめながら呟く。

 その刃に反射して見える、呆れたような男の顔。


「お前バカか? 勘違いしてんじゃねえよ」


 上半身を屈めて男はそう言うと……そのまま、血の滲んだ右手の拳を大きく掲げた。


「――自分の身ぃ守んにはそれしかねぇって言ってんだよ」


「!?」


 突如、左の頬に走った衝撃。

 その衝撃と共に、私の体は石積みの地面に倒れた。


 頬がじんじんする。

 口の中が切れたみたいだ。舌が血の味と一緒に、じんわりと温かくなる。

 

「――っ」


 倒れたまま、涙ながらに男を見上げる。

 陰になっていて、やっぱりその表情は見えなかったけれど……追い打ちをかけるべく振り上げられた拳だけは、はっきりと見えて。

 私はそれからただ目を瞑って、人生で初めて、怖くて泣いた。


 ……これが、その日から毎日のように行われるようになった『訓練』。

 言うなればただの暴力。

 古い言葉で言えば、虐待とも言うらしい。

 ただ対抗することだけは許されていたので、いつしか私はあの男を殺すことだけを考えるようになった。


 毎回渡されるナイフを小さな手で掴み、その切っ先をあの男に向ける。


「もっと急所を狙え。戦闘慣れした天望人は適当な傷じゃ怯まねぇぞ」


「バカが。力勝負でガキが敵うわけねぇだろ。もっとしなやかさを使え」


「お前死にたいのか? 一回死んだら終わりだぞお前は。俺の苦労を無駄にするな」


 男はひたすらに私をいたぶりながら、自分の殺し方だけを私に教えた。

 それ以上の話はしなかった。

 別に私も聞きたくなかった。


 とにかくあの男を殺しさえすれば、この地獄から解放される。

 それだけを信じて、私はナイフを握り続けた。


 ……でも、やっぱり痛いのは、嫌だった。


「――……うっ、うっ……」


 ある日、私は屋敷の隅で泣いていた。

 『訓練』で全身が青くなっていて、痛くて。

 ただ逃げたくて、でも逃げるべき場所も分からなくて。


 屋敷の中を駆け回って見つけた、誰もいない暗い物置で独り、ただ泣いていた。


「もう、嫌だ……」


 誰からも嫌われるのは、まだ良かった。

 嫌われていてもご飯は出てくるし、本を読んでいれば気晴らしにはなる。

 別に誰も居なくたって、誰にも愛されなくたって、ただ生きている分には何の支障もなかった。


 でも、痛いのは怖い。

 痛いのは積み重なるから。

 あざが出来ると一週間は治らない。

 でもあの男は、その上からだって容赦なく殴りつけてくる。

 それをされた時は本当に痛くて、息が出来なかった。

 動けなくなった私を何度か踏みつけて、男は帰っていく。

 誰も迎えになんて来ない。

 痛みが収まるのを待って、のろのろと自分の部屋に戻る。

 冷えた夕飯と一緒に申し訳程度に置かれた医療具で、自分で自分の傷の手当てをする。

 そうして全身の痛みと共に眠って、また次の日には『訓練』だ。


 もう、痛いのは嫌だ。

 苦しいのは嫌だ。

 全部全部嫌だ。


「――ぐすっ……うっ……」


 そのまま、半刻ほどの時間が経った。

 もうとっくに訓練は始まっているはずだ。

 もしかしたらあの男が、血眼で私を探しているかもしれない。

 その想像をすると、胸がぎゅっと縮んで苦しくなる。


 ――もう、いい。


 ここから出たくない。出られなくていい。

 ずっとこの暗闇の中で居て、そのうちお腹が空いたらそれで死んでしまえばいいんだ。


 ――きっとその方が、ずっと楽だ。


 埃のにおいの中で膝を抱え、暗黒に身を委ねる。

 誰も居ない静けさの安寧と、そこに私が居るという煩わしさ。

 いつか私がこの闇に溶けて消え、真の静寂が訪れるまで、このまま、ここで。


「――?」


 その時、瞼の裏に光が差し込んだ。

 涙で不確かな視界を広げ、その光の先を見る。


「――ここに居たんですね」


 音もなく開け放たれた扉の先に、誰かが立っている。

 私を探していた誰かが。


「……ひっ……」


 逃げたくて、体を動かそうとした。しかしその瞬間、全身に痛みが走る。

 その刺すような痛みに、私は悲鳴と共に床に倒れた。


 そうこうしている内に、誰かは一歩二歩と近付き、触れ合うような距離にまで迫ってしゃがみ込む。


 ――怖い……!


 きっと怒られる。訓練に出なかったから。

 また、殴られるんだ……。


 そう思ってきゅっと瞼を結び、新たに刻まれるその痛みの感覚に備えた。


「――シャル」


 それは、大人たちが時々口にする単語だった。

 ずっとどういう意味なのか、分からなかったけれど……それは私を表す『名前』だったのだと、今気付いた。


 ……初めて、名前を呼ばれた。


「シャル、大丈夫ですよ」


 ……手が触れる。


 私を殴るために。

 私を拒絶するために。

 私を苦しめるために。


 ……そのためにあったはずの手が、私の頬を撫でる。


「あ……」


 ――手って、温かいんだ。


 初めて知る、その感覚。

 人に触れられたのに、痛くない。

 それは優しさと呼ばれるものだった。


 気付いた瞬間に、再び涙が溢れ始める。


「……うぅ……ぐすっ、ううぅ……」


 ようやく光に慣れた瞳が、涙の中でその姿を捉える。


 真っ白な長い髪と肌。

 花柄の着物に、美しい銀の瞳。

 私より何歳か上の、まるで雪のように儚げな雰囲気の少女。


「――ふふ、シャル」


 少女と目が合う。

 彼女は笑いながら、今度は私の頭を優しく撫でた。


「一緒に、遊びましょう?」


 ……それが私、拝宇シャルと屋敷の『幽霊』との出会い。

 そしてたった一人の、かけがえのない友達との出会いだった。

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