同物同治?
秋――心地よい風が吹き渡り、何をするにも丁度良い。しかし、その性質故か、巷では息を吐くように「~の秋」と語尾につけ、大衆を意のままに扇動しようと企てる金の亡者が一斉に現れる。と言うのはさておき、これほど過ごしやすい気候ならば、筋トレも捗るというものだ。
私はジムの更衣室のベンチに腰を掛け、汗のように水滴のついた冷えたペットボトルの水を飲んだ。筋トレした後はやはり甘いものを補給しなければならない。折角なら、秋のものを食べたい。いや、食欲の秋に乗っかっているわけではない。普通に旬のものが食べたい。
私は帰り支度をして近くのスーパーに向かう。入り口付近にある野菜、果物売り場を覗いた。野菜はあまり変化はない。じゃが芋、ニンジン、玉ねぎ等のカレーやシチューに入れれば美味しそうなものや、葉物は通年置いてある。あの春にしか取れないたけのこですら水煮にされていつでも手に入るようになっているのである。一方果物は季節によって顔ぶれが大きく異なる。いつでも買うことのできる物と言えば、リンゴとバナナとキウイくらいではないだろうか。まあ、缶詰も含めるともう少し増えるが。甘い物が食べたいので果物を眺める。栗、柿、イチジク、ブドウ……いまいちピンと来るものがない。しっかりとした食べ応えのあるものが食べたい。いつの間にか、野菜売り場と果物売り場のちょうど境に立っていた。
ふと、野菜売り場を見ると、台に積まれたサツマイモが目に入った。サツマイモは大して珍しくとも何ともない。スーパーにいつでも置いてある野菜である。しかし、この時期のサツマイモは一味違う。甘みが強く、ずっしりとしている。
それにしても、このほどよい太さといい、長さといい、紡錘形といい、筋肉に酷似してはいないか。私はあまり俗信や迷信に詳しくないのだが、確か、古代の中国に同物同治というものがあったと思う。これは体の調子が悪い時は、その部位と同じものを食べるのが良い、というものである。今、とてつもなく筋肉が疲弊している。そして、筋肉そっくりな野菜であるサツマイモ。同物同治、効果があるのか……。いや、あるだろう。これほどまでに筋肉と似ているのだ。ならば、それにあやかって、焼き芋を食べようではないか。私は積まれたサツマイモの中から選りすぐりの筋肉型サツマイモを二つ購入。早速家に持ち帰る。
帰宅後、買って来た筋肉の化身をテーブルに並べる。ほら、こうして端と端を垂直になるようにくっつけると、腕の筋肉に見えてくるだろう。いや、もうそうしか見えない。こうして改めて見ると、筋肉の魂がそこに眠っているとしか考えられないくらい見事な造形美である。恐らくこのサツマイモの前世はアスリートの腕に違いない。
おっと、無心に眺めていても仕方がない。これを今から食べなければならないのだ。そうでもしないと筋肉肥大のご利益を授かることはできない。私はサツマイモを洗い、アルミホイルに包み、オーブントースターに入れる。スペースが足りないのでは? と冷や冷やしたが、斜めにして上手く納めた。本当はアルミホイルを巻かない方が甘みが凝縮されて美味しいらしい。しかし、今回のサツマイモは太さがあるため、その分火に当てる時間が長くなる。折角の甘味が台無しになるかもしれないので、あえて巻いて焦げ付きにくくした。
これをまずは三十分焼く。この時間、少々暇である。じっとしていても仕方ないので四十分ほど散歩に行くことにした。何故四十分なのかというと、長時間加熱し過ぎると甘味の成分が壊れてしまうため、間に余熱で温める時間が必要だからである。
私は徒歩十分圏内にある公園に向かった。その公園は遊具は滑り台とブランコとジャングルジムくらいしかないのだが、野球場並みの広さのある芝生と多様な樹木が植えてある。そのため、花見や昆虫採集、ドッジボール大会など、何かと人が集まり、市民の憩いの場としての役割を担っていた。
そんな公園の一角にいくつもの紅葉が植えられている場所がある。一斉に真っ赤に染まった両手で空を仰ぐ姿は見る者を魅了する。私もこの紅葉の前で足を止めて鑑賞し、公園をぶらぶらと歩いて時間を潰した。
時間になったので自宅に戻り、サツマイモをひっくり返し、二十分焼く。この間にスクワットと腕立て伏せ。チンと温め完了の合図が聞こえたので、竹串で刺してみる。すっとサツマイモを貫通、よし、食べ頃である。
アルミホイルをゆっくり開くと鮮やかな紫色に生まれ変わったサツマイモの姿があった。二つに割ろうと触ってみると、信じられないほど熱く、思わず、右手の全ての指の腹を塩を少々振るかのように擦り合わせた。これはもう一つも確実に熱い。今のうちにアルミホイルを開けて、少しでも温度を下げる。一つ目のサツマイモに新しく切り取ったアルミホイルを両端につけて、そっと割ってみた。白煙と共に果物とは趣の異なる甘い香りがもくもくと溢れ出し、鼻腔を蕩かす。
早速一口齧った。ピリっと皮の破ける音と同時に濃厚な甘みが口の中を支配する。ねっとりとした食感のそれは、特に咀嚼する必要もなく喉を通過する。しかし、甘みは舌にはっきりと残っている。食べるにはまだ暑いけれど、どんどん食べ進めていき、あっという間に完食。そして、二つ目に手を伸ばす。
ああ、そうだ。
私はサツマイモを持って公園へ駆け出し、紅葉の木の前に立った。春に桜を見ながら桜餅を食べるように、季節を感じながらサツマイモを食べようと思い立ったのである。
そう言えば、筋トレの疲れがどこかに消えてしまっている!?……もしや、サツマイモのおかげか?
筋トレをして、散歩をして、スクワットに腕立て伏せまでしたのにも関わらず、一切の疲れを感じず、ここまで走って来たのである。
私は二つに割ったサツマイモをそっと掲げた。秋の涼しい風がそっと吹き渡り、紅葉がゆらゆらと手を振った。