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限界OLが異世界人を拾ったら――――

 



 ワンルームのアパートにヘトヘトになりながら帰り着いた。普通のOLって残業とかないと思ってたのに。そもそもOLってなんなのよ?とか思考が変な方向に行きそうなくらいに体も脳も疲れている。

 着の身着のままでベッドにダイブしたい気持ちをぐっと抑込む。

 お腹がめちゃくちゃ減ってるから、とりあえず胃に何か放り込みたい。

 最下段の冷凍スペースに溜め込んでいた冷凍食品を思い浮かべながら、冷蔵庫に近付いた。

 

 ちなみに、この冷蔵庫はコロナ禍のときにもらった一律給付のお金で買ったやつだ。一人暮らしには大きめのファミリータイプの冷蔵庫。ちょっと高いけど、冷凍スペースが広いからという理由で決めた。

 あのときこれを買うと決意した自分を褒めてやりたい。そのおかげで、買い物に行きたくないときや、ご飯を作りたくないときは、冷凍食品という逃げ道を得られているのだから。


「確か冷凍炒飯あったよ……ね…………え、は? ギィゃぁぁぉぇあ!?」


 冷凍庫を引き開けると、中からニョキッと左腕が生えて来た。所々が凍っているというか、雪みたいなものが付いているというか。そして、妙に筋肉質なムキムキの肘から指先までの腕。

 手のひらは上を向いていて、何かをつかもうとしたかのように、指先が少し曲がっている。

 

 意味が分からない。なんで腕が!? 誰かのいたずら? 猟奇的な人が私の部屋に侵入して、冷凍庫にバラバラにした遺体を隠したとか!?


 混乱した脳に鞭を振るい、可能性がありそうな理由を探していた。まじまじと腕を見ていると、そもそも冷凍庫の中が真っ白で見えなくなっていることに気が付いた。


「なにこれ……雪?」


 真っ白なもふっとした何かをツンツンすると、雪だった。ワンチャンかき氷かもしれないけど、たぶん雪。

 腕を腐らせないために? というか、冷凍庫の引き出しから腕が天井に向かって飛び出てるんだけど、さっきまでどうやって閉まってたの? おもちゃの引っ込むナイフみたいな仕組み?


 首を傾げながら指先をツンツン、手のひらもツンツン。


「ギィヤァァァァ!」


 触るんじゃなかった! 手のひらをツンツンしてたら、手指が素早く動いて、私の人差し指をがっしりと掴んでしまった。

 死後硬直とかいうやつ? いやなんか違うってか、この手温かい。あと、動いてる。明らかに動いてる。ニギニギぎゅっ、てしてきてるもん。きもい!


 握られた指を必死に引き抜こうとしていたら、冷凍庫の中から今度は右腕まで生えてきた。

 そして、その右腕がグリングリンと動いて、冷凍庫の引き出しの縁を掴むと、雪の中から金髪碧眼の西洋風の頭が生えてきた。

 ハリウッドスターかのように顔が豪華なんだけど、なにこれ。ドッキリとか? え? どういうドッキリ? マジシャンドッキリ? は?


「ぶはぁぁぁぁっ! た、助かっ…………たのか? どこだここは……」

「冷凍庫ですけど」


 真面目に何を答えているんだろうかとは自分でも思ったが、想定外の事件が起き過ぎると、人は一周回って冷静になれるのかもしれない。


「レートーコ、とはなんだ?」

「食材を凍らせて保存する場所です」

「雪崩に流されて転移魔法を使ったが……どこかの氷室にでも突っ込んだのか?」 


 ――――雪崩? 転移?


 いま、夏目前なのに、この人は何を言っているのだろうか。てか魔法?

 やっぱり私は冷静じゃないらしい。これはあれだ、仕事に疲れすぎて寝落ちしているんだきっと。よし、目覚めろ私! そう願って両頬をパァァァンと叩いてみたけど、普通に頬が痛いだけだった。


「何をしてる……頭、大丈夫か?」

「貴方だけには言われたくないっ! てか、人ん家の冷凍庫で何やってんのよ!? 出てって!」

「えっ、あ……すまない」


 変な方向に心配されたことにイラッとして、怒鳴りつけてしまった。男性は困り顔で眉を下げて謝ってくれた…………と、ここまではよかった。

 男性がズボッと冷凍庫の中から出てきてビビッた。いやそもそもよ、どうやってその体格で中に入ってたのよっていう。デ◯ッド・カッ◯ーフィールドなの!?

 あと、服装が、アニメで見るようなオシャンティな騎士様だった。紺基調の金縁でスリーピースな感じの騎士服。あと、何の動物のかわからないけど、白い毛皮のマントを肩から掛けていた。

 

「ぎぇあっ!? 出てくんな!」

「いや、貴殿が出て行けと――――」

「――――揚げ足とるなぁぁぁ!」


 金髪碧眼のイケメン騎士は私がギャーギャー叫んでいるのを無視して、しっかりちゃっかり冷凍庫から全身を出して、キッチンスペースに降り立ってしまった。

 おい土足はやめろ。雪をボトボト落とすな。




 とりあえず、イケメン騎士に靴を脱がせて、びしゃびしゃになりつつあるマントを奪ってベランダに干した。

 イケメン騎士はなぜか堂々と私の二人掛けのソファに座ってテレビを見ている。


「なるほど異世界か」


 ――――なるほど異世界から来たのか。


 お互いにちゃんと話してないのに、それだけは理解できた。叫びすぎて喉が痛いから冷蔵庫から缶ビールを出した。飲んでないとやってられない。

 カキョッ、プシュッ! と、なんとも気持ちいい音を出して缶ビールを開けたら、イケメン騎士がこっちをジッと見つめてきた。


「それは飲み物か?」

「……はい」


 ジュルッ……クピッ……ゴクゴク……プヘェェェと一連の音を出したら、なぜかイケメン騎士がこっち向かって手を伸ばして来た。


「なに?」

「飲みたい」

「喉が渇きました。飲ませてください、梨花様って言ったらいいよ?」

「……『喉が渇きました。飲ませてください』リカ」

「呼び捨てか……チッ」


 まぁ、遭難者(でいいの?)に飲み物与えないとかたぶんまずい気がするから与えるけども。お酒だけどいいのかと聞くと、さすがに水がいいとのことだった。そして、なぜいきなり酒を飲んでるんだと聞かれた。

 なぜって現実逃避でしかないでしょうよ。


「知りもしない男が家にいる状態でそれは考えなしすぎやしないか?」

「あ? なら出てけ」

「…………差し出口が過ぎた。すまない」

「わかればよろしい。ところでお腹減ってる?」


 冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、家にある一番大きなコップと一緒に渡した。

 勝手に飲んでちょうだい。


「……減っているが?」


 私はもうペコペコだ。脳みそが回らない。ご飯食べて、脳に栄養届けてから考えたい。ということで、とりあえずご飯を用意することにした。


 恐る恐るイケメン騎士が埋まっていた冷凍庫を開けてみると、いつもの冷凍庫の中に戻っていた。どういう理由でここに繋がったのよ?

 冷凍炒飯の大袋を取り出し悩む。二人で分けるにはちょっと少ない。面倒だけど仕方ない、ちょっとは手を加えるかな。


 レンジで唐揚げや焼売を温めている間に、フライパンで冷凍チャーハンを炒める。

 少し深くなっているお皿と大きめ丼に炒飯を盛る。同じお皿を何枚もとか用意していない。彼氏なし歴うん十年のしがない一人暮らしのアパートなのだから。


 卵を三つ割ってかき混ぜて、小さめのフライパンで半分ずつ焼く。天津炒飯にしたいので、丸く被せられるようにしたいのだ。大きいフライパンだと形がいびつな上にちょっと薄くなるから。

 天津用の玉子が出来たら、小さめのフライパンに醤油を入れて、そこに鶏がらスープのもとをザザッと入れて、お酒と砂糖もちょろっと入れる。軽く火を通したら給湯器からお湯を出してフライパンにジャーッと直接入れる。


 彼氏とかいたならさすがに計量カップとか使うだろうけど、一人暮らしの料理なんてそんなもんよね。なんて心の中で言い訳をする。


 ひと煮立ちさせたら、フライパンの中をかき混ぜながら水溶き片栗粉を入れて、さらによくかき混ぜる。前に料理番組で一分以上は必ず火に掛けるように言っていた。そうするととろみがいつまでも持つんだとか。


「よし」


 炒飯の上に被せた玉子に餡をたっぷりと掛けて天津炒飯の出来上がり。

 レンジに入れていた唐揚げとお肉たっぷりの焼売をそれぞれに用意したお皿に並べて、申し訳程度にちぎったレタスも添えて完成。


「ねーねー、騎士はビール飲む?」


 空になった缶を潰して、二本目の缶ビールを冷蔵庫から出して、イケメン騎士に見せると、ため息を吐きながら飲むと言われた。

 飲むんならなぜため息を吐いたんだ?


 いつもなら、ソファの足元に座って、テレビを見つつローテブルでご飯を食べるんだけど、そこにはイケメン騎士が陣取っているので、なぜか家主の私がローテブルの横側でご飯になった。テレビが見づらい。


「いただきまっす」


 どう食べるんだとかモソモソ言っているイケメン騎士を無視して、スプーンで天津炒飯を掬う。とろっとふわっとな食感に心の中でガッツリポーズ。餡と玉子の絡まり具合が最高だ。ここ一番の出来栄えだった。炒飯は冷凍なのでそもそも完璧に美味い。

 唐揚げも焼売も冷凍なので、完璧に美味い。

 そして、キンキンに冷えたビールも完璧に美味い。

 つまり、今日の夜ご飯は完璧だ。

 イケメン騎士がいなければ。


 イケメン騎士は、私が食べる様子をちらりと伺ったあと、見様見真似で食べ始めた。お箸は使えるか分からなかったから、フォークとスプーンにしておいた。

 私って優しい。


「初めて食べる料理だが、美味い。リカは料理が上手いのだな」

「ありあとー」


 ほぼ冷食のおかげだけども、褒められるのはまぁ嬉しい。冷食企業様々だ。


 テレビを見つつ、唐揚げに齧り付いて、ビールをクピッ。ぷはぁ、うんまい! と一言漏らしたところで、これでいいのか? とは思ったものの、既に二本目の半分以上飲んでいたせいで、脳は正常に働いていなかった。


「ふぁぁ。お腹いっぱい。眠っ」


 お皿は明日の朝に洗おうと決意してシンクに並べて軽くお湯を掛けておく。

 お風呂は予約で溜めていたので追い焚きスイッチを入れて、着替えを用意。

 ビールをちびちび飲みながらテレビを見ていたイケメン騎士を放置してお風呂に入った。


「きしー、きしー!」

 

 パジャマに着替え終えて、イケメン騎士を呼びつけて、お風呂の説明。着替えはちょっと大きめのTシャツとウエストゴムが伸びて放置してたサルエルパンツをクローゼットから出して渡した。下着のパンツなんてないから、ノーパンか元のを穿けと言いつつ。


「…………分かった」


 イケメン騎士はなぜかしょぼんとした顔で頷いたけど、意味が分からない。今からコンビに行って男性用のパンツとか買いたくない。我慢しろ。


「んじゃ、おやすみ。床に寝床作っとくから、そっちで寝てね」


 イケメン騎士を脱衣所に押し込んで、クローゼットから冬用の掛け布団を出す。せっかくクリーニングに出したのにな、とか文句を垂れているのは許してほしい。

 ベッド横の床に掛け布団を敷布団に代用して、予備のタオルケットをぽーんと置いた。ソファのクッションを枕に代用すれば一応のこと寝床としては及第点だろう。

 満足して頷いて、ベッドにダイブした。




「…………ヒュォッ」


 変な声が出た。朝起きたら、目の前に西洋顔のイケメンの寝顔。なにがあった昨晩の私…………あ、これイケメン騎士か。てか何でこいつ私を抱きしめて寝てるのよ!?


 イケメン騎士の鼻をギュムッと抓んで「起きろぉ!」と呼びかけると、眉間にシワを寄せて唸られた。厳しい顔もイケメンってどういうことよ。てか、鼻高いし、彫りが深いわね。こちとら扁平顔なんだけど? 人種の壁って高いわね。


「なんだ?」

「床に寝ろって言ったわよね?」

「……寝てるが?」


 ――――ん?


 よくよく見てみると、私が床というかイケメン騎士の寝床に侵入していた。何で?


「昨晩、俺を踏みつけながらトイレに行ったあと、また俺を踏んで、キレながらなぜかここで寝たが? 抱きしめろと怒られたから抱きしめたが? 文句でも?」

「……申し訳ございませんでした」


 日々の疲れが溜まっていたせもあって、缶ビール二本で随分と酔ってしまっていたらしい。

 イケメン騎士から解放されたので、そろりと寝床から抜け出して正座する。


「えっと……朝ごはん食べる?」

「あぁ、頼む。そのあと話し合いをしたいが、酒抜きでできるか?」

「あっ、はい。それはもう。よろしくお願いします」


 よくわからない返事をして、いそいそとキッチンスペースに逃げた。

 

 冷凍庫に入れていた食パンを三枚出してトースターに入れる。焼き上がるまでの間にレタスをブチブチちぎり、冷凍庫にあったスイートコーンをちょろっとチン。キュウリをスライスして、レタスとコーンと混ぜて、青じそドレッシング掛けてサラダの完成。

 ウインナーとスクランブルエッグを焼いておかずはこれでいいだろう。

 焼き上がった食パンにバターを塗って、お皿に並べてローテブルに持っていく。


「飲み物はコーヒーと紅茶と牛乳どれがいい?」

「コーヒーを頼む」

「はーい」


 一杯ドリップタイプのものをそれぞれに淹れて、自分のものに牛乳と砂糖を足してカフェオレにする。


「はい、お待たせー」


 今日は土曜日。

 なので、ゆったりテレビを観ながら朝食を取る。いつもならコーヒー飲んで終わりとか、前日残りの白ご飯でお茶漬けとかだ。


「昨日から不思議だったが、君は料理人なのか?」

「はい?」


 今朝は多少の謝罪も込めて一般的なご飯だったけど、昨日のは八割冷凍食品だったけど? もしや、イケメン騎士の世界には冷食がないとか?


「ほう……調理後に凍らせて保管か……素晴らしい技術だな」

「ところでイケメン騎士はさ――――」

「なんだそのイケメン騎士というは。俺はニコラウスだ」


 ニコラウスと言われて本当に外国というか、異世界の人なんだなとかアホな事を考える。

 なんで日本語話してるのかとかもツッコミたいけど、異世界アニメを履修している身としては、なにか知らないけどきっと納得するしかないご都合的なヤツだろうしスルーが一番。


「ニコラウスはいつまでいるの?」


 暗にというか、堂々と帰れと言ったら、難しい顔をされてしまった。


「昨晩考えていたが……この世界には魔法がないよな?」

「んー? ないよー」


 パンに齧りつきつつそう返事をすると、イケメン騎士ことニコラウスが右手の人差し指を立てて、指先にライターくらいの火を灯した。


「ぎえっ!?」

「雪崩の中で転移魔法を使って、魔力がほぼ空になった」


 普通なら一晩眠れば回復するのに、僅かな火を灯す程度の魔力しか回復しなかったらしい。大気中に魔素がほとんどないと言われ、僅かにはあるのかと驚いた。もしやマジシャンとか実は魔法使いだったとかあるパターン?

 

「魔力が完全に回復しなければ、異世界の扉は開けぬと思う」

「ふーん。それまでどうするの?」

「この国に保護してもらう。たしかソウリとかいうんだよな? 連絡してくれ」


 ぺーぺーの一般市民が総理大臣とかに連絡できるとか思うなよ? テレビずっと見てたくせにそこはわからなかったのか! とか無茶なキレ方をしていたら、関係機関を通しても連絡は不可能なのかと聞かれた。ニコラウスめ、頭いいじゃないか。そりゃもしかしたら出来るかもだけど、漏れ無く私の頭が可怪しい認定はされるはず。そんなの嫌だ。


「橋の下とか、雨風凌げるよ?」


 念のために提案してみたけど、もんのすんごい最低な生きものを見るような目をされた。くっそぉ。


「ここに住む方向で調整してくれ」


 どんな方向ですか。偉そうに。いや偉いのかも。騎士ってさ、なんか地位ある人がなるイメージよね。アニメだと、だけどさ。

 そもそもここに住むって言われても、誰が生活費捻出するのって。ニコラウスは難民保護とかないのかとテレビを指さしていたけど、まぁ地球人ならあり得るけど異世界人だし。そういうのに興味ありそうでお金出してくれそうな人とか知らないし。

 大学の超常現象とかの教授とか、生物や民俗学の教授とか? そんな人知らない。そもそも簿記系の専門学校だったし。


「お金持ってたら考えてもいいんだけどねぇ」

「……見せてくれ」

「えーもぉ。ごはん食べてからね」


 


 結果、ニコラウス、お札をコピーした。完璧に。番号まで同じやつを。脳天に拳骨した。驚きすぎてカタコトになった。


「通し番号か。そんなものがあるんだな。貨幣もか?」

「貨幣にはないけど…………え?」

「これならどうだ? 魔力はそんなに使わないが、一日一〇枚くらいが限界だろう」


 五〇〇円が一〇枚。一日五〇〇〇円。


「でもそうすると、魔力は回復しないままよね……月三万で手を打つわよ。そのかわり家事とかやってくれるなら」


 我ながら馬鹿みたいな提案だと思った。身の危険とか感じなよと。でも、このときの私は本当に仕事に疲れ果てていて、助けが欲しかった。


 結局、ニコラウスと月三万で契約した。

 今日出せたのは五〇〇円玉六枚。さっきいろいろやっちゃって少し消費したから。

 

「とりあえず、ニコラウスの服買ってくるわ」

「共に行こう」

「共に来るな」


 私にはダボダボでも、ニコラウスにはパッツンだったTシャツと、パッツンのサルエルパンツのやつとか連れて歩きたくない。

 幸い数日前に給料が出たばかりだし、着替え数枚くらいは買ってあげられるだろう。


 そうして出かけて戻って、ニコラウスに服を着せたら、海外の映画俳優が家にいる! みたいな状況になってしまった。ズボンの丈が少し短くて足首が出るとかなんかムカつく。


「ふむ。この世界の服は着やすいし、動きやすくていいな」

「さいですか」


 着替えたし、とりあえず他に必要なものの買い出しに出ることにした。

 

 お出かけ中のニコラウスはキョロキョロしまくってお上りさん状態だったけど、見た目のおかげで観光客やホームステイなのだと思ってもらいたい。いやに日本語が上手いけど、なんか古臭い感じで話してるし、セーフのはず。

 歯ブラシや食器なんかも買い足して、食材もいろいろ買った。




 いつの間にやら、ニコラウスが来て二ヵ月。

 私の生活は大幅に上方修正されていた。


「ニコ、おかわりー」

「それ以上飲むと酔うぞ? というか、既にちょっと酔ってるだろ」

「明日休みだもん、もう一本のーむーっ!」

「まったく。せめて半分にしとけ。ほら」


 ニコラウスが自分の飲みかけのビールをくれた。本当に半分しか入っていない。


「けちー。なんかおつまみ作ってー」

「ん。少し待ってろ」


 ニコラウスが冷蔵庫内の残り物を見ながら顎をさすりながら「えのきのチーズ焼きでいいか」とかなんか庶民的なメニューをつぶやいてちょっと可愛いピンクのエプロンを着け始めた。そんな姿もカッコイイな。

 てか、なんでピンクのエプロンなんだ。私と共用しようと思っているのかな。ニコラウスがご飯作るなら私は寝転んで待っていたい派なんだけど?


「まだー?」


 ソファにうつ伏せで寝転がって足をバタバタと動かしていたら、おとなしく待っていろと怒られた。


 ニコラウスとの生活は思ったよりも楽しい。掃除洗濯もすぐマスターしたし、料理はインターネットから簡単に作れるものから手の込んだ物までレシピを拾ってくる。

 ここ最近は、冷蔵庫の余り物で作るなんちゃらとかいう本を買ってにこにこしながら読んでいた。完全に主夫である。



 

 ニコラウスが来て半年経ったころには、部屋が狭いし引っ越そうかなんて話になって、一年経つころには新しい部屋のダブルベッドで一緒に眠るようになっていた。

 

「ただいまー! お腹へった!」

「は? 飲み会だったろ?」


 会社の近所のビアガーデンに同僚と行ったものの、ちょっと食べ足りないくてニコラウスになんか作ってとお願いすると、仕方なさそうに立ち上がって冷蔵庫の余り物を確認していた。

 最近主夫味が増してきていて、食費の切り詰め方が上手い。いつも土曜日の朝にはある程度の食材を使い終え、お昼にお出かけついでに食材を買うのがルーティンと化している。


「金曜の夜だからあんまりないんだよな。冷凍の枝豆と竹輪とキャベツか……」

「おつまみ系ね!」

「まだ飲むのか?」

「上司と飲むと楽しめないもん。家でニコとまったり飲み直したいじゃん」

「……ふむ」


 ニコラウスは難しそうな顔をしているけど、耳がちょっと赤くなっていた。

 一緒に暮らして分かったことは、ニコラウスはめちゃくちゃ真面目。あとやっぱりご貴族様だった。そして、可愛い。

 酔っ払って絡むと、真剣な顔で怒ってくれる。それが嬉しくて、つい抱きついてしまったときには、少し困った顔で「俺も男なんだが?」と言われて唇を奪ってしまった。反省はしている。


「まだー?」

「ほら、枝豆チーズとキャベツの塩昆布和えだ」


 枝豆とざく切りのキャベツ、竹輪の輪切りと少し細かくしたシュレッドチーズを塩昆布と出汁醤油で和えたものを作ってくれた。

 余り物とは思えないほどの酒のつまみに大満足しつつ、ニコラウスとおしゃべりしながらソファで寝落ち。


 ゆらゆらと揺れ動くこの感覚は、ニコラウスが抱きかかえてベッドに運んでくれているのだろう。


「リカ、スーツは脱げ。シワになる」

「…………にこぉ」

「ん? なんだ?」

「どこにも…………いかないでね」

「っ……あぁ」


 夢うつつの中で、ちょっとだけ息が苦しい気がした。




 ―― おわり ――




読んでくださって、ありあとーございます!


面白かった! 飯テロ好きだな! ニコラウス欲しい!

そんなんでいいので、ブクマや評価などなどしていただけますと、笛路が喜び小躍りします☆ヽ(=´▽`=)ノ

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― 新着の感想 ―
家に帰ったらご飯があるって 最高ですね。 もっと読みたい! 続きが気になる〜(*゜▽゜)ノ
>「ぶはぁぁぁぁっ! た、助かっ…………たのか? どこだここは……」 「冷凍庫ですけど」 天才ですか?
これ、連載化しません?ずっと読める
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