虐げられた令嬢の秘密スキル
どうぞ宜しくお願い致します。
少し暴力的な表現が含まれます。ざまぁはありません。
私はマリー・サナーム伯爵令嬢。
今、義母と義妹の前で跪いている。
色とりどりの花咲く庭園の石畳の上だからとても痛いけれど、夏なら石畳みが鉄板のように熱くて火傷するし、冬だと氷のように冷たいから、まだ春先だったのが幸いだと思いながら耐えている。
「マリーは本当に役立たずよね!」
「紅茶もまともに入れられないなんて信じられない!!」
パシャッ
「あっつ」
ボロボロの侍女のお仕着せのおさがりを着ているけれど、長袖だったから染み込んだ熱い紅茶が伝わり腕がヒリヒリとしている。
(また……火傷してしまったわ……)
私はサナーム伯爵家の伯爵令嬢として三歳まではきちんと貴族教育を行ってもらっていた。
三歳で母が病気で他界して……それから私の人生は変わってしまった。
父は母が私を愛していた時は私を大事に育てて優しく接してくれていたけれど、母が亡くなると私へは全く愛情を示さなくなった。
そして、数か月後には後妻とその連れ子がやってきた。
一つ年下の義妹と仲良くしようなんて、考えていた自分が恥ずかしい。
「マリー! ちゃんと聞いているの!!」
ヒステリックな義妹の怒号と共に、髪がひっぱり上げられて、頭を揺さぶられる。
(痛くても耐えないと……)
私が泣いて懇願するのは悪手だということは、経験上わかっている。
「鬱陶しい! 醜い泣き顔を見せないで!」
と言われて、頬を叩かれたことが何度もある。
心を無にして、涙一つも流してはいけない。
義母がやってきたばかりの頃は、父にも相談したけれど、
「マリー、我慢しなさい」「お前が至らないのを指導しているだけだ」
と言われてしまい、父の愛情が私には全く向いていないことだけを悟った。
私の母と仲の良かった侍女は、私に手を差し伸べて薬をつけたり、絡まってしまった髪を櫛で整えてくれたりもしていたけれど、ある日突然姿を消した。
多分、義母が解雇したのだろう。
そうやって、痣が治る前に新たな痣ができるという生活を続けて十三年。
私は十六歳になった。
今日は、珍しく父と教会に出かけることになっている。
(敷地の外に出られるのは……何年ぶりかしら……)
父は馬車に乗るように私を急かした。
「お父様。今日はどこに行くのですか?」
義母に部屋を取り上げられて、屋根裏部屋に追いやられて暮らしている私が、父と二人きりの時間を過ごすのは久しぶりだった。
「マリー。お前に聖女や何か特別な素質、スキルがあれば、良い相手と結婚が望める。十六歳になると何かスキルがあれば教会で授与してもらえるからな……その確認だ」
どうやら、私に政治の駒として使える価値があるのか確認に行くのだと理解する。
(せめて何か……スキルがあって、この家から出ていけますように)
私は唯一の儚い希望を胸に教会に到着した。
司祭の説明を受けて、石板の上に手を置くように言われる。
パァーーーー
(一瞬光ったから……何かスキルがあるかしら?)
そう思ったけれど、どうやらそれはスキル確認終了の合図であって、全ての人が光るらしいと聞いて私はガックリと肩を落とした。
「娘は……何かスキルはありましたでしょうか……」
父は手を揉みながら、司祭の反応を伺った。なぜなら、しばらく無言の司祭の眉間に皺が寄っているからだ。
「スキルは……あるようですが、解読できませんでした」
父も私も、司祭の言葉を理解できず、説明の補足をお願いした。
「正確に申し上げますと、スキルがあるようですが文字化けしていまして、どんなスキルかわかりませんでした」
父の額に青筋が浮かぶのが見えた。役に立たない娘だと怒りを露わにしている。
「どうやったら、スキルは発動するのですか?」
私はまだ諦めきれなかった。何かしらスキルがあるのなら文字化けしていたとしても使えるかもしれない。
「文字化けしている言葉が読めれば発動できるのですが……」
司祭も申し訳なさそうに私の目を見て教えてくれた。
(そう……発動できないなら……意味がないわね……)
私は、自分の将来の儚い夢も一瞬にして霧散していくのを感じた。
■■■
「マリーは本当に能無しだったのね! 伯爵令嬢なのにスキルがないなんてね!」
「お前は、スキルも無いし秀でた物が何もないのだから、どこぞの年寄りの後妻にあてがわれることになるらしいわよ」
父の帰りを待っていた義母と義妹にいつものように罵詈雑言を浴びせれられて、この家から出られるのなら、どこでもいいと思えるくらいに生きるのが辛くなっていた。
その日の夜。
不思議な夢を見た。
何となく見た事のある世界で、空を飛ぶ鉄の塊、馬車よりも早く走る乗り物、道を歩く一人の女性が階段を上って、部屋に入って行く。そして何やら手に持って……私に話しかけてきている。
聞き取れない私は、もう一度彼女の口の動きをよく見て……彼女が発した言葉をそのまま夢の中で言ってみた。
「スキル起動 ステータスオープン」
夢で言ったつもりが本当に声に出ていたらしい。
自分の声に驚いて上半身を起こした私の目の前に……暗闇の中に四角い光がぼんやりと見える。
『オプレスト ポイント 287500』
初めて見る文字だけれど……なぜかその文字が読める。さきほどの夢の中で見た文字と全く一緒だった。
「どうして私、見た事もない初めての文字が読めるのかしら……」
私は一つの仮説を立ててみる。
「夢の中の彼女が……私のスキルを発動させる言葉を教えてくれて……発動するのを手伝ってくれて……スキルが発動したからこの文字が読めるようになったとか?」
よくわからないけれど、暗闇に映る画面には、次の言葉が出てきている。
『オプレスト ポイントを交換しますか?』
「オプレストって何だろう? 文字が読めるようになったけれど、意味がわからないわね」
私は、もう一度夢を見て……夢の中の彼女に教えてもらえないだろうかと目を閉じた。
■■■
次の朝。
残念ながら、あれから夢は見なかった。でも、起きてから「ステータス オープン」というと昨夜と同じ四角い光が出て来た。
「詳しく調べるのは……今日の夜にしましょう」
私は、早く起きて掃除をしないとまた義母と義妹に叩かれると思い、慌てて着替えて侍女以下のみすぼらしいボロボロの姿で、掃除に向かった。
「ここ!! ちゃんと拭けていないじゃないの!!」
パチン!
朝から……窓枠に拭き残しを見つけた義母に扇子で頬を叩かれた。
(痛い……口の中が切れたかも……)
その瞬間。
ピコン!
どこからか音が鳴る。
(今の音はどこから聴こえたの?)
私の目がキョロキョロ動いたのが、義母の気に障ったのだろう。
「ちゃんと話を聞いているの?!」
苛立った義母が私の髪を持って、私の身体を廊下に引き倒した。
ピコン! ピコン!
(またさっきの音だわ……でも……お母様には聞こえていないみたい……)
私は何事もなかったのように頭をひれ伏して、母の足で何度か踏まれた後、解放された。
義母が通り過ぎた後、右手を見てみる。
ピンヒールで小指を踏まれたから……骨が折れたようだ。おかしな方向に曲がってしまっている。
(痛いわね……)
私は一度、屋根裏部屋に戻り、添え木の代わりになるものを探して包帯を巻こうとした。
(そういえば……さっきの音は何だったのかしら)
昨日の夢の中の女性のことを思い出した。
「ステータス オープン」
今朝と同じ四角い光が日の当たらない屋根裏部屋の中を明るく照らし出す。
『オプレスト ポイント 291000 ポイント交換しますか?』
「あれ? 今朝より数字が増えている……」
私は、ピコンと音が鳴った時の事を思い出す。
「誰かに虐められると……ポイントが増えるってこと? じゃあ、このポイント交換っていうのは何かしら?」
骨折の痛みも忘れて、暗闇に浮かぶ四角い光に指で触ってみる。
すると、文字が切り替わる。
「治癒 300ポイント、痛み止め 10ポイント、即時反射 100ポイント、時差反射 100ポイント」
夢の中の女性の世界の言葉が表示されるけれど、それを読むことができる。
「どういうことかしら? 治癒? 骨折が治ったりはしないわよね?」
不可能と思いながら、試しに治癒という言葉を指で触ってみる。
『治癒と交換しますか? はい いいえ』
私は、迷わず『はい』を選んでみる。
パァーーーーーー
おかしな方向に曲がっていた小指がまっすぐになり、痛みが消えていく。
「え? 本当に骨が治った!!」
私は、痛みを抱えながら仕事をしなくてもよいことに安堵する。
(これは……私に痛みが伴うとポイントが貯まり……それが何かと交換できる…スキルなのね!!)
■■■
その後、私は『即時反射』を使ってみると、私の頬を叩いた義妹はその瞬間に、窓から入ってきた蜂に刺されるという出来事が起こり、『時差反射』を使うと私に火傷させた次の日、義母は手から滑り落としたカップを落として足に火傷を負うということ事象が起こった。
夢で再び彼女にあった。夢の中の彼女は真理という名前だと名乗っていた。真理の姿や世界を夢で見ているうちに、私のいるのは、前世で私がやっていたゲームの中の世界ということに気が付く。確かに……虐げられていた令嬢が逆境を乗り越えて幸せになるゲームをやったような記憶がぼんやりとだけれどある。
(そうか……私はゲームの中の世界に生まれ変わっていたのね)
私は、ようやく状況を飲み込む事ができた。しかも他の人には文字化けして解読できない言葉は……私の前世の言葉、日本語だったのだとしばらくしてから思い出した。
毎日、義母と義妹からの暴力は一向に減らなかったけれど、最近は『反射』を受けて彼女たちも痛い思いをしているせいか、それとも手を上げる元気がなくなってきたのかわからないけれど、痣ができる頻度は少しずつ減っていった。ポイント交換で治癒できるのも、私にとってはとてもありがたかった。
そんなある日。
父に呼びされた。
(あぁ……ついにどこかに嫁がされるのね)
私は、嫁ぐことになった。
「お前はサガイル辺境伯家に嫁ぐことが決まった。明日、荷物をまとめて出て行きなさい」
「今までお世話になりました」
私は、毎日カビの生えたパンや、野菜くずをもらって生き延びてきた。生活環境が劣悪でも、今日まで命を繋げてきたことにお礼を述べて、家を出た。
(わかってはいたけれど、ボロボロの服装のまま新しいドレスを作ってもらうことなどなく、着の身着のままこの家を出ることになるのね)
果たして、そんな姿でやってきたガリガリの娘をいくら年寄りだからといって嫁として受け入れてくれるのか……不安になる。辺境伯領に辿りつくであろうと思われる路銀だけは最後の情けなのか持たせてくれた。
私が家を出てしばらくすると、またピコンと音がなる。
(どういうこと? 今は暴力を振るわれていないのだけれど……ひょっとしたら、離れていてもポイントがつくのかしら?)
私は乗り合い馬車の乗り場近くの路地に入って、ステータスを開いてみる。
「『インサルトポイント』が増えているわ……私のことを悪く言っていても……ポイントが入るのね」
『ポイント交換しますか?』
私は昨晩、屋根裏部屋でどんなものとポイント交換ができるのか確認しておいた。
「『衣服交換 町娘』で、実行!」
私の身に着けていたボロボロの服が一瞬にして新品の町娘の服装に変わった。
「これで何とか、辺境伯領まで行けるかしら…」
私はポイントを使い過ぎないように気を付けながら乗り合い馬車を乗り継ぎ七日後にサガイル辺境伯家に辿り着いた。
門番にダメール・サガイル辺境伯に嫁いできたマリー・サナームだと名前を告げて、執事長に取り次いでもらう。
応接室まで通されると、神妙な面持ちでこう伝えてきた。
「実は、辺境伯は持病が悪化しておりまして床に臥せているのですが……少しだけでしたらお会いすることが可能です。今からお会いになりますか?」
「えぇ、私は嫁いできた身ですので、ご挨拶だけでも宜しいでしょうか」
そう言って、これから結婚するお年寄りだというサガイル辺境伯の寝室に案内される。執事長が確認を取った後に、寝台に案内される。
「初めまして。嫁いで参りましたマリー・サナームです。どうぞ宜しくお願い致します」
「あぁ、初めまして……こんな年寄りに嫁ぐなんて本当に後悔はしないかい?」
「えぇ、もちろんです」
「すまないねぇ。喘息持ちなのだが、こじらせて肺を患わせてしまっているんだよ」
話ながらも、咳き込み、見ていてもしんどそうだった。
「あの……夫となる方にすぐこんな提案をしても良いかわかりませんが……治癒できるか……試みても宜しいでしょうか?」
その言葉を聞いた途端、驚いてしまったのかダメール・サガイル辺境伯は再び咳き込む。
ゴツゴツしたけれど年齢を感じさせるサガイル辺境伯の手を優しく握って返事を待つ。
後ろに控えている執事長も、本当にそんなことが可能なのか疑いの目で見ている。
「あぁ、もし少しでも楽にしてもらえるなら……お願いできるだろうか」
「かしこまりました」
私は小声でステータスを表示させる。
彼らには日本語が読めないし、私の発している言葉はわからないはずだ。
『ポイント交換 治癒』『対象者 自分 目の前の人物 後ろにいる人物』
人が複数いる時は、対象者が選べるようだ。
『目の前の人物』を選択してみると、辺境伯の今回の治癒のポイント交換は3000ポイントだった。
(それくらいで夫となる人物が楽になるのなら、一度ポイント交換してみましょう)
私はためらう事無くポイント交換の操作を行う。
『実行』
パァーーーーー
一瞬、寝台に横たわるサガイル辺境伯の身体が光った。
ゆっくり光が消えていくと、私は夫となるダメール・サガイル辺境伯に恐る恐る尋ねてみる。
「あの……お加減はいかがでしょうか。治癒できていますでしょうか?」
サガイル辺境伯はゆっくり上半身を起こして、胸のあたりに手を置く。
「あぁ、とても呼吸が楽になったよ。さっきまでの苦しさが嘘みたいだ」
「それは良かったです」
私は、目の前にいる人物の顔色も良くなったことを確認して、今晩泊まる部屋に案内された。
着の身着のままの村娘の服でいた私は、貴族服にポイント交換をしようと思ってクローゼットを開けてみて驚いた。すでに貴族の令嬢らしいドレスが用意されていたからだ。
(実家にいた時よりは……大切にしていただけそうで安心したわ)
髪はボサボサの不揃いで、手足もガリガリの私には似合わないドレスばかりだったけれどサガイル辺境伯の気持ちがとても嬉しかった。
「さすがに……もう少し綺麗にしてお会いしないと……申し訳ないわね」
私は、ヘアカット、ヘアセット、メイクのポイント交換をして少しだけみすぼらしさを無くすように努力した。
その日の晩餐の時。
侍女に案内されて私は晩餐室に呼ばれた。室内には、さきほどのサガイル辺境伯と執事長もいた。
「先ほど来られた時は……荷物は何もなかったと思うのですが……ヘアセットはご自分で?」
さすがよく見ている。執事長もあまりにみすぼらしい娘が嫁いできたので驚いていたのだろう。
私は正直に、伯爵令嬢とは名ばかりで虐げられていたので屋根裏部屋で生きていたことと、淑女教育など貴族として必要な教養がないことをサガイル辺境伯に伝える。
(婚儀を終えてから、本当のことを打ち明けて放り出されるよりもどうせすぐにばれてしまうのだから、正直に話して、この婚姻を白紙にしてもらった方がお互い傷が浅くて良いはずよね)
静かに黙って聞いていたサガイル辺境伯が全て納得したかの表情を浮かべる。
「私はこの通り……ガリガリで女性らしい部分の教育は何も受けておりません。ですので、今回の婚姻についてのお話を取り消していただいても構わないと思っております」
私の正直な気持ちを聞いて、ダメール・サガイル辺境伯はやっと口を開いた。
「さきほどは私の持病を治してくれて本当にありがとう。実は……私も一つ謝らないといけないことがあってね」
私はサガイル辺境伯が何を謝罪したいのか見当がつかなかった。
「実はだね……こんな老いぼれに嫁いでも構わないと言ってくれる損得や見た目で人を選んだりしないお嬢さんを……お嫁さんにして欲しいと思って探していたんだ。私の息子のね」
「へ?」
私は一瞬、情けない声を出す。てっきり目の前のダメール・サガイル辺境伯に嫁ぐと思っていたので、夫となる人物は息子だと言われて少し戸惑う。
「えっと……私は、どなたに嫁いでも構わないと思っております。ただ、お話しした通り、貴族らしい教育は一切受けずに育ってしまいました」
「あぁ、そのことは気にしなくてもいい。これからゆっくり学べばいいと思わないかい? 大事なことは人の心だと思っている。人の本質的な部分は簡単には変えられないからね」
「ご子息が……私でも構わないとおっしゃって下さるなら、私は身一つで参った身ですので、それで構いません」
私の考えを伝えるとダメール・サガイル辺境伯は「ようこそ我がサガイル辺境伯家へ」そう言って、顔をほころばせた。
数日後。
山賊の討伐に行っていたサガイル辺境伯のご子息、ライトウェル・サガイルが帰宅したと連絡を受ける。
侍女に案内されて、ご子息のライトウェルがいるという部屋に通された。
まだカーテシーもできない私は、普通に部屋に入り挨拶をする。
「やぁ! 君か! 初めまして。ライトウェル・サガイルだ」
とても胸板の厚いガッシリとした背の高い男性が目の前で爽やかに挨拶をしてくれる。
「父がすまなかったね。実は、私には結婚願望があまりなくて、『外見や爵位にこだわらない女性……例えば父上に嫁いできても良いと言ってくれそうな心根の優しい女性なら結婚しよう』と私が以前、父に言ったのだ。そのせいで……父は本当に自分に嫁いできてくれる女性を探したみたいだな。騙すような形になってしまい申し訳ない」
「いえ。こちらこそ何も教育もされていない私が嫁いできても本当に大丈夫なのでしょうか?」
夫になるであろう、ライトウェル本人に再度確認を行う。
「あぁ、私は意外と君を気に入っているが」
八重歯を覗かせて、いたずらっ子のように笑うライトウェルを見て、私は胸がときめくのを自覚してしまう。
(初めて男性に好意を向けられたものだから……心臓がうるさいわ)
「それよりも、私は気になっていることがある。マリーは実家で虐げられてきたと父から聞いている。なんなら私が手助けすることもできるが、仕返ししたいとかは思っていないのか?」
私は、夫になるライトウェルが虐げられてきたことに腹を立ててくれているのを見て、とても有難かった。でも、私には復讐心は無い。
(ポイント交換で……『暗殺』とか物騒な言葉もあったのよね。でも、虐められてきたからってそれにポイントを使おうとは……全く思っていないのよね。人を恨んでも労力も時間も無駄だわ)
私は、実家から出られてサガイル辺境伯家に嫁げるだけで十分幸せなのだと伝えて、その二ヶ月後、本当の夫婦になった。
■■■
それから2年経ったけれど、なかなか子宝には恵まれなかった。
それでもライトウェルは熱のこもった瞳でいつも私を優しく抱きしめてくれる。愛情をたくさん与えてくれる。 私も彼を心の底から愛せるだけで十分幸せだった。
一時は、ポイント交換で『妊娠』というの言葉にも魅かれはしたけれど、それは何となく嫌だった。
それから2年後にやっと可愛い男の子の双子を出産した。もちろんポイント交換は使わずに。
私が結婚してからも実家ではまだ私の悪口を言っているようで、時々ポイントが増えていくのは確認できる。
私の隠れたスキルについては、ライトウェルのお父様であるダメール・サガイル辺境伯の治療を行った時点でバレているけれど、何かについてポイントを交換するように依頼されたりお願いしてくるようなことは一度も無かった。
ただ、私が妊娠中に遠征に行ったライトウェルが瀕死の状態で帰って来た時は、ポイントが一気に減ってしまったけれど治癒を行った。これから生まれてくる子供たちを抱いて欲しいと私が強く願い、夫を助けたかったからだ。
双子の男の子が二十歳になった時。
私は夫であるライトウェルにあることを提案した。
「私のこのスキルは誰かに譲渡できるようなのです。もう私は十分幸せですし譲渡をしたいと思っているのですが、スキルを失っても構いませんか?」
「あぁ、マリーが決めたことなのだから、好きにしたらいいよ」
私はずっと迷っていた。このステータスの中に『スキル譲渡』の欄を見つけてから。
来世の自分にスキルを譲渡しようかとも考えていた。
(でも……それじゃきっとダメなのよね)
私はソファの隣にライトウェル、そして二十歳になった息子二人を呼び寄せて、最後のスキル譲渡を見守って欲しいとお願いした。彼らには日本語は読めない。文字化けしているように見えているのだけれど。
「ステータス オープン」
私はいつもの手順でステータスを表示させる。『スキル譲渡』を選び『夫 息子 その他』の欄から『その他』を選び、備考欄を表示させる。
そこに私は前世のパソコンのキーボードのような物が出て来たため、ゆっくり時間をかけて丁寧に入力する。
『今、虐げられている人に譲渡+譲受人の言語に自動翻訳』
そして、実行ボタンを家族が見守る中、触った瞬間。
ステータスの表示は一瞬にして消え去ってしまった。
もちろんその後、確認のために表示しようとしたけれど二度とステータスは表示できなかった。
「今、どこかで虐げられて痛みに耐えている人の支えになれば嬉しいの」
私が素敵な夫と子供に恵まれたように、幸せになって欲しいと願って。
ライトウェルと子供たちは、私をギュッと抱きしめてくれる。
この人のぬくもりを、次にこのスキルを受け取った人も感じてくれたら嬉しいと思う。
お読みいただきありがとうございます。
楽しんでいただけましたら、↓の★★★★★の評価をしていただけると嬉しいです。
星5つから星1つで評価していただけます。
執筆の励みになりますので、何卒よろしくお願い致します。
続編「虐げられた令嬢の秘密スキル‥→青年の秘密スキル<愛する人にもう一度会いたい>」を投稿しました。マリーが譲渡したスキルを受け取った人のお話になります。
同じスキルですが、使い方は人それぞれ……ですので、宜しければお手に取っていただけますと嬉しいです。
構想は浮かんできていて、ゆくゆくは連載版も書きたいなと思っていますが、今執筆中の連載版が完結してからになるかもしれません。気長にお待ちいただけますと幸いです。