※
設備に被害がなく、人員的損失もなく、警察の調査も終われば、わざわざ市役所を閉鎖する意味などない。
というよりも、公的機関の臨時閉鎖は各方面への被害が甚大なので、かなり無茶をしてでも回避した方がいい。
「で、結局、あのテロリスト達の目的ってなんだったんすか?」
というわけで、テロリストからの襲撃を制圧し、庁舎もその日のうちに完璧に修復してみせた羅野辺市役所は、翌日も定刻通り、何事もなかったかのように業務を開始していた。
幸いなことに、あの襲撃で大きなケガを負った人間はいなかったらしい。あれだけの規模の襲撃を受けておいて、ケガ人が擦り傷や打ち身程度で済んだというのならば、これはもはや奇跡と言ってもいい状況だろう。
──景観は修復できても、人の命は修復できねぇからな、誰にも。
「知らねぇよ。『ハデなことでもやってみたかった』とかじゃねぇのか?」
「はぁ? そんな理由で?」
「たとえ御大層な理屈を並べた所で、本音はそこにしかねぇだろ、あんなチンピラ集団」
タブレットのデータフォルダをせっせと整理している内田の声に嘉穂は気のない声で答える。頭と口で他事を述べながらも、嘉穂の指は生真面目に書類を作成していた。長年の公務員生活で身につけた嘉穂のスキルのひとつである。
何せ本日はこの後、課一同揃っての現場仕事が控えているのだ。面倒な書類はさっさと片してしまうに限る。
「チンピラ集団って……テロリストも嘉穂課長の手にかかればそこらの不良学生と一緒ってことっすか」
「くっちゃべってねぇで機材の確認は終わったのか。フォルダ容量が一杯になってたせいで死にかけても、次は助けてやんねぇぞ」
「うぇぇぇっ! 冗談キツいっすよぉっ!!」
軽い脅しで内田を押し返し、タッターン! と軽やかにエンターキーを叩き込む。
その瞬間、カウンターの向こうに雛乃が姿を現した。
「車の準備できましたよ、嘉穂課長! そろそろ向かいましょう! 内田君、ほら、不在看板出して!」
「ヒェッ!? マジで!? もうっすかっ!?」
雛乃の言葉に飛び上がった内田がワタワタと席から立ち上がる。フロアの向こうにいた源さんが『テヤンデェッ!』と気合の声を上げ、雛乃がそれに笑みを浮かべた。
そんな部下達の姿を眺めながらパソコンの電源を落とした嘉穂は、デスクの引き出しからマジカルステッキを取り出しながら席を立つ。そんな嘉穂の口元には不敵な笑みが翻っていた。
「さぁて、今日も元気にお仕事しますかね」
羅野辺市役所景観保護課課長、嘉穂悟龍。
職業は公務員。時流魔法を用いて町の景観とそこで育まれる人々の暮らしを守る、誇り高き景観治癒者。
彼と彼が率いる部下達、裏方ヒーローの奮闘は、ひっそりと、時々派手に、今日も粛々と続いていくのだった。
【END】