第1話 婚約破棄と追放
お父様の様子がおかしかった。
わたしを怒りに満ちた表情で睨む。
「どうされたのですか、お父様」
「レニ。お前は……偽の聖女だ」
「え」
「領地から追放する」
ワケが分からなかった。そんなこと一度も言われたことがなかったのに。
何度抗議しても、お父様は聞く耳持たずだった。
今まであんなに温厚で優しかったお父様がなんで。
「どうか理由を!」
「お前はもうウチの者ではない。部外者は出ていけ!」
そこまで言われ、わたしはショックを受けた。この家にはいられないのだと思い、出ていった。
でも、どうして急に。
頼る場所がなく、婚約者であるペッカの屋敷を訪ねてみた。
彼は視線を合わず、辛そうな表情だった。
「あ、あの……ペッカ様」
「レニ。悪いんだが、婚約破棄してくれ」
「え……」
「聖女である君にこんなことを言うのは辛い。だが、君はニセモノの聖女だ」
な、なんでペッカ様もそんなことを言うの。
お父様もおかしかったけど、どうなっているの……!
「違うのです! わたしは本物です! だって今まで帝国の為に尽くしてきたのですよ!」
けれど、ペッカ様は背を向けた。
わたしを見限るように奥へ。
そんな、そんな酷い。
「黙れよ、ニセモノ。婚約は破棄だ」
彼は乱暴に言い残して去った。
……そんな。
頼れる場所もなくなった。
わたしは追放と婚約破棄をされて、なにかも失った。
意味が……分からない。
だって、今まで平和に暮らせて……笑顔が絶えなくて……。
お父様はわたしを愛してくれた。
ペッカ様だってあんなに優しかったのに。
……もう嫌。
目的もなく彷徨うわたし。
気づけば“北の大地”を歩いていた。どおりで寒いと思った。
雪も積もっているし、こんな軽装では死んでしまうかも。……うん、いっそ誰も気づかれずここで……。
いつ間にか倒れていた。
体温はどんどん低下して、体が冷たくなっていた。
……ああ、死ぬんだ。こんなところで。
「キミ。大丈夫かい」
「…………え」
気づけば目の前に人がいた。
いつの間に……。
「こんなところで倒れているなんて、死んでしまうよ」
「…………わたしには、もう帰る家が……ないんです」
「そうだったか。じゃあ、僕の家に来るといい」
その後、意識を失った。
◆
暖かい。
まるで暖炉のそばで眠っているみたい。
そっと目を覚ますと、本当に暖炉の前にいた。
パチパチと弾ける音。
暖かい毛布。
それとスープの匂い。
「…………ぁ」
「目覚めたかい」
椅子に座ってわたしを見つめる優しい瞳の男性。
長い金髪が美しく輝いていた。まるで貴族みたい。多分、そうなのかも。
「あの……ありがとうございます」
「いや、いいんだ。君のような美しい女性が倒れているとは思わなかった。見たところ、ヴェルスルイス教会の聖女様のようだけど」
彼は簡単にわたしの身分を見抜いた。……当然か。いつも着ているシスター服と教会のアクセサリーを身に着けているから。
「申し遅れました。わたしはレニです」
「なるほど。やはり、件の聖女様だったか」
「え……」
「いや、僕も名乗ろう。僕はヴィクトル。ヴィクトル・バフェット。この辺境の地の領主でね」
「や、やっぱり貴族の方でしたか」
凄く上品で身だしなみもしっかりしていると思った。それに、この部屋も広くて綺麗。まず、普通の家庭ではない。
「ある呪いによって、レベルがたったの『1』でね。そんな使えない僕は、辺境の地に追いやられたわけさ」
「呪いですか」
「そうとも。魔王が世界を支配しかけた頃に受けてね。それっきりレベルが上がらない」「わたしと一緒ですね」
「そうなのかい?」
「と言っても、わたしは聖女になる条件として永遠にLv.1なのですが」
「納得した。でも、なぜ倒れていた?」
わたしは、いきなりお父様から追放処分を受けたこと。婚約者から婚約破棄をされて、なにもかもを失ったこと。あてもなく彷徨っていたことなど話した。
彼は真剣に聞いてくれて、優しい瞳でわたしを見つめてくれた。
それが嬉しくて自然と涙が溢れた。
「……」
「大丈夫かい、レニ」
「はい。安心したら……涙が出たんです」
「今はゆっくりするといいさ。ここは辺境だが、自由だ。ようこそ、ヌルメンカリへ」
辺境の地・ヌルメンカリ。
聞いたことがある。
賢者のような貴族がいると。
ああ――そうか。
彼こそ賢人ヴィクトル・バフェット。
Lv.1の『ハサウェイ辺境伯』の名を耳にしたことがあった。婚約者が言っていたっけ。
まさか、こんなところで会えるだなんて。
「本当に助かりました。バフェット様」
「ヴィクトルでいいよ」
「はい……ヴィクトル様」
彼は温かいスープを出してくれた。わたしは冷え切った体をスープで暖めた。……あったかい。本当にあたたかい人。