第1話 元カノと再会
「よくぞ参った若き先鋭たちよ。今日、呼び出したのは他でもない。そなたたち4人でパーティーを組み、新しく出現した魔王を討伐してもらいたいのだ」
ここは王都の最奥に建てられた王宮の一室。
鋭い眼光に威厳のある白い髭をたくわえた国王陛下からの直々のご命令を聞き、引きつりそうになる表情筋を根性で抑えつけた。
「ちょっと王宮に行ってきてくれ」と所属している暗殺者ギルドのマスターに言われて、おつかい感覚で来てみれば、とんでもない話に巻き込まれてしまった。
真新しいレッドカーペットが敷かれた部屋には僕のほかに3人の男女が片膝を立てて跪いている。
一番最後に到着した僕も言われるがままに跪いた直後の出来事だ。
ギルドマスターに呼び出された時から嫌な予感はしていたんだ。ベテラン勢を差し置いて新人の僕を王宮に向かわせるなんて前代未聞だ。
先輩たちの嫌味な視線を無視して、重い足取りで到着したらこれだよ。
面倒事を押しつけられた。
でも、考え様によっては社畜生活から抜け出し、王族直属の暗殺部隊に昇格できれば、間違いなく高給取りになれる。僕の将来は安泰だ。
そうだ。ポジティブに考えよう。
「明日から訓練に励むとよい」
ごめん。やっぱり無理かも。
知らない人たちとパーティーを組むだって?
こっちは万年ソロでやってるんだ。連携なんてクソ食らえだよ。
僕の一番嫌いな言葉を教えよう。それは連帯責任。自分のケツは自分で拭いてくれ。
おそれ多くも勅命を断ろうとした僕よりも先に国王陛下が睨みをきかせてきた。
「貴様たちに拒否権はない。近親者にもこの任務について他言することを禁ずる。逃げ出したりするようであれば地獄の果てまで追いかけ回し、極刑に処す」
はい、終わった。
反論も意見も質問もさせてもらえず、王宮を追い出された僕たち4人は簡単な自己紹介だけを済ませて、今日のところは解散になった。
解散間際、ずっと吐き気をもよおしていた僕に魔法使いらしき服装の女の子が吐き気止めの魔法をかけてくれた。
他の2人の男にも気持ちを落ち着かせる魔法をかけていた。
優しい。危うく惚れるところだった。
それでも憂鬱な気持ちは変わらず、とぼとぼと帰路につく。
自然と足はいつもの店に向かってしまっていた。
いくつものギルドが立ち並ぶ王都の大通りは夕方になるとあちこちで行列ができる。その中でも好き嫌いの分かれる味付けで有名な丼物店。
初心者の冒険者でも討伐可能な鳥型のモンスターを調理して丼にしたものだ。少しクセのある味わいで、万人受けはしないが僕は週に一回は必ず食べる。
目当ての物を手に入れて大満足の僕だが、足取りは決して軽くはない。
明日が来なければいいのに……。
忌まわしげに見上げた夕暮れの空から視線を戻すと、前からよそ見をする女性が向かって来ていた。
夕日に照らされてキラキラと光る金髪に既視感を覚える。
鳥肌が立ち、息が止まるかと思った。
「もしかして、リタ?」
「え、ユウくん?」
何かを探していたのか、視線を上に向けていた彼女の赤い瞳が僕を捉えた。
僕と同じように彼女もまた大きな目を見開いている。
「なんでここにいるんだよ」
「なんでって。ちょっと調べものついでにお散歩」
まさか今更、再会するなんて思ってもみなかった。
どんな顔をすればいいのか悩んでいる僕とは違い、リタは猫のように目を細めた。
その笑顔を見ると僕も自然と頬が緩み、あの頃を思い出して軽口を叩きそうになってしまう。
「まだそんなものを食べてるの? この世にはもっと美味しいものが溢れているのに」
「失礼な。初心者に狩られるモンスターの気持ちを考えたことがあるのか? こいつだって、狩られていなければ今でも草原を走り回っていたかもしれないだろ」
「でも、食べるでしょ?」
「あぁ、食べるとも。そして、僕が代わりに走り回るのさ」
「草原を?」
「いや。お得様のギルドとか、かな」
やっぱりリタには敵わない。色々と悩んでいたのが馬鹿らしくなるくらい言葉がスラスラと出てくる。
この会話の楽しさはあの頃と何も変わらない。
リタはぷっと口元を隠しもせずに吹き出した。
「相変わらず、ドタドタ走ってる姿が想像できるよー」
「待て待て。今ではシュタシュタ走れるようになったんだ」
「ふぅん。そうなんだー。ねぇ、どうせ家で丼をかき込むくらいなら、久しぶりにご飯行こうよ」
「はぁ!?」
度肝を抜かれて口をパクパクさせる僕の手を取ったリタは、町ゆく人々をかき分けるように進み、居酒屋へ突入した。
こうして僕は3年ぶりに再会した元カノと食事を共にすることになった。