Chapter 11 起死回生の一手
「ごめん、間に合わなかった……」
「いや……、突っ立っていた俺が悪い。気にするな」
そう零すスピナーの右眼から鮮血が滴る。
「この程度で済むと思ったら、大間違いやぞ!」
落雷のような片剣が振り下ろされる。踏ん張る足が地面にめり込みつつも、ディーアが全身全霊で受け止める。続く大地をえぐる斬り上げをライムが盾で弾く。
双剣を振り、がら空きとなった胴をアルマが狙う。素早く後退するクロッカス。アルマの一太刀は空を斬った。
「”デトネイト”」
下がったところにすかさずスピナーが撃ち込む。巻き上がる爆煙。包まれるクロッカス。
追撃をかけようと煙中に突っ込もうとするディーア。それをスピナーが首根っこひっ捕らえて制止した。
「何すんだ!」
「撤退するぞ」
「マジで言ってんのか!? オマエへの罵倒のラインナップに『腰抜け』を追加するぞ!」
「いや、スピナーの言う通り、ここは逃げよう」
「相棒まで何言ってんだ」
「魔王軍でも何でもないあの人と戦ってもメリットが一切ない。逃げられるなら逃げた方がいいと思う。仮に本気で相手するとしても、先生とガーネットを呼んで全員でぶつかるべきだ」
「……わーったよ!」
納得の欠片もない表情で渋々頷くディーア。
戦塵に背を向け、港町ヒリアムを目指して駆け出す4人。その刹那――
「頭領の一撃!」
衝撃波が大地を駆けぬける。アルマ達を通り過ぎ、次々と木々をなぎ倒す。鬱蒼と茂っていた森にできた一本道。その軌道には地平線まで続く一直線の溝が刻まれていた。
「これだけの真似しといて、逃がす思とるなら……エエ度胸しとるなァ!」
修羅の如き気迫でにじり寄ってくる。
――どうやったらアレから逃げ切れる?
「せっかく森吹っ飛ばしてくれたから、マジで真っすぐ逃げるだけなのに逃げ切れる気がしねーぞ。やっぱ戦った方が早くね?」
ディーアの言葉が頭の中で一縷の光と化す――
――そうだ。真っすぐ逃げるだけなんだ。なら、必要なのはあの怪物を振り切れるスピードただ1つ。思い浮かべろ、歩舞。今この場で1番速く動く方法を……!
あれだ――!
「スピナー、まだ魔法って使える?」
「使えるが、視界が半分潰れているから、命中率はいつもより落ちる」
「アイツに当てる訳じゃないから大丈夫。使って欲しいのは氷の魔法。標的は地面だ」
「地面?」
「そう。そして、ディーアは土魔法で船を作って。4人乗れるくらいの大きさの。」
「船……。氷……?」
首を傾げるディーア。木々がなぎ倒され、一直線の道となっている逃げ先。それに目を向けた時、確信をつかんだ表情を浮かべた。
「なるほど、滑って逃げるのか! 任せとけ!」
先日、レイズと名乗る青年が見せた氷床を滑って高速移動する技。開けた平らな場所を駆け抜けるなら、これが一番速いはずだ。
「作戦会議は終わったか!?」
痺れを切らし、地を抉るように片足を踏み出す。その刹那――
「”ファイア”!」
アルマが放った火球は、虫を払うかのように弾かれる。
驚く様子もなく、覚悟を決めた表情で剣先を向けるアルマ。”ファイア”を止めどなく放ち続ける。
「ムダだというのが分からんか!」
一心不乱に弾幕を濃くしていく。双剣に阻まれ、届くはずもない。そんなこと百も承知だ。
「僕が時間を稼いでいる間に早く!!」
大地に手を付き、魔力を流すディーア。盛り上がった土塊が徐々に姿を変え、籠のような、そして楕円型の舟型へと変化していった。出来上がると同時に、スピナーが船頭に飛び乗り、氷の魔力を込めた右手を船縁から地面にかざした。
「準備できたぞ!」
土くれの船に乗り込むディーアとスピナーを横目に見ながら頷く。アルマのその一瞬の瞳の動きを逃す相手ではなかった。
僅かに綻んだ弾幕の間を目にも留まらぬ速さで通り抜けるクロッカス。双剣を重ね、アルマの懐へと飛び込んだ。
「よそ見とはいい度胸やな、小僧!」
鳴り響く金属音。強力無比のその一撃は、ライムの大盾へと吸い込まれた。豪腕から繰り出されるその威力に、ライムはアルマごと吹き飛ばされてしまった。
「ちょっ待て待て待て待て!!!」
吹き飛ばされた先はディーアの正面。2人を抱きとめ、そのまま船内に倒れこむ。図らずも全員が船に乗り込むことに成功した。
「おし、出航ぞ! ”デトネイト”!」
左手で魔法を放ち、船尾で爆発を起こすスピナー。同時に右手で行く先の地面を凍らせていく。爆風による加速、爆煙による目くらまし。4人を乗せた船は風圧を浴びながら、物凄い速度で離脱した。
煙で視界を遮られたクロッカスは双剣を繋ぎ合わせ、弓を構えた。しかし――
「撃っても、致命打にはならんな。悪運強い奴等め」
交差するように背中に納剣して、腰を軽く叩き、首をゆっくり回した。
「にしても、久しぶりに暴れた。明日筋肉痛になっちょるかもしれんな」
「族長!」
「おう、生きてたか。何か用か?」
「はい、さっきの人間共から押し付けられたんですが……」
ボロボロのエルフは懐から木製のお守りを取り出し、まじまじと見せつけた。
「オレンジ色のツインテール、赤と緑の瞳で物理矢を使っているエルフの女が落としたって言っていました」
「……本人に渡しといてくれ」




