Chapter 33 去る者、逝く者
「たのもーー!!」
勢いよく扉をあけ放つディーア。飲みかけのティーカップ。無造作に積まれた本。生活感のある無人の部屋がそこにはあった。
「ふむふむ……なるほどね……。やっぱり魔王様の言っていたことは本当だったのね……!」
扉越しに聞こえてきた声は、その部屋のさらに奥からのようだ。
さらに進む一同。ようやく辿り着いた空間。灰色の炎でできた円環、その中心に立つ女性の魔族と巨大な黒い蛇、そして、その女性の前に跪くみすぼらしい身なりの人間の男がそこには存在した。
「見つけたぜ、魔王軍! かくご――」
「レヴィ! やりなさい!」
濃い紫色の霧を吐きつける黒蛇。視界が塞がれる。色味、蛇という情報から、毒の可能性を本能的に感じ取り、一同は息を止める。
「勇者一行にアリウィン王国の王女。ソラス様から聞いていた通りのタイミングね。私はオフィーディア。お察しの通り、魔王軍幹部の1人よ」
息を止めるので手一杯の一同の耳に、霧の向こうからの声が入る。
「ここまで大変だったかもしれないけど、ごめんなさいね。あなたたちは私に用があるかもしれないけど、私はあなたたちに用はない。もう私のやることは終わったの」
炎環が白く変色し、燃え上がる。
オフィーディアは胸元から1つの魔含球を取り出す。レヴィがオフィーディアの側に寄ると、その魔含球は光りだした。
「だから、ここは撤退させてもらうわ!」
「この感覚……、瞬間移動の魔法!? 彼女、逃げるつもりです!」
咳き込みながら、アネモネが声を上げる。その瞬間――
「えい」
気の抜ける掛け声とともに、突風が巻き起こる。一瞬にして晴れる霧。吹き消える炎。
地面に向かって振り抜いたプラムの拳。その風圧が視界を塞ぐ霧を吹き飛ばしたのだ。
「何!?」
吹き付ける突風から顔を守るように、オフィーディアは手をかざす。自身の手で視界を塞いだその一瞬を、アルマは見逃さなかった。
一直線に距離を詰め、剣を振り下ろす――
食い込む刃。その一振りは、黒く分厚い鱗に阻まれていた。
レヴィに尻尾で防がれるアルマの頭を飛び越えて、ディーアが斬りかかる。尻尾を振り抜き、アルマごとディーアを吹き飛ばすレヴィ。
「ナイスよ、レヴィ!」
オフィーディアの手にある魔含球がはちきれんばかりの光を放つ。込められた魔法が起動するまであとわずか。その瞬間――
オフィーディアの胸を一筋の閃光が貫いた。
口を押さえて、吐血するオフィーディア。横目で背後を確認する。
真っすぐ指を向ける男。スピナーがそこに立っていた。
「な、なんで後ろから……!? 通路は塞いだはずよ……!」
「ハァ? 通路は塞いだ? 路が通っているから通路って言うんだわ。塞がってたらぶち抜くに決まっているだろ」
怪しい笑みを浮かべるスピナー。その目線はオフィーディアではない、何かに向けられていた。自身の足元。恐る恐る、目を落とすオフィーディア。ローブを纏ったツンツン頭が、すぐそこに迫っていた――
「魔含球ごと、手ェ斬り落とせ」
「オレに指図するな!」
肉が斬れる音。吹きあがる鮮血。その凶刃は、男を切り裂いていた。オフィーディアの前に跪いていた男が庇ったのだ。
「なっ!?」
戸惑うルード。崩れる男の背後で、口元の血を拭いながらオフィーディアがほくそ笑む。
「この借りはいつか返させてもらうわよ。バーイ♡」
一瞬にしてオフィーディアと黒蛇レヴィの姿が消えてなくなった。
「逃げられたか……!」
「彼女のことは後回しです! すぐにその男性の治療に当たってください!」
「は、はい。分かりました」
命に従い、戸惑いながらもルードは自身が斬り捨てた男を仰向けに寝かせ、回復魔法をかける。
「なーんで治してやるんだ、アネモネちゃん?」
「この部屋に入った時、あのオフィーディアという女性が使っていたのは、真炎です」
その言葉だけで、スピナーやルードの表情が一気に険しくなった。
「……どんな魔法ですか?」
アルマがアネモネに尋ねる。
「炎の円の中にいる者の発言の真偽で、炎の色が変わる……、尋問の際に使われる魔法です」
「尋問……!?」
「はい。なので、彼には魔王軍に何を言わされたのか、話してもらう必要があります」
続けられる治療。その治療に参加するガーネット。回復魔法の淡い光が辺りを照らす。
その時、男が僅かに動いた。男は天に右手を震えながら掲げる――
「ようやく……、死ねる……。償える……!」
微かな声をふり絞るように発する男。
「アネモネ様! 傷は塞がっているのに、回復する様子がありません!」
ガチャン
盾を手放し、膝を付き、男の手を取るアネモネ。
「死ぬことは償いではありません。生き抜いて、犯した罪以上のことをなして初めて償えるのです。あなたには生きる義務があります!」
男には、必死に生かそうとする者達もその声も届かない。ただ、壊れたスピーカのように擦れた音を出し続ける。
「大切な物を奪われるというのは……悲惨なものだ……。10年前……、我々ファーローズの民は気づくべきだった……」
掲げた手は落ちてゆき、光のない瞳もゆっくり閉じてゆく……
「許さなくて……いい……。ただ……、……止ま……てく……れ、……ナ」




