Chapter 28 アネモネの思い
盗賊という名の障害を退けながら、洞窟をずんずん進むアルマとカトレアの二人。アルマはカトレアの話を聞き、魔法の見聞を広めていた。
「――ということは、魔法の詠唱はした方がいいと?」
「うーん、断言はできへんなぁ。魔法の詠唱は威力や精度を上げる技法という説もあるし、ただのルーティンという説もある。どっちの説が正しい、という結論はまだ出てない。とどのつまり、どっちでもいいんやないかなぁ? ウチやルードは難しい高位の魔法を使うときは詠唱するで」
魔法には詠唱があり、詠唱すると威力が上がる……と信じられている、らしい。アルマはその話に頷きながら、スピナーという魔法使いが魔法の参考にするにはあまりにもイレギュラーだということを確信していた。
カトレアはアルマの包帯が巻かれた左腕に目を向ける。
「堪忍なぁ。ウチの回復魔法のウデだとその左手は治せへんわ。アネモネ様なら治せると思うんやけど……」
「気にしなくて大丈夫で――」
すぐさま正面を向くアルマ。洞窟の先の闇を凝視する――
「ど、どうしたんや?」
「誰かが襲われている声がした!」
微かにだが間違いなく聞こえた声。疑いを捨て、一心不乱に走り出すアルマ。それを追いかけるようにカトレアも戸惑いながらも走り出した。
曲がり角。分かれ道。それらを駆け抜けた先に見えたのは広めの空間。アルマとカトレアはその入口で身を隠し、慎重に中の様子を伺った……
2mを超える大男。そいつが振り回す巨大な戦斧に圧倒され、アネモネが壁際まで追い込まれていた。大きく振りかぶる大男。逃げ道がないアネモネ。盾を構えて、その一撃を受け止めるつもりのようだ――
「アカン、アネモネ様がピンチや! あのけったいな男を倒すで……。て、あんさん?」
気づいた時には、もう、駆け出していた――
「ダメや、あんさん!」
アルマの耳には届かない。剣を抜き、真っすぐ、一直線に、アネモネが構える盾の前に飛び出す。
振り下ろされる戦斧。その一撃を剣身で全身全霊を込めて受け止めるアルマ。凄まじい音が辺りに響く――
「っ! あなたは!?」
「大丈夫ですか、アネモネ様!」
力づくで押し込まれるアルマ。切り返すように”ウィンド”を放つ。
突風で吹き飛ばされる大男。その男に向け、アルマが剣先を向ける――
「”ブリザード”」
剣の先端から放たれる冷気。地面を直線状に凍らせながら、飛翔し、その大男を氷塊の中に閉じ込めた。
一息つくアルマ。剣を収め、額の汗を拭った。その時――
パチンッ!!
乾いた音が洞窟内に響く。アルマは何が起こったのか分からなかった。
頬の痛み。睨みつけてくるアネモネ。それらの情報が揃って初めて、アルマは自分がひっぱたかれたと理解した。
赤くなった頬を抑え、戸惑うアルマ。助けを乞うように目線をゆっくり横に動かすと、『あちゃー』と頭を抱えるカトレアが見える。
「やってもうたなぁ……。アネモネ様、誰かに直接守られるの好かんのや……」
アルマは視線をアネモネに戻す。それは凄い剣幕だった――
「何で私の前に出るんですか! 民を守るのが私の、王族の使命です! あなたに守られるなんて……、王族として屈辱です!」
「……申し訳ありません。ですが……、困っている人がいたら助ける。そこに身分の差はないと思っています」
言い返されると思っていなかったのか、アネモネは戸惑う様子を見せる。
――正直、身体が反応したというレベルで助けに入ってしまった、というのが事実だ。しかし、今、直感で感じた。本当に助けなければならないのは、アネモネの中の方だ。会って間もないが、アネモネは王族という枷に縛られ、色々な物を背負いすぎているように見える。たかが自分の言葉ではどうしようもないかもしれない。でも、誰かが言わなければならない。そう思っただけなんだ――
「アネモネ様の志は素晴らしいです。ですが、人は1人で何でもはできません。それは王族でも例外ではないはずです。……自分じゃなくて構いません、もっと、人を頼ってください」
空間が静寂に包まれる。まずかっただろうか。そう思い、内心焦るアルマ。その足元から、一粒の雫が落ちる音がした――




