Chapter 17 相棒
「"ギガファイア"!」
魔法を飛ばす。しかし、自身よりも大きい火球を前に、クロニスは一歩も動こうとはしない。
「魔塵」
刃折れの剣の何気ない一振り。それが巨大な火球を完全に霧散させた。
目を疑うアルマ。今まで魔法は弾かれたことはあっても、消えたことはないのだ。
「"ギガファイア"が消えた!?」
「俺に魔法は効かん。行くぞ!」
一気に詰め寄るクロニス。振り下ろされる刃。命がけで回避するアルマ。剣に残っている刃はほんの僅か。包丁の方がマシなレベル。しかし、その斬撃は土壁に深い亀裂を刻みつけた――
「壊れた剣であの威力……。あんなの喰らったら一瞬で真っ二つだ」
驚倒するアルマに、クロニスの無慈悲な追撃――
「戦場で休む暇などないぞ、指輪の勇者!」
襲い掛かる刺突。回避して体勢が崩れているアルマにそれを避ける余裕はない。
「"ブリザード"!」
魔法で創り出された氷の盾。剣先が盾に触れると、まるでガラスのように鮮やかに砕け、消え去った。
剣先が触れずとも、地に剣痕を入れたクロニスだからこそ起こせる、刺突による風圧。それに吹き飛ばされ、地面を転がった。地に伏せたアルマはクロニスを見上げる。掠めた額から血が流れ、左の視界を赤く染める。
一瞬にして間合いを詰めるクロニス。
「覚悟!」
咄嗟に目をつぶるアルマ。殺される。もうそれしか頭で考えられなかった――
重い金属の音が耳に響く。恐る恐る、目を開くアルマ。そこに見えたのはクロニスの攻撃を受け止めるディーアの姿だった。
受け止めた剣に力を込めて押し返し、クロニスを突き飛ばした。
「ディーア!」
「アルマ、無事か!」
アルマの生存を確認し、安堵するディーア。
クロニスは土壁を見上げて呟く。
「壁の向こうに隔離された勇者の仲間……。あの壁をよじ登ったのか?」
無限に続く壁の幅からして、あの短時間で回り込んで来るのは不可能。よじ登ったと考えるのが妥当だ。しかし壁の高さはクロニス三人分はある。クロニスの身長はグリムフォードと比べて小さいが、長身の人間と同程度はある。クロニスはディーアの実力を探っていた。
ディーアの手を取って立ち上がったアルマがすぐ尋ねた。
「村のみんなは!?」
「ダイジョーブ。魔力切れて片腕も使えない足手まといが修道院の方に向かった」
「よかった……」
ディーアは真面目な顔でアルマに問う。
「それよりさ、オマエ勇者なんだってな?」
俯くアルマ。
「……隠しててゴメン」
「別に気にしてねーよ。……魔王、倒しに行くんだろ?」
アルマは真っすぐディーアの目を見て、顔を縦に振る。
「あの人とそう約束した。それに僕自身、グリムフォード……魔王軍の横暴は許せない」
その言葉を聞いて、ディーアは目をつぶり考えた。しばらく後、目を開き強く頷いた。
「ヨシ決めた! 今からオマエはオレの相棒だ!」
「……ゑ?」
「魔界の果てまでオマエに付いてくっつってんの!」
剣先をクロニスに向ける。
「おい、オッサンよく聞け! オレはディーア。勇者の相棒にして、世界最強の剣士になる男。今、この場でオマエを倒し、オレ達魔王討伐パーティの幕開けとさせてもらうぜ!」
クロニスは真っすぐ鋭い目で刃折れの剣を構える。
「2対1。いいだろう、かかってこい!」
「行くぜ、相棒!」
勝手に宣言された魔王討伐パーティ。そして相棒。ツッコむ所はいくつもある。でも初めてこの世界に来て、初めて出会って、初めて助けられて、初めて一緒に戦ったディーア。彼となら相棒も悪くない。
「……、ああ!」
ディーアは一直線に距離を詰め、斬り上げる。クロニスはその剣を一歩も動かず軽く受け止める。そのまま流れるように連続で剣を振るうディーア。
「こんなガラクタで戦いやがって。オマエ舐めてんのか!?」
「こちらの事情だ。気に障ったなら謝罪しよう」
「謝罪するくらいならその腰の剣抜きやがれ!」
最小限の動きでその全てが刃折れの剣で防がれていた。アルマはその間にクロニスの右側に回り込んでいた。
「"メガファイア"」
サイドから襲い掛かる火球。クロニスはディーアの剣を左手の指二本で挟んで受け止め、
「魔塵」
右手の刃折れの剣で火球を破壊した。
受け止められた剣を引き抜き、アルマの側まで距離を取るディーア。
「何だ今の!? 魔法が消えた!?」
「クロニスは魔法を消す剣技が使えるらしい」
それを聞いてディーアが目を輝かせる。
「何だそれオレもやりてぇ!」
「使いたくば盗んでみろ。料理も技も熟練者から見て盗むものだ」
「だったらまた使わせねーとな!」
アルマに剣身を差し出し、目で合図を送るディーア。
「"ギガファイア"」
剣にサンダーを纏わせたときのように、剣に猛炎を当ててみるアルマ。ディーアの剣は分厚い炎を纏い、燃え盛る火炎が長く伸びて、元の長さの倍を超える長剣のようになっていた。
「天地紅蓮斬!」
叩きつけられる大振りの一太刀。強烈な金属音が轟く。直視していられない程激しい熱風が吹き荒れる。顔色一つ変えず、石像のように微動だにしないクロニス。
その一撃は、刃折れの剣で止まっていた――
「魔塵」
燃え盛る炎がまるで線香花火のように儚く消え去り、本来の剣身が露わとなった。
驚きを隠せないディーアとアルマ。この瞬間、二人の最大火力が潰えた。