Chapter 16 指輪の勇者
指輪を身に着けた青年。それがクロニスに指差された者の特徴だった。
「指輪の勇者……?」
アルマはその言葉に聞き覚えがなかった。ディーアとスピナーがアルマをじっと見つめるが、首を横に振った。
「その光る指輪を付けた者のことだ。陛下ご考案の呼び名故に知らぬのも無理はない」
アルマは左手の指輪に目を落とす。
「この指輪が何だっていうんだ。自身の魔力に反応して光る仕組みなんか簡単に作れるだろ」
魔法に詳しいスピナーがその指輪の特別扱いに異議を唱える。顎に手を当て考えるクロニス。
「そうだな……。神の使者の証、とでも言おうか」
耳を疑うの回答。その言葉に三人の空間の時が止まったようだった。クロニスは話を続ける。
「俺には到底理解の及ばない話だが、陛下が仰るには、今いるこの世界とは時間も空間も違う、『異世界』という物が星の数ほど存在するらしい。指輪の勇者は、シトラス教の主神が陛下を亡き者にするため異世界から連れてきた戦士。そう聞き及んでいる」
理解不能の領域にディーアは頭から湯気を上げ、スピナーは自身の世界に入り込み思考を深めていた。ただ、アルマだけが黙って聞いていた。
「その光る指輪は主神が与えた物。主神の加護を受けた戦士は、指輪に宿した魔力を行使できるそうだ。その者が指輪の勇者かどうか疑うなら、指輪を外させることを勧める。魔法が使えなくなるはずだ」
一時の沈黙。その静寂を切り裂くようにディーアが叫ぶ。
「つまり、どーゆーことだよ!?」
「後で猿にもわかるよう翻訳してやるから黙ってろ。アルマ、奴が言っていることは本当か?」
シトリーとのやり取り。『日本』という、こことは別の世界から来たこと。何一つ信じてもらえないだろうから、言うつもりはなかったアルマ。しかし、他人から切り出された今は状況が違う。さらに敵である魔王軍に既にこれだけ正確な情報が漏れているのなら、もはや隠すメリットが存在しなかった。
「……本当。あの人が主神かどうかは分からないけど、それ以外は全部あってる」
クロニスの方を向くアルマ。
「クロニス、一つ聞かせてほしい」
「何だ」
「指輪の勇者が前からいたようなその口ぶり。僕の他に指輪の勇者がいるのか?」
「ああ、700年の戦いの中で何度も交戦してきた。その数は40にも達する」
「40……、僕以外にそんなに多くの勇者が……」
クロニスは腰に携える剣の柄頭に触れる。
「魔王軍はその全てを退けてきた」
絶句するアルマ。何億もの魔力、それが使えるのが指輪の勇者だ。その勇者を40回召喚しても魔王軍には勝てなかった。その事実に打ちのめされた。
「雑談はこのくらいでいいだろう。そろそろ要件を果たさせてもらう」
この一言で場の空気が急速に変化する。肌を激しく擦るような圧力、敵意とでも呼べばいいだろうか。それがその空間を満たしていた。
目を閉じるアルマ。クロニスは一歩、また一歩と近づいてくる。何度も届くその足音がアルマに腹をくくらせた。
二人に耳打ちするアルマ。
「村のみんなをもっと遠くに逃がしてくれ」
突然、二人を後方に強く突き飛ばす。
「なっ、どういうこ――」
「相手の狙いは僕だ」
勢いよく両手を地面につける――
「土創造・ウォール」
大地から隆起する分厚い土壁。それがディーア・スピナーとアルマを完全に分断した。
足を止め、土壁を見上げるクロニス。
「仲間のために自分をおとりにしたか」
「そう。だからこの壁の先に行きたかったら、僕を倒していけ!」
啖呵を切るアルマ。魔法を構えるその手は震えていた。
「……指輪の勇者、貴殿の名は?」
「アルマ。虎城歩舞」
「アルマ、か。よい名だ。覚えておこう」
クロニスは足元に落ちていた刃折れの剣を拾い上げる。戦いの最中に壊れた誰かの遺品だろう。残った剣身はほんの少し、ハサミ程度の長さのみ。その刃先をアルマに真っすぐ向けた――
「アルマ! 貴殿の覚悟に応え、このクロニス、相手になろう!」
実はしばらく忙しい時期が続いていて、その時期が終わるまでストックで持たせたいのですが、ギリギリ話のストックが足りなさそうなんですよね
もしかすると、投稿ペースを変更する可能性があります。