Chapter 13 点火
ハイド村より北、山頂に築かれた旧ファーローズ城。現魔王軍南東基地。元締めグリムフォード。現在全兵出陣しているため、城はもぬけの殻となっていた。
空っぽの城内を歩く初老の男が一人。突然窓から明かりが差す。テラスに出た男は南方の火柱を観察していた。
男は懐からこぶし大の水晶を取り出す。そして水晶を口の傍に構えた。
「……俺です」
『何だ、クロニス?』
水晶から聞こえてくる返答。クロニスと呼ばれる男は続ける。
「本日、グリムフォードに侵攻の予定は?」
『……ねェな。何かあったか?』
「ファーローズ城に寄ったのですが、現在無人です」
『前みてェに勝手に全員総出で人間バーベキューでもやりに行ったか?』
「なるほど。南方に巨大な火柱が確認できます。おそらく彼はあそこでしょうか」
『火柱ァ? そこらの人間相手には火力が高すぎねェか?』
「……指輪の勇者、でしょうか?」
『だろうな。そんな僻地にアリウィン王国の軍が来る訳ねェ』
「確認してきます」
『頼むわ。どうするかはオマエに任せる。アレ以外なら何人手にかけても構わねェ』
「承知しました。陛下」
通信を切り、水晶を懐へとしまう。そしてテラスから飛び降りる。麓の森林地帯に静かに着地すると、木々の間を風のように駆け抜けていった。
天を突く火柱。その勢いは緩やかに収束していった。消えゆく火柱の中心地から出てきたグリムフォードは服が完全に燃え尽き、仰向けに倒れていた。
「……すっごい恥ずかしいこと言った気がする……」
アルマは顔を赤らめ、口元を隠す。
気を失っているディーアの元に寄るスピナー。真顔でディーアの顔を往復ビンタをしだした。
「痛ってぇなオイ!」
「なんだ、生きてたか」
「ハッ! アイツは!?」
「もう終わった」
焼け焦げた魔族を示す。ディーアは駆け寄って自身の剣でツンツンしてみる。グリムフォードは全く動く様子がない。
「誰かのせいでこのザマの俺の代わりに、アルマがやった」
首を動かしてアルマの方をさす。その時――、突然アルマがふらついた。
「アルマ!」
慌てて駆け寄って支える二人。
「ダイジョーブか?」
「……ありがとう。めまいがしただけ。少し休めば大丈夫」
「無理もない。"メガファイア"の直撃もらった上で、あれほどの魔法の撃ち合いしたらそうなる」
「……恐ろしい相手だった。他の魔王軍幹部もこのくらい強いのかな……?」
真っ黒の地面に寝そべるグリムフォードを確認する三人。しばらく、無言の時間が続いた。
「さぁな。それは今考えることじゃない。それより修道院の奴らが心配だ」
「だな!」
返事をするも、ディーアが歩く先は反対方向、グリムフォードの元へと向かっていた。
頭の傍に立つと剣を思い切り振り上げ、構えた。ディーアが捉えていたのは、奴の首だった。
「トドメを刺すのが、アルマじゃなくてオレなことにキレて化けて出てくんなよ?」
黙って見守るアルマとスピナー。虫の息でも残っていたら今後、どうなるか想像に難くない。いくら日本で命を奪うのはよくないと教え込まれたアルマでも、この処刑に待ったをかける気にはならなかった。そう思う要因に、グリムフォードが人間ではないことも作用しているだろう。
目を軽くつぶり、ディーアは深呼吸した。そして、目を開く――
「行くぜ!」
振り下ろされる真剣。グリムフォードの首に接触した瞬間――
爆発した。
鳴り響く轟音。吹き付ける強風。立ち込める黒煙。吹き飛ばされたディーアだが、受け身に成功しすぐ立ち上がった。
「何が起こった!?」
「分からねぇ。アイツに剣が当たった瞬間、爆発しやがった」
起こった出来事に戸惑いが隠せない三人。
徐々に消えゆく黒煙。薄れゆく煙の中に見えたのは、大男のシルエットだった。
「グリムフォード!」
「あの野郎、まだ暴れる気か!」
すぐさま戦闘態勢を取る三人。アルマはなんとか自立できる程度には回復していた。
黒煙は完全に消え去り、隠れていたその姿があらわとなる。現れたのはグリムフォードに違いない。しかし、服は完全に破れ、どこか気品のあった立ち振る舞いも完全に失せていた。ただ、大きく呼吸をしつつ、不気味に佇んでいた。
「グリムフォード……?」
あまりの気味悪さに戸惑う三人。それを余所にグリムフォードは大きく息を吸った。そして口から吐き出したのは、予想だにしない怒号だった。
「ムシケラの分際で調子に乗るなァァァァアアアア!!!!」
天をも揺るがす咆哮。三人は耳を塞ぐも、その変わりように驚きを隠せなかった。
「下等種族のゴミムシが、我の一張羅を駄目にして生きて帰れると思うな!!」
憤慨と共に放たれる光球。地を抉りながら三人の元へと迫る。
「こいつはまずい、避けろ!」
すぐに退避する三人。まだ充分に動けないアルマはスピナーの脇に抱えられていた。
回避したのも束の間、光球が炸裂した。爆風にあおられる三人。スピナーはグリムフォードを睨みつける。
「やはり『"デトネイト"』か!」
「愚かなムシケラでも二度見れば判るんだな」
知らない魔法を問うアルマ。
「"デトネイト"?」
「爆発を引き起こす、"ファイア"の魔法の応用だ。見ての通り威力が高いが――」
「その魔法、巻き添え喰うから近距離じゃ使えねーよな!」
爆発の煙を煙幕に、グリムフォードの後ろに回り込んでいたディーア。振りかぶった剣はしっかり首に狙いをつけていた。
その時、グリムフォードの首が光り出す。先ほどの"デトネイト"と同じ色に。ディーアは気にせず、そのまま斬りつける。しかし――
剣に伝わる振動、響く爆発音と吹き荒れる黒煙。また首が起爆したのだ。
距離を取るディーア。しかし、今度はグリムフォードが爆煙を目くらましに肉薄してきた。防御の構えを取るディーア。放たれるストレート。その拳は"デトネイト"と同一の橙色に光り輝いていた。
剣に接触する拳。それはまた爆発を引き起こしたのだった。吹き飛ばされるディーアだが、すぐに受け身を取った。
一部始終を見ていたスピナーは戸惑いを隠せないでいた。
「"デトネイト"を纏っているのか……!?」
「ゴミにしては察しがいいではないか」
嘲るように答えるグリムフォード。一方、アルマはなぜ驚いているのか、理解が追い付いていなかった。
「"デトネイト"は爆発魔法。そこの馬鹿でも知ってる通り、近距離で使えば巻き添えは必至。そんな魔法を身体に纏うなんて正気じゃない。反動でバラバラに消し飛ぶはずだ」
地球の兵器で言えば、ピンを抜いた手りゅう弾を握りしめてパンチしているようなもの。そんなことをすれば、敵と同時に自分の腕も木っ端微塵になるのは簡単に想像がつく。アルマはやっと状況を飲み込めた。
「クハハハハハ、何ともムシケラらしい思考だ」
グリムフォードは得意げに語りだした。
「教えてやろう。大して種類がなく、違いも少ないキサマら人間と違い、魔族は千差万別。翼を持つ種族、腕や足が複数ある種族、人型の形すら保たぬ種族すらいる」
親指で自身を指す。
「そしてこの我、魔羯族は強靭な肉体と特殊な外皮を合わせ持つ種族。この皮膚は、魔法を通さん」
明かされた真実。3人は開いた口が塞がらなかった。
「魔法を通さない、だと? ならアルマの"ギガファイア"も効いたフリか」
スピナーが問い詰める。それに対し、その豪傑は首を横に振った。
「いや、さすがの我もあれはダメージを受けた。誇っていいぞ。この我に魔法でダメージを入れた者なぞ片手で数えるほどしかいない。もっとも――」
言葉を止めると、腰を落とし全身に力を込め始めた。震える空気。揺れる大地。グリムフォードの手、腕、足、腹、背……全てが橙色に輝きだした。
「誇れるのはあの世でだがな!」
猛スピードで駆けだすグリムフォード。狙いはディーアだった――
「まずはキサマからだ! 羯弾撃!!」
全力のショルダータックル。回避する間もなく直撃する。最大規模の爆発。あまりの威力に、スピナーとアルマは直視することすらできなかった。
爆煙が晴れた時には、もうディーアの姿はなかった。家々を貫いて、遥か遠くまで吹き飛んだ。惨状から、そうとしか推察できなかった……