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Chapter 1  シトリー

「ここは……どこだ?」


 光一つない無限に続く暗闇。気づいた時にはそこに立っていた。青年は頭を抱え、直前の記憶を辿ってみる。

 ――そうだ。大学の講義が終わった後、夕飯の買い物に行く途中で信号無視した車に轢かれたんだ。しかし、自分の身体を確認しても、轢かれた跡がない。記憶と身体の矛盾が青年を悩ませた。


 目の前が真っ白に染まる――。反射的に瞳を閉じる青年。暗闇を切り裂くような光でその空間が丸く照らされた。

 おもむろに目を開く。明かりの中心に少女が一人、ポツンと椅子に座っていた。金髪に真紅の瞳で、髪は腰ぐらい。服装は昔の人が着ていそうな簡素なワンピースをまとい、ブレスレットやアンクレット、ネックレスといった装飾をいくつも身に付けていた。


 青年は先ほどの出来事を覚えている。

 ――そう、自分は車に轢かれて死んだ。ならここはどこなんだ? あの世か? ならあの少女はさしずめあの世の案内人だろうか?


「************。******!」


 色々思案していると耳に聞きなれない言葉が入ってくる。音の方向からして、どうやら少女が発したらしい。何を言っているかは分からない。だが、手招きをしていることからおそらく「こっちに来い」と言っているのだろう。

 青年は手を伸ばせば少女に届く距離まで歩く。椅子から青年を見上げる少女は不満そうな顔をすると、椅子からすっと降りて立ち上がった。背伸びをして、一生懸命手を伸ばす少女。青年の頭に触れようとしているが、身長差のせいで手が届く気配はなかった。

 少女の目が「しゃがめ」と訴えている気がする。青年は膝を曲げて姿勢を低くした。自身より低い位置に青年の頭が来たことに少女は満足そうな表情を見せた。

 少女の指が青年の額にふれる。その指から何かが自分の中に流れてくるような感覚に青年はしばらく襲われた。


 気づいた時には目を閉じており、何かが流れてくる感覚はなくなっていた。目を開くと、

やはりあの少女が足を組んで座っていた。少女はゆっくりと口を開く。


「これでわしの言葉が分かるじゃろう? 人間」


 青年は驚愕した。先ほどまで話していた理解不能の言語が理解できるようになっていたのである。


「お主にどんな言葉でも理解できるようになる術をかけた。こうしないとお主と話せんからのう」


 呆気に取られていた。なんだかよくわからないが『翻訳〇んにゃく』でも食べさせられたと思えばいいのだろうか。


「わしの名前はシトリー。訳あってお主を呼んだ。で、お主、名を何という」


 その時、青年の頭にハテナが浮かんだ。

 ――呼んだ? 死んだら自動的にここに来るのではないのか?

 他にも疑問は多々あるが、尋ねれば答えが返ってくるかもしれない。そう思って青年はシトリーの問いかけに答えた。


「僕の名前は虎城歩舞こじょうあるま。シトリーさん、でしたよね。あなたは何者なんですか? ここは一体どこですか? あの世ですか?」

「質問が多い多い多い。1つずつ答えるから落ち着くのじ……、なぜあの世だと思ったのじゃ? えーっと、アルマ。お主、死んだのか?」


 明らかに想定外の回答が返ってきた。戸惑ったが、アルマは事実だと思っていることをそのまま話した。


「車に轢かれて気づいたらここにいたから、そう思いました」

「車? 轢かれた? うーん。 ……少し待つのじゃ」


 シトリーは指を鳴らした。すると円形の透明なスクリーンに映し出されたかのように空中に映像が流れだす。どうやら轢かれる直前が映っているようだ。

 アルマもその映像に目を向けるが、衝撃的な映像が映っていた。運転手の爺さんは真っすぐ前を見ていて特段変わりない様子で運転していたのだ。余所見運転でも故障でも故意でもない。最近増えている年寄りの暴走運転でアルマは轢かれたのだ。その事実にため息が止まらなかった。


「なるほどなるほど。確かに鉄の猪が猛スピードでお主に迫っておるな」


 車を鉄の猪呼ばわりとは、いつの時代の人だこの人? そう思ったが口には出さなかった。シトリーが再度指を鳴らすと、投影されていた映像が消える。アルマの方に顔を向けると、明るい表情で、


「ふっふっふっ。安心せい。お主は死んではおらん! たまたまぶつかる直前でわしがお主を転移させたらしい。わしの転移は完全無作為。お主運がいいのう!」


 と言い放った。転移・・とはおそらくここに連れてくる魔法か何かだろう。要するにアルマはシトリーに連れてこられたことで偶然にも助けられたという事らしい。

 アルマはここまでの流れで、自分の理解が及ばない力をシトリーが扱っていると感じ取っていた。


「無作為といってもあなたに助けられたのは事実です。ありがとうございます」

「助けるなんてそんなつもりは毛頭なかったが……、むしろ助けてほしいのはこちらなんじゃが……。うむ、感謝されるのも悪くないのう」

「『助けてほしいのはこちら』? 僕を転移させたのはそのためですか?」


 死んでいないと分かったのはいいが、アルマにはまだまだ聞きたいことは山ほどあった。

 シトリーは感謝されて緩んでいた顔を元に戻して、話を始めた。


「そうじゃ、お主にはやってほしいことがある。魔王討伐じゃ」

 

 これは夢か。いや夢であってくれ。シトリーの力といい魔王といい、まるでゲームやアニメの世界に入ったみたいではないか。自分はオタクと言えるほどゲームやアニメを嗜んではいないけど。そんな考えがアルマの頭を駆け巡った。


「まず、この場所についてから話そう。ここはお主の意識の中じゃ。夢の中、といった方が分かりやすいかのう。わしがお主の中にお邪魔しているのじゃ」


 一応、夢だった。でも夢は夢でも夢じゃない。アルマはとりあえずシトリーの話を信じることにした。真実かどうかは目覚めたら分かると思ったからだ。


「ここが僕の夢の中? では、僕を転移したという話はどういうことですか」

「お主の身体を、お主が住んでいる世界からわしのいる世界に転移した、ということじゃ。わしの世界では今、魔王が全てを破壊しようと魔界から地上に侵攻しておる。わしは世界を越えて魔王を倒せる勇者を探す、お主の世界でいう『すかうとまん』じゃ」

「つまり僕に勇者として魔王を倒せ。そうおっしゃるのですね? さすがに無理かと……」

 

アルマがそう思うのも無理はない。わざわざ他人に頼んでいるということは、少なくとも転移のような魔法が使えるシトリーでも手に負えない存在ということである。


「もちろん、手ぶらで倒せとは言わぬ」


 左手の掌を上にして構えて念じるシトリー。すると掌から水晶玉のような球体が現れ、それを覗き込んだ。


「お主の場合は……。ほう? 相当多いな」


 どこか含みのある笑みを浮かべて、視線をアルマの方へと戻すシトリー。

 そしてこう言い放った。


「莫大な魔力を与えよう。数字にして、およそ80億じゃ」


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