梅雨の夜
三題噺もどき―にひゃくはちじゅうきゅう。
※何個か書いてる「吸血鬼さん」のお話。直近のお話→「夜の昼食」https://ncode.syosetu.com/n9890if/
今朝からずっと、雨音が鼓膜を叩いている。
わざわざ強弱をつけて振り続ける雨は、音楽としては素晴らしいものかもしれない。雨音に混じって、風の音や雷鳴も混ざっているから、今日の演奏会は豪華演出つきという所だろうか。
「……」
おかげで、頭痛のオンパレードである。
耳障りな音が聞こえるたびに、痛みが増しているような気がする。
実際に殴られたことがないから分からないが……まるでこめかみを中心に鈍器で殴られているような感覚だ。
「……」
毎年、毎年。
この梅雨の時期は、こうして体が言うことを聞かなくなる。
大抵の痛みには慣れてはいる方だし……そもそも、人ではないこの身で、人の耐える痛みに耐えかねなくなっているのも、なんだか馬鹿馬鹿しいと思うのだが。
自分の事なのに、どうしてこんなにも、思うようにいかなくなるのだろうと、心の底から疑問が沸いて仕方ない。
「……」
年齢なんてものは、たいして意味を持たないこの身と言えど、脆くなりつつあるということかもしれないが。
若かった頃なんか、こんな痛みに出会うことさえなかった。知らなかった。全盛期だったし、体が順応してたからなあ。勝手に。
つまり今は、それができなくなっているから、頭痛というやつに侵されているんだろう。
「……」
まったく……。
このご時世、人に寄って生きるしかないとはいえ、体内の構造まで人に寄らなくてよかったのに……。
だがまぁ、こうなったのも、また無意識で人に限りなく寄せようとしたからだろう。そうして、この世を生き抜こうとしたからだろう。
「……」
あぁ、でも。
よく考えてみれば。
こう、雨が続く日は昔から苦手ではあった。
雨の音は、嫌いでもないはずなのだが。
どうしても、動こうと言う気にならなかった。
「……」
不思議と、気が滅入るのだ。
気分が落ち込んでいくのだ。
そういう気分に陥ることがめったにないから、対処法なんてものは知らない。
だから。
落ちるだけ、落ちる。
「……」
ずぶずぶと。
泥沼に足を取られたように、動けなくなっていく。
過去の嫌なことを、なぜか思考の中で繰り返す。
「……」
ぐるぐるとめぐりだすと。
それはもう、止まることなく溢れ続ける。
手に負えなくなる。
逃げ道も、逃げ方も、何もかもが亡くなっていく。
されるがまま、流されるまま。
「……」
そしてそのうち。
「――ぁ」
――たい。
「――」
叶うはずもない願いが、内で渦巻いていく。
人ではないこの身では、叶うことのできない願いが生まれる。
黒々としたその願いが、内で渦巻いて止まることなく膨れていく。
「――」
なぜ、生きてしまっているのだろう。
この世に害をなすだけの存在の癖に。
生きていて、生きてしまっていて。
何の役にも立たない、出来損ないなのに、どうして。
こうして、こんなにまで、こんな風になってまで、生きて。
今、ここに居るべきは、父で、母で、兄で、弟で―
「――」
なんで。
僕が生きているんだ。
出来損ないの癖にどうして。
こんな世の中に生きて。
息をしている価値もない癖に。
どうして。
どうして。
僕なんて――――――――
「ご主人!!」
「―――っ!」
ヒヤリと、額に触れる手があった。
思考が不思議と、クリアになっていく。
その冷たさは、死者の持つそれだ。
「―大丈夫です?」
片手に、なぜかしゃもじを持った少年が、こちらの顔を覗き込んでいた。
その顔に、不安は滲ませまいと取り繕っているのが見てわかった。
私が倒れてしまえば、彼も消えてしまうものな。そりゃ、不安にもなる。
「へいきだよ……それより「ほんとですか」
それより、そのしゃもじは炊飯器の上に置いておくものではないかと、ごまかしてみようと思ったが、それは許さぬと釘を刺された。
不安は隠そうとする癖に、嘘は許さないと言う怒りは前面に出してくるのだから、彼がたまに分からない。
そして、敵わないなぁと思う。
一応、主人と従者という立場ではあるのだが、これではどっちが上かわかったもんじゃない。
「ご・しゅ・じ・ん・さ・ま・?」
「……ん。少し、痛みが酷い」
どうやら満足のいく答えを出せたようで、額に当てていた手を放し、立ち上がる。
そういえば、ここはリビングのソファだったと、思いだす。
目を離すと何するかわからないから、自室にこもらないで、ここで休めと言われたのだ。
……全く、ホントにどっちが主人なんだか。
「ご飯は食べられそうですか?」
「少しなら……」
気持ち痛みと、だるさがひいたような気がしたので、応えながらゆっくりと体を起こす。
ん。割と平気になってきたかもなぁ。
あーでも痛みはある。
「……そうですか。なら、食べてから薬飲んでください」
「……ぇ」
にっこりと、いい笑顔を浮かべながらキッチンへと向かっていく。
「Noは聞きませんよ」
「えぇ……」
コイツ、やっぱり性格悪いな。
お題:人・梅雨・炊飯器