懐が大きいと勘違いされた大雑把な魔法師は、我儘傲慢顔だけ皇子を押し付けられたので、そのうち更正させます。
初めまして、こんばんは。
沢山の作品の中からお選び頂き、ありがとうございます。実は年齢制限がない作品は初めてです。
楽しんで頂ければ幸いです。宜しくお願いします。
メイールはふわっとした癖のある柔らかそうな薄緑の髪と瞳を持つ、幼げな顔をした可愛らしい外見の大人の女性である。真っ青な色の衣服を纏う彼女は水属性の魔法を使う魔法師だ。
大陸の中央より北西に位置するローグ帝国に仕えている。性格は属性通り、何にも縛られない自由な気質だ。来るもの拒まずあるがままを受け止める。まさしく水のようなおおらかさ…いや大雑把である。
この大雑把さが災いし、皇家の婚約破棄騒動の渦中の人物となってしまった。
「このっ!こっちが下手にでてれば!…やっちまえっ!」
大きな声が聞こえたと思うと、わぁっという声と共に乱闘が始まった。4、5人が喧嘩をしており、どうも一人に対して複数のようで、中央の人物は多勢に無勢で、押されているが、複数の方がボロボロだ。一人の方が強いのだろう。このままなんとか勝ち逃げかなと思っていると、キラリと光る物が見える。
「…っこの馬鹿がっ。」
思わず水魔法を繰り出し、水圧を高くして鞭のようにしならせた水流で、小刀を出した男を攻撃した。
「うわっっ!!」
男の手の軌道は大きく逸れ、小刀は吹き飛んだ。そのまま小刀は近くの石壁に突き刺さり、大きく振動している。
「やりすぎだろう?複数で恥ずかしいから止めなよ。」
そのまま、小刀男の仲間全員を水の鞭で突飛ばし、撃退した。
その場には水飛沫を大量に浴びて、ずぶ濡れの男が残る。肩で息をし、地面にどさりと尻餅を着きながら、顔の水を腕で拭う。近寄る自分を見ながら口を開く男は思ったより若そうで、水も滴るなんとやらな美貌だった。
「助かった。礼を言う。」
その尊大な言葉遣いに、あー、何だか面倒な相手だなと一瞬思うが大雑把なメイールは気にしない。
「いいよ。そっちもずぶ濡れにしちゃったし。濡れたのは自分で何とかしてくれる?」
本当は水分を飛ばす事ぐらいできるが、そこまですると身バレする危険が高いので、知らん振りをする。助けただけよしとしてほしい。
実は相当ギリギリだったのか、男は疲れた顔でふらふら立ち上がり、メイールに一礼して、よろよろとその場を後にした。
「やばー。調査分の魔力使っちゃったよ。今日の作業は終了だな…作業が遅れる報告しないとな~。」
明日に廻せばいいか、この分早出しないとなぁ…とぼやきながら、メイールも支所に戻った。
これが厄介事の始まりだとは気づいていなかった。
数日後、メイールは高級品街のバロネス地域を見廻りしていた。
メイールの主な仕事は街に張り巡らされた上下水道の点検だ。地道に担当エリアを歩き、水の流れに異常がないかを確認するのだ。お陰で足腰も強くなり、魔力も上がる筋トレも兼ねられている地味な仕事は不人気職と言えよう。だが大雑把…おおらかなメイールは気に入っている。いつもとは言わないが、平和で活気のある様子を見ることができるのだ、幸せだと思っている。
「おっと?!」
水の詰りを魔道具が関知する。水の流れに意識を合わせるとどうやら大量に水が流され過ぎているようだ。その流れを確認しつつ、応急措置に空中に大きな土管を構築し、地面に埋っているものと交換する準備をする。書類に処置時間を記入し、交換しようとしたところで声がかかる。
「それは何をしているんだ?」
若い声に振り向くと、先日助けた男だった。地味だが仕立てのいい服を着て整えられた全身は、決して裕福な平民と言わせない雰囲気を持っている。…作業のこともわからないし、恐ろしく造形が整っていることから、貴族子息なことは見当がついた。まぁ名乗らないなら、知らない振りをし続ける方が楽だなと判断し、作業を続ける。
「水道管の詰まりの一時的処理をしている。このままだと破裂の恐れがあるからね。水道管を部分的に大きくした後、原因の場所に勧告に行く。」
「…なる程。そういう仕事もあるのだな。ご苦労。」
尊大だなと思いつつ、悪気はないのだろう男はにこりとしている。相当な美形だから、きっと社交界では名前は知れているんだろうなぁと思う。平民に両足どっぷりつかっている貧乏男爵家出身の自分には全くわからないが。
「先日の礼に食事を馳走しよう。」
「…説明したように、一時凌ぎの処理中なんで。有難いが辞退させて頂きます。」
男は目を丸くした。そしてアッハッハと、大声で破顔した。
「私の誘いを断るとはなんと贅沢な。貴殿、名前は?」
「こういう時は自分から名乗らないと平民は警戒しますよ?」
「失敬。ジルベールだ。」
ふぅん、第三皇子と同じ名前か。貴族なのに大胆な偽名だな。庶民は皇族の名前なんて知らないと思ってるのか。
「メイールです。」
「じゃあまた誘おう。」
こうして大胆な偽名の美形は割りと頻繁にメイールの前に現れ、仕事に一定時間付き添うようになった。
尊大な態度は相変わらずだが、ある程度弁えてるのか、庶民に対して横暴なことをすることはなかった。知らない事が多すぎて驚いたり豪快に笑うところはまぁ、好感はもてた。そして顔見知りと称する間柄にはなったと思う頃、不穏な噂を職場で耳にする。
「第三皇子と取り巻き達は婚約者の侯爵令嬢を蔑ろにしているらしい。」
「へー。また淑女の鑑と唄われた方を…。高貴な人の考えは分からないね。」
そう言いながらお茶を飲み、メイール達はお茶を飲んで休憩する。
「でも生活に支障がでないなら、貴族の恋愛事には興味がないからどうでもいいかな。そんなことより魔力も上がったし、騎士団との民間合同訓練の噂とかきかないの?ちょっと修行したいよ。」
「メイールは変わってるなぁ。美形皇子と有名な方だぞ?興味ないの?」
「いや、全然。あんまりタイプとかないし。見合い結婚でいいしなぁ、とりあえず今はいいや。のんびり暮らしたいし。」
「ははは、可愛いのに勿体ないな。」
そんな会話をした数日後、メイールは王宮に呼び出されている。城内に雨漏りがあるから、その原因を探れという内容だ。何故私が…と思うが、城の構造は複雑で、水の流れを追うのが得意な一応公務員のメイールの部署に依頼が来るのが恒例で、今回は非番のメイールにお鉢が回ってきたのだ。早速案内係が来て、雨漏り箇所に連れて行かれる。
「ここから、水の流れを辿って頂けますか?」
案内の方をお供にぐるぐる城内を巡る。流石に街中の水道管と違って細いし、流れの癖も違うから、難しい。苦戦しつつも意識を集中させて水の流れを辿る。辿っているうちにいつの間にか許可がいる区域に来たらしく、案内の方に作業を止められる。
「その必要はない。私が一緒に歩こう。」
聞いたことのある声がして、声のする方角を見ると、想像通りの人物が歩いてきた。はー、と思わず大きく息を吐く。
「偽名じゃぁ、なかったんですね。」
横を向いて溜め息をつきながら洩らす言葉にぎょっとした案内係が、私の頭を思いっきり前に倒して謝罪の体勢を取らせて、慌てて謝罪する。
「も、申し訳ございません!勝手に話してしまい…何も知らない下賎の者なのでどうかお許し下さい!」
むしろその謝罪っぷりにドン引きしたが、力強い手が頭を押さえていて、身動き取れない。
「その者から手を退けよ。その者は私の友人だ。」
「で、殿下の…ご友人?!失礼致しました!」
何とも奇妙な状況になった。
水道管の流れを確認するのに神経を集中する為、若干顰めっ面のメイールと隣を歩く美貌の第三皇子。その後ろを会話が聞こえるかどうかギリギリの距離を開けて歩く案内人。通りすがる人が皆不思議な顔をする。殿下の隣の少女は?あの傲岸不遜な殿下が隣を歩くのを許すなんて…。婚約者のレティシア様でさえ後ろを歩かせるのに…。
「…お暇なんですか。初めての場所での作業なんで、神経使うんですよ。…もうお引き取り頂けませんかね。」
「私を誰かと認識した上で、それか。やはりメイールは面白い。くくっ。」
うぇ~、面白い女認定されよ…勘弁して。心の中だけで悪態をつくに留めたメイールは、気を取り直しまた集中する。
いつものように第三皇子、もといジルベールはメイールの作業に飽きもせずにくっついて歩く。時折話し掛けては、適当に相槌を打つメイールに注意することもなく、ただ一緒に歩く。
そんな二人を見る者達は、我儘傲慢顔だけ皇子が怒りもせずに対等に接する少女を何者なのかと思いつつ、我が身可愛さに関わりになりたくないと願うのであった。
周囲の戸惑いを余所に二人は小一時間程、歩く。ふと、ジルベールがメイールに尋ねる。
「メイール、どこに原因がありそうか見当つくのか?」
「ある訳ないじゃないですか。」
「ちなみにこの立ち入り許可制の場所がどこか分かっているのか?」
「分かる訳ないじゃないですか。」
「ふっ…。だろうな。ここは皇族とその婚約者のみが過ごす場所だ。メイールが私の隣を歩いているのだから、皆、内心動揺してる筈だ。」
「はぁ?!仕事なんですが?!」
思わずぎょっとして隣を見ると、ジルベールはにこりとし、体ごとメイールに向き合い、微笑みかける。その微笑みは大変に美しく、物事に無頓着なメイールさえも、拝顔料払わないといけないかなと思う位だ。
「やっとこちらを見たか。さてメイール、一時間あちらこちら一緒に歩いたから、直ぐに噂は広まるだろう。淑女の鑑と言われる婚約者を差し置いて、皇族エリアで私がメイールををエスコートしていたとな。」
あ~?、面倒な事に巻き込まれそうだ。いや、もう巻き込まれたか。
メイールはジルベールの言に、遠い目をして溜め息をつく。それを見たジルベールは怒るどころか機嫌良く、笑う。皇子の機嫌の良さに益々周囲は驚いた。だがメイールは大雑把なだけでなく、なるようにしかならないと無駄に諦めが早く、切り替えも早かった。きっとこんな噂は一瞬で消えるだろうと考え、ジルベールに見送られ皇族エリアを出た。
流石皇城、一日では廻りきらず、2日がかりの作業となった。結局雨漏りは昔の皇族が金をつぎ込んで無理に作らせた屋上庭園の排水が原因だった。修理は大掛かりなものになるので、メイール達ではなく、土木事業部の管轄となった。もう皇城に上がらなくていいかと思うと、安心したメイールだった。
そして日常の生活に戻り、いつものルーティンワークの見廻りをし、果実水を飲み休憩しているところにジルベールがやって来た。
「ほんとは、あなた、絶対暇ですよね…はぁ。」
正体がばれたというのに、まだ付き添うつもりなのか、いつも通りの地味な服装でやってきた。
「そなたこそ、ほんと、豪胆だな。身分を気にしないのか?」
目を細めて口端をあげる言い方に一瞬ムッとするも、流して答える。
「いや、だって、…ジルベールは庶民には優しいじゃん?皇族として振る舞うことないし。いいとこの坊っちゃんってのも隠す気もないせいか、街中でも分からないことも堂々と晒すし…尋ねるし。だから私を罰しないと踏んだんだけど、違う?」
片方の眉毛だけを上げて、正解だとジルベールは告げる。
「まぁ、私の息抜きだ。これからもよろしく頼む。」
「はぁ…まぁ仕事の邪魔しないなら…。」
嫌じゃない、という言葉は伝えなかった。一緒に街を見廻りするのは楽しかったし、当たり前のことを何にも知らない男が目を丸くして、尊大ながらも露店商主人に教えを乞い、キラキラした目をして新しい事を吸収する様は見ていて気持ちがよかったからだ。
そして二人での見廻りが前より頻繁になり、ジルベールも住人から声をかけられるようになった頃、ジルベールが真実の愛を見つけ、その身分の低い少女を婚約者にしようとしているという噂が聞こえてきた。
「皇子の我儘傲慢は城では有名だからなぁ、そのうちレティシア様が酷い目に会わなければいいけれど。」
「え…ジルベール皇子って、我儘傲慢な方なんですか?」
態度は大きいが、一緒に歩いている時はそこまでには見えないので、ちょっと驚いて、噂話をしている部長に聞き返す。
「メイール珍しいな。貴族の噂に興味を持つなんて。っていうか、結構有名な話だぞ?貴族のお前が何故知らない?」
部長は半ば呆れた様子で聞き返す。
「え…だって、学園に行くお金もなかったぐらいですから、貴族って名乗るのも烏滸がましい家なんですよ。知るわけないですよ。」
「…そ、そうか。苦労したんだったな。」
そして部長は数々の噂を教えてくれる。一度ミスをした部下をすぐ左遷した。城内の自分のお気に入り備品が仕様変更したことに怒り、担当と新しい業者をクビにしたとか。見目よいものだけ優先するとか、色々あるらしい。特に婚約者には元々冷たく形式的だとのこと。
なんだろう?庶民にはそこまでじゃないのに、貴族には高圧的なのかな?でも…。
「…婚約者の方はそんな人と結婚しない方が幸せなんじゃないですか?私、女の子の味方なんですよねー、基本。」
「あはは、そうだなぁ。上の皇子方が優秀だから帝国としては問題ないだろうからなぁ。」
「しっかし、平民の少女にねぇ。いやぁ、ほんと暇な人だ。」
「え?なんか言ったか?」
「いや、なんでもないでーす。」
少女なら、自分じゃないだろうし、放っておくか。しかし、自分の業務に付き合って庶民見学してる上、浮気もしてんのかぁ…暇だなぁ、悪いやつじゃないんだけど、馬鹿なのかな、今度ガツンと言ってやるか。メイールは面倒くさがりだが、自分より若い者には面倒見がよかった。
そんなことを思ってしばらく平和な日を過ごしていたメイールは皇宮に呼び出された。今度は第三皇子からの召喚状で、御前に上がる用にと魔法師のメイールの正装である真新しいローブが贈られてきた。そして何故か侍女も送り込まれ、めちゃくちゃ身なりを手入れされた。磨かれたメイールは侍女と一緒に馬車で出掛けた。
ちなみに召喚状には呼び出し日時と会合に同席せよとだけあった。何の会合かは書いておらず、首を傾げた。侍女に聞いても分からないとのこと。メイールは腹を括って出掛けた。
そして御前にあがって早々、どこかへ連れていかれ、訳がわからないうちにこの場面である。
「…婚約破棄とする。これも国の為である。但し、キミの長年の忠義に報いる為に、別途新しい婚約を皇家が繋ごう。」
斜め後ろから見ている限り、よく表情は分からないがジルベールは全く温度が感じない声音だ。ここから見える美しい婚約者は楚々としていて女性の自分からみても素敵だ。そしてきっとまだ10代だろうに、こんな婚約破棄だなんて。ほんとジルベールはバカだな。
そのままジルベールは婚約者が嫌っている男を新しい婚約者に据えるという非人道的な事を言い出した上に、苦言を呈したその騎士ユーネスを大勢の近衛に命令し、縄をかけて、口を塞いで床に転がした。
「レティシア、良い縁談に声も出ないか。くくっ…流石に大人しいな。明日…昼にでも迎えを寄越そう。鍵をかけ、人払いを。…嫌いな男と一晩楽しめよ?」
可哀想に…黙って俯くその婚約者を置いて、部屋を出て、鍵をかけやがった。
「済まなかったメイール。驚いただろう?」
「そうだね、驚いた。」
メイールは歩きながら少し俯いているので、ジルベールから顔は見えない。だがジルベールは抱いていた想いを伝える為に続ける。
「これで私は自由になれる。考えてはくれないか?…私との…今後を、一緒に歩いていく道を。」
「あぁいうのはさ、事前に言うもんじゃないかな。いきなりすぎるよ。」
慌てたジルベールはすまない、と謝り、言葉を尽くし、誠実にメイールへ愛を乞う。
「どうか、ここでじっくり私の事を考えてほしい。メイールを想って部屋を用意した。明日…返事を聞きに来る。おやすみ、メイール。」
用意された客室でメイールは寛ぐために、ベッドにダイブする。そしてごろりと仰向けになり、考える。
あー、これ、流石にないよな。メイールは独りごちた。返事はメイールの中では決まっている。段取りを考え、メイールは丁寧に準備をし、折角だからと客室を堪能してゆっくり過ごした。どうせ明日はジルベールとの対面は昼頃だろうと予想していたから、殊更のんびり過ごした。
そして予想通り、ジルベールは昼過ぎに来た。
少し顔色が悪いようだが、想定の範囲内なので問題ない。
しかしメイールがそのように思っていることを知らないジルベールは遅くなったことを詫び、父である皇帝と面会をしてきたと理由まで素直に話し、再び謝罪した。
メイールは気にしていないこと、きちんと誠実に話してくれたことを喜び伝えた。そして居ずまいを正して、ジルベールに向き合う。
「ジルベール…。私からも伝えたいことがある。きみは庶民にはおおらかだよな、私がこれからすることはきみを大切だからすることだ。不敬を許してほしい。いいかな。」
「ん?…勿論だ。…私の…愛しいメイール。」
美しい柔らかな笑みを浮かべ、ほんのり頬を染めたジルベールに、メイールも愛らしい微笑みを浮かべる。
「ありがとうジルベール。…歯、食いしばれ。」
「は?」
瞬間、メイールは身体強化魔法を体にかけ、利き手の右手でジルベールの顔面を思いっきりぶん殴った。それはもう、思いっきり。
轟音と共にジルベールは壁を貫通し、廊下の壁でようやく止まった。めり込んだ部分から、カラカラと煉瓦が崩れ落ちる。
ジルベールが貫通して空いた壁の穴を跨いで、メイールはつかつかと一直線にジルベールの傍に寄った。
「粋がった若造が何て事してんだ?あん?」
「め、メ…イー…ル…?なに…を…。」
呻きながらも、ジルベールの意識はあった。ごほっと咳をすると吐血したので、骨が内蔵に刺さったらしいと分かる。
殴った右手をプラプラと振り、あー、痛かった等と言いながらメイールはジルベールの怪我を軽くする為に治癒魔法をかける。あくまで治すわけではない、お仕置きは継続中だ。近衛は呆気に取られている。
「昨夜は大勢の前だから黙っていたが、ジルベールには皇帝陛下が決めた婚約を勝手に破棄できる権限はないだろう?しかも女性に無体を働くとは有り得ない!!…いや…ジルベールに婚約破棄された方が、あの少女にはいいことかもしれない。」
「し、少女って、それに若造って…メイールは同世代だろう?」
口端を伝う血を拭い、困惑しながらジルベールは尋ねる。
「はぁ…ジルベール、私が幾つだと思っている?外見だけで決めつけたりするところが既に駄目なんだよ。」
「え…俺と同じ20才前後じゃ…。」
「…知らないのか?魔力が多いものは外見が若いと言うことを。さっき治癒魔法もかけてやったろう?身体強化魔法も見せたし、水魔法も見せてるよな?…これだけ見ていたら、気付くと思ったんだけどなぁ。私は29才だ、間もなく三十路だ。」
「え、そ、そんなに?信じられない。」
ようやく立ち上がりながら、ギョッとしてこちらを見るジルベール。ほんと、失礼だな。一から教えてやんないとだめだなぁ、これ。
「私の答えを伝えよう。『ジルベールとの今後、一緒に歩いていく道』の答えはイエスだ。」
「えぇっ?!殴ってる位怒ってるのに?!」
近衛も驚いている。
「但し、私は上司でジルベールは部下だ。」
「え?」
「陛下より、先程カスケード領を治めるように下知されたろう?監督官は私だ。あの、色んな事が起こる大変な地を治められるよう、一人前になるまで私が一緒に歩こう。魔獣討伐に荒くれどもの抑え方。住民とのやり取りはまずまずだから、これはいいな。」
ジルベールは理解出来ないと顔に出しながら、恐る恐る尋ねる。
「メ、メイール?…貴殿の正体は…。」
「帝国魔術師団特別認定師だ。聞いたことぐらいあるだろう?素性も人数も特定させていない、特別部門だ。国の有事以外は動かないし、本人に裁量も案件選択も任されている。ジルベールの事以外はきっと私は一生動かなかったろうなぁ、面倒だから。ちなみにこれが認定証だ。」
そう言ってメイールは指先で紫色のグラデーションの炎を作り出し、その炎を掌を合わせて作り出した水の大きな球体に入れた。すると反応が起こり、その炎は帝国の紋様を背景に「帝国魔術師団特別認定師 メイール·クライブ この者には身分問わず国家有事の際には全ての権限を委譲する 但し裁定が公正ではない場合はその存在及び5等親親族は瞬時にこの世から抹消される」という文字を浮き立たせた。
「陛下と宰相閣下しか見たことがないから、そこの近衛もラッキーだったな?」
指された近衛は顔を青くしたり赤くしたりと忙しない、まぁ無理もないかもしれない。権限も凄いが不正を働いた場合の罰が恐ろしすぎるからな。聞くだけでも怖いもんな。
「というわけで、婚約者ではないが傍にいよう。さぁて、職場に部署変更届けを出さなくちゃな。あ、私は上司だが今まで通り、呼び捨てで構わないぞ?」
メイールはふふふと花が綻ぶように笑った。
その後、元婚約者が嫁入りの為に出国したのを見送った後、ジルベールとメイールは任地のカスケードに向かった。着任早々、びしびししごかれ、強制的に気力体力を使わされ、心を折られ、一年も経つ頃にはジルベールは更正した。
余談だが、数年後にはジルベールは立派な領主となり、独り立ちが認められた。同時に改めてメイールにプロポーズをしたそうだ。結果はまぁ想像してほしい。
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