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ティアドロップ;オンステージ  作者: だいこん
第4章《後編》 眩き魔王
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第69話 約束未満


 外に振る雨は、未だ止まず。

 雨足も弱くなったり、強くなったりをしきりに繰り返している有様で、不安定な空模様がいっそう憂鬱な気分を加速させる。


 そんな中、今日は泊まっていったらどうかしらとミゼリアさんから申し出てくれたのは、私たちの浮かない顔を見かねての事だったのかもしれない。戦いで蓄積した疲労にこの雨足をかんがみれば、断る理由はなかった。


 一方、手元にある携帯用転移石を使ってすぐに帰るという選択肢もなくはなかったが、誰もそれは言い出さなかった。


 街に帰るという事は、すなわちサジとミゼリアさんに別れの時が来てしまう事を意味する――誰もがそれを理解していたから言い出さなかったのだと、私は勝手に思っている。


「……ね、ねえサジ」


 隣を歩くメロが、おそるおそる廊下脇に飾られた鎧を指さす。


 ひと段落ついた私たちは途端に手持ち無沙汰になってしまったので、夕飯まで各自自由行動という事になった。今の私はメロとサジ、それからミゼリアさんと一緒に屋敷内を散策している。


「この鎧って、もう動いたりしないよね?」

「大丈夫。今は飾りと一緒――」


 瞬間、がたりと鎧が動き出し、重々しく一歩を踏み出すと同時にメロが私の腰に抱きついた。


「ぅわあっ!? ちょ、ちょっとサジ! 今ウソついたでしょ!?」

「……メロ、ごめんなさい。この鎧は屋敷内の監視と警備を兼ねた、いわば警備兵のようなもの。あなた達が来た時も、この子達は襲い掛かってきたでしょう? 家の者が認めた相手でないと、動き出して追い出す仕掛けになっているの」

「そ、そうなんですね……メロ、もう大丈夫だから。ね?」


 背中をさすって声をかけると、メロがおずおずと体を離してくれた。同時にミゼリアさんの前に歩み出た鎧が礼儀正しく頭を下げ始める。


 その仕草には目上の人に挨拶する時のようなうやうやしさが滲み出ており、妙な人間らしさを感じてしまう。


「……異常ないみたいね、ありがとう。広間が少し散らかっているから、掃除に行ってもらえないかしら?」

『――!』


 いったい、どうやって意思の疎通そつうを図っているんだろう。


 ミゼリアさんの指示とねぎらいの言葉にガッツポーズを返し、心なしか意気揚々とした足取りで鎧は歩き去っていく。雨音に交じる金属性の足音が、今だけはすこぶるシュールなものに聞こえた。


「え、アレ、中に人入ってないんだよね……?」メロの語気に困惑が入り混じる。「メロと同じオートマタ……には見えないんだけど」

「あれは”魔物鎧”。魔法を使った時に出る魔力の残滓ざんし――簡単に言うと、残りカスを鎧に集めて、駆動させる鎧なんだ」

「魔物鎧……? サジ、なんで魔物?」


 反射的な問いかけにサジは廊下脇に配置された鎧を流し見ながら、


「魔物は大気中に漂う魔力の残滓が集積して出来た、”残りカスの塊”だから。魔物が動かしてる鎧……だから魔物鎧。そんな感じ」


 魔力のカスが集まって出来たのが魔物――思いがけず説明された魔物の成り立ちと、魔物鎧と言う名前の由来を私はゆっくりと頭の中で咀嚼そしゃくする。

 さして興味がある事柄ではなかった一方で、知識として覚えてしまうと感心してしまう自分がいた。


「ねえルキ」雨音に耳を澄ませながら歩いていると、メロが服の裾を引っ張ってきた。「あの扉、なんか雰囲気違くない? 他のと比べて」


 言われてみればたしかに、と思えるくらいには特徴的な扉だった。


 色はこれ見よがしに赤く、その上やたら豪華な金の装飾が施されている。斜め下に描かれた緩やかな傾斜の先にあるその扉は、おそらく地下に繋がる扉だろうか。気になって、私はミゼリアさんに問いかけた。


「ミゼリアさん。あの赤い扉がある部屋って、いったい何なんですか?」

「ああ……入ってみる?」


 ふっと息をこぼし、柔らかな、それでいてどこか楽しげな笑みが向けらる、


「結構広いから、もしかしたら驚くかも」




 扉の先で待ち受けていたのは、ささやかな魔石証明が照らす通路だった。横幅はそれなりにあるものの天井は低く、構造的には映画館で入退場する際に使うトンネルのような通路に近い。


 ほどなくして突き当りに待ち構えていた扉を開けると、


「……すご」


 数多の客席を従えた大舞台――ステージが、視界の真ん中に映り込んだ。


 客席や内装はいわゆる歌劇場、あるいはオペラハウスに近い洋風で、舞台上はコンサートステージを思わせるやや現代的な作りになっている。舞台奥や袖、天井には照明も配置されており、かなり本格的なセットである事が伺えた。


 広大な空間に見合った、広々としたステージ。荘厳(そうごん)な内装と相まって、目の前にいるだけで圧倒されてしまう。


「あれ、瑠稀もここに来たんだ?」


 (なか)ば目を奪われていると、すぐ傍から声を掛けられる。葵さんだ。たぶん私たちより先に来て場内を見学していたのだろう、相槌を返すのに少し間を作ってしまった。


「あ……どうも。葵さんも来てたんですね」

「うん。割と目立ってたし、何があるのかなーって思って来てみたら……まあ、驚くよね。広いし、なんか豪華だし」


 指の甲で髪の毛を撫でながらの言葉に、たしかにびっくりですよねと月並みな返事を返す。興味がなかったからではなく、むしろその逆――一度ステージに立った身として、胸の内では興味という名のさざ波が立ち始めていた。


 比べるまでもなく、私の記憶にあるライブステージはこの空間よりも狭い。

 四人でフォーメーションを切り替えながらダンスをしていたのだから、実質的な動けるスペースはもっと小さかった。思い返すたびに心臓がどくん、と鼓動を打つ。


「ルキ、アオイ~!」いつの間に上ったのか、ステージ上からメロの声が飛んでくる。「ねえ、ステージの上すっごい広いよ~! ほら――!」


 真っ白なステージの上、スカートをひるがえしながらメロが回る。大きく手を広げ、片足を軽く上げ、声に喜色を滲ませながら。


 なぜだろう。その無邪気な姿から、私は目を離すことが出来ずにいた。


 艶気(つやけ)のある声に耳を揺さぶられた時、私はようやくミゼリアさんが隣に来たことに気が付いた。この空間に足を踏み入れてから、どうにも落ち着かない。


「楽しそうね、あの子」

「……ミゼリアさん」

「この歌劇場は、お母さまが発案して作られたものなの。お屋敷の中に、もっとみんなが楽しめる空間が欲しいわ、って」


 ここではない、どこか遠くを見つめるような視線がステージに注がれる。そうしてミゼリアさんは、昔を懐かしむように語り始めた。


 世界が平和になってからはこの歌劇場に歌劇団や名のある音楽家たち、時には劇団を招待して鑑賞会を開く事があった。家族だけでなく、名も知らぬ一般の人々を呼び寄せたりもして、場内を包む熱気は一時期凄まじいものがあったらしい。


 私と葵さんが相槌を返すとミゼリアさんの語り口は徐々に饒舌じょうぜつになり、


「お父さまとお母さまが亡くなってからはご覧の有様だけど……今でも掃除や管理は、鎧たちと一緒に続けているのよ。でないと思い出までほこり被ってしまいそうで……それが嫌だから、綺麗なままにしてる」


 閑散とした、しかし華やかさを損なわないままであろう歌劇場内に言葉が落ちる。

 郷愁(きょうしゅう)の念が垣間見えたのはおそらく気のせいではない。同時にその気持ちは、私にも理解できるもののような気がして他人事とは思えなかった。


『――いつか見てみたいな。ルキの歌ったり踊ったりするところ』


 ひとつ。

 脳裏に浮かんだのは、メロと交わした約束にも満たないやり取り。


『――きっと俺は、残るもんがあってほしいんだと思う。それが言葉でも、思い出でも、そいつが前に進むための力になってくれれば、って』


 ()いで思い浮かんだのは、シドウさんが語ってくれた想い。


 曖昧な約束。残るもの。

 そしてもう立つ事は無いと思っていた、あのステージ。


 サジとミゼリアさんは、明日になれば別れの時が来てしまう。

 加えていつ、どこでメロにパフォーマンスするのかという懸念を解決できる位置に、ここはもっとも近い気がした――ううん。


「……っ、ミゼリアさん」


 不安、葛藤、緊張、トラウマ……それでも私には、届けたい想いがある。

 答えはもう、目の前にあるじゃないか。


「このステージ、明日使わせてもらえませんか――?」


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