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ティアドロップ;オンステージ  作者: だいこん
第4章《後編》 眩き魔王
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第67話 成すべきこと《後編》


 夢。

 ミゼリアの口にした言葉を頭の中で反芻はんすうし、サジは黙考する。


 視線を落とした先にある空色の刃には己の顔が映し出されていた。どこか釈然としない、納得からはほど遠い己の顔を。だからこそ、サジには分かってしまった。


「……やっぱり」

火炎窓帷(フレイムカーテン)――!」


 話は終わりだとでも言わんばかりにミゼリアは後方へ宙返りし、着地と同時に床へ手をつく。


 業火の唸りを上げて形成された炎熱の窓帷そういは、(かたわ)らに控える鎧たちの援護を受けて差し迫った。雷の円刃、岩塊の弾丸、二色の魔法が一枚壁に色を添える。しかし標的であるサジの意識は、別の方向に向いていた。


「やっぱり……違う」


 体にひねりを加えて横へ跳び、前髪越しに見るは正面の鎧二体と、常にミゼリアを護衛するよう立ち回る漆黒の鎧。特に後者の鎧はひと回り大きく、端々に施された金色の装飾と相まって他とは一線を画した風格を誇っている。


 しかしそれを一瞥いちべつするのみにとどめ、サジはすぐさま正面、ハルバードを失い空手からてとなった二体の鎧に意識を向ける。それぞれの手に形成された魔力の刃は、失った武器の代わりのつもりなのだろう。


 刀身に雷をほとばしらせて突きを放つ一体に、サジの視線が突き刺さった。


「っ――!」


 目には目を、歯には歯を――そして、突きには突きを。


 針のように細い白銀の切っ先が、雷刃の先端を受け止める。剣を水平に構えてから放たれる突きは的を射貫くように鋭く、速い。


 か細い金属音をささやきながら拮抗する力と力の均衡は、しかし、いともたやすく破られた。


岩塊(ロック)――刺突(スティンガー)!」


 白銀の刃に砂塵が纏われた直後、より大きな力を上乗せして放たれる、追いの突き。砂塵と魔力は螺旋状の渦を巻き、濁流となって鎧の胴体を壁面に叩きつける。さらに、


「そっちのも、見えてる」


 鍔迫り合いを制す間に回り込んでいた鎧を、サジは見逃さない。

 空色の剣を右肩越しに放り投げると、鋭い横回転を刻みながら背後へ回り――鋭い斬撃を奏でた後、足元に鈍色にびいろの頭部が転げ落ちた。


「あっという間に残り一体……」


 残る鎧は漆黒の鎧、ただ一体。しかし半美のこぼした呟きに触発されてか、視線の先で行われる攻防はいっそう目まぐるしいスピードで展開され始める。


「くっ、まだっ……!」

「……終わらせる。これで」


 熾烈(しれつ)に、流麗に、かつ激しく……空色と白銀の剣閃が織りなすは、女と鎧の即興劇。


 金と銀、鎧の腰から抜刀された二振りの剣が戯れるかのように斬り結ばれ、つかず離れずの距離から放たれる魔法が華を添える。

 時折ミゼリアが消えては残す花弁は宙を駆ける閃きに裂かれ、舞い落ちては荒々しく踏みつけられていく。


「地に足ついてない感じは、何となくしてたけどさ」


 息もつかせぬ剣劇の合間、独りごちたのは葵だった。

 儚くも透明な、常人では持ち得そうにない人離れした雰囲気。サジと共に過ごした時間が不意に脳裏をよぎる。


「サジはファンタジー(異世界)の魔王……その子供って事、なんでしょ?」


 その問いかけに剣と魔法の嵐は答えない。

 否、むしろ眼前の光景こそがなかば答えのようなものだと言えるだろう。


 白銀の剣、その柄頭つかがしらをつま先で蹴り上げ、頭上に舞うそれを素早くつかみ取る。着地の勢いを乗せながら二刀で斬りつけ、さらに多方向から怒涛の連撃を浴びせて鎧を蹴り飛ばす。幾重にも連なる蒼き剣閃は、鋭くも美しい軌跡を宙に描いていた。


火炎飛槍(フレイムジャベリン)!」

「……!」


 無防備な背後に向けられたほむらの飛槍、しかし、サジの頭上に輝く光輪から飛び出した笹型の刃が背中を護る。


 薄く伸びた数枚の刃は、意思をもったかのように飛び回って飛槍を払い、


水流疾走(アクアダッシュ)――」


 だが、それを見てなお、ミゼリアは怯むことなくサジに向かってくる。


 足元に水をみなぎらせ、氷上のアイススケーターを思わせるしなやかな滑りで華麗に肉薄。距離を詰める過程で乗った勢いは、そのまま破壊力へと転化される。


「――ブレイド!」


 離陸と同時に宙を舞い、浴びせ蹴りのように振り下ろされる蹴り足にはひと際大きく、鋭く。優雅なる桜色の凶刃が輝いていた。


「……なるほど」


 ひと目見るだけでサジには分かった。あの美しくも可憐な刃こそが、ミゼリア渾身の一撃なのだと。


 なればこそ――こちらも全身全霊の一撃をもって応えねばなるまい。


 心を決め、空色の剣と笹型の刃をすべて魔力に変換、白銀の剣へと注ぎ込む。そうして出来上がったのは、刀身を一回り大きく、鋭利に伸ばしたあおき長剣。

 透き通った刃が白銀を覆い、澄み渡るような蒼は見る者に蒼穹そうきゅうを思わせた。


「やああああああぁぁっ!!」

「――っ!!」


 ぶつかり合う桜と蒼、重なり合う瞳と瞳。

 刃が噛み合う瞬間に生じた風圧は凄まじく、周囲にあるものを一斉に揺り動かす。


 力を、魔力を、互いのゆずれない想いを刃に注ぎ込み、


「っ!? うあぁっ……!」


 砕けたのは――桜色の刃だった。

 欠片と化した魔力は宙を舞い、白と桃色の花弁に変わって降り注ぐ。振りぬかれた剣の衝撃に吹き飛ばされ、ミゼリアは数度転がったのち地に伏した。


 (きびす)を返し、サジは節々をきしませた鎧にゆっくりと歩み寄る。手にした刃に、今一度輝きを灯しながら。


「ひとつ――」


 一刀。

 銀剣を砕くは、左へ薙がれた蒼き刃。


「ふたつ――」


 二刀。

 肩から振り下ろされた刃が金色を折る。そして、


「――これで全部だ」


 幕引きの三刀目。

 両手で握られた柄を上段から振り下ろし、鮮やかな剣閃が漆黒を叩き斬った。


 頭部が転げ落ちたのを皮切りに、手、腕、胴体と、糸が切れたかのように鎧はその体を崩壊させていく。その様を眺めていたミゼリアは散々切り裂かれた花弁の上に、力なくへたりこんだ。


「…………結局わたしは、何もできなかった」


 己の手駒はもういない。

 何よりもサジとの力量差を体感し、なお立ち向かえる勇気がミゼリアには残っていなかった。弱々しく呟く姿にもはや覇気はなく、瞳には自ずと諦めの色が宿る。


「……姉さん、先に謝っとく」鞘を拾い、サジは剣を収める、「勝手に家を出てごめん。それから今日、姉さんがおれを頼ってくれた時、正直嬉しかったよ。魔王になれって頼みはやっぱり聞けないけど、俺の中ではずっと……姉さんは我慢してる人だったから」

「……我慢?」


 戸惑いの表彰を浮かべるミゼリアにサジは続けた。


「姉さんが何かを我慢してる時って結構分かりやすいよ。”でも”とか”たぶん”って言葉を、急によく使うようになるから」


 己が抱いている夢をサジに語る時。そして戦いの最中、自身の胸の内を吐露とろする時。面と向かって指摘されれば、なるほどたしかに自分はその言葉をよく使っていた気がする。いや、事実使っていたのだろう。


 ミゼリアが言動を振り返っていると、サジの頭上に輝く光輪が儚く消えた。


「姉さんが本当に思ってること……おれは知りたいよ」


 言いたいことが素直に言えるのは、半美のかけてくれた”おまじない”のおかげだろう。ふと香ったアルコールの匂いがサジに戦う前の事を思い出させる。


 内にある想いを紡ぐなら、タイミングは今をおいて他にない。直感すると同時に、サジの唇は再び動き出していた。


「おれの考えた成すべきことは――困ってる人を助ける事だから」


 愚直な、しかしどこまでも純粋な想いだった。


 困ってる人を助けたい。ともすれば幼い子供が抱く夢のようにも聞こえる言葉である筈なのに、なぜだろう。その言葉は今のミゼリアにとって、暗闇に差す一筋の光のようにあたたかかった。


「……わたしは……本当は、寂しかった」


 ガラス窓から泣いているような雨音が聞こえる。


「お父さまもお母さまもいなくなって、他の人たちも自分の生き方を探すために、屋敷を出て行ってしまった。サジ、あなたまで変な書き置きを残してっ……! わたしだけ、たったひとりぼっちでこの家に残されて、わたしは――!」


 蓋をしていたはずの想いが、感情が、口にするたびどんどん膨れ上がってゆく。ミゼリアは裏返りそうになる声を整え、瞬間、


「もう一度……みんなと過ごしたかった……っ!」


 ひと筋、涙が頬を伝う。

 雨はまだ止まない。しかし、窓に張り付いていた二枚の花弁を落とさぬようにか、雨足はいつしか穏やかさを取り戻していた。


『……オレもいるんだぜ。ミゼリアちゃん』

「いるのが当たり前だから、”あえて”だろ。胸張っとけ」


 すすり泣く声はむやみに耳に入れるものではないだろう。一羽のカラスと一人の男、そして二人の少女はただ耳を澄ませる。


 この空間を包み込む、優しい雨音に。


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