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ティアドロップ;オンステージ  作者: だいこん
第3章 トラウマ≒思い出
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第42話 嘘つきの二言《後編》


 この口調はいつやめるべきなんだろう。

 今すぐにか、それとも機を見計らって――?


 会話を重ねるたびに自分の輪郭がぼやけていく。人格がふたつ出来上がってしまったみたいだった。頭の音が消えず、思ったことが素直に言える。コミュニケーションが普通にとれるという喜びに負けて、私は怪我の功名に甘えてしまった。


 冷静になって考えれば、重苦しく考える必要はないのに。


 ばったりと出くわした私たちは、何とはなしにギルドへ向かった。ゴスロリ服を着た女の子がメロで、白い髪の男の子がサジ。名前については今さら確認するまでもないけれど、メロはいきなり私の事を下の名前で呼んできた。


「ハナエ、アオイ――じゃあメロはアオイって呼ぶね。よろしく!」


 差し出された手は、言わずもがな握手の意思表示。距離の詰め方におののく私の横で、サジは「おれは葵さんって呼ぶよ」と一言告げる。


「……お前ら、ヒマか?」


 ギルドの一角にある、カフェスペースで雑談していた時の事だった。


 声を掛けてきたのは彫りの深い顔立ちに無精ひげ、くせっ毛なのかそういう風にスタイリングしてるのかわからない髪型の男の人。その人は「俺はシドウ」と手短に名乗ると、私たちの目につくようテーブルに一枚の紙を置く。


 『カフェ開設に伴い、従業員募集中』という文言を見れば、求人の誘いである事は空腹で頭が回っていなくても理解できる。


「こういうの興味ねぇか? 今、人を集めてんだ」


 あるわけがない。私は元の世界で三ヶ月勤務していたファミレスのバイトをクビになったばかり――いや、ばかりというと語弊があるかもしれないが――で、接客業はしばらくもうやらないと決めている。私には、荷が重すぎる。


「へぇ、なんか面白そう……! メロ、やってみてもいい?」

「えっ」

「……おれもいいかな。力になれるなら、ちょうど住む場所も探してたし」

「えっ、ええっ」

「お、即決か? こりゃ幸先がいいな……! よし、じゃあまず、ここに名前な」


 この二人は接客業の怖さとストレスを知らないのだろうか。ひっきりなしに来店する客と慌ただしくホールと厨房を往復する時間を思い出すと、未だに胃がきりきりと傷みだす。


 丸っこくて可愛らしい筆跡がメロ、髪の毛のように細い筆跡がサジの名前を書きつづる。狼狽(うろた)えている間に外堀が埋まってしまった。詐欺かもしれないのに。そう思いながら、勝手に疎外感を感じてしまう。


「メロと、サジか。ありがとよ。助かる」シドウさんが満足げに頷くと、「で、そっちのは?」

「ファ?」


 ――落ち着け、焦るな。まずは契約内容を確認しないと。


「ま、まずは書面を確認させて頂いてもよろしいかっ!?」

「お、おう!? そんな慌てて決めなくても大丈夫だぞ……?」

「えへ。なんだかアオイ、凄いやる気だね♪」

「……そうかな」


 ふんだくるようにして紙を奪い、上から下まで目を通し、小さな字で不都合な事が書かれていないかまで速やかに確認する。三度読み返そうとしたところで、これは徒労なのではないかと結論が出た。


 細かい注意書き、ほぼなし。


 詐欺を匂わせるような事柄も、少なくとも私が目を通した限りでは記載されていない。シンプルに人を募集する事しか書かれていなかった上、乱れのある筆跡から察するにこの求人はシドウさんの手書きだ。


 こんな事があっていいのだろうか。いや、私が元の世界の常識で考えすぎているだけなのか――?


 考えがまとまらない。大きな声を出したおかげでストレスはないけれど、空腹が思考の邪魔をしていた。頭が、考える事を嫌がっていた。


「ねえ。あそこの受付にいる女の人、おしゃれじゃない?」

「誰? ……ああ、あの黒い着物着てる」


 今さら、奇妙な縁だと思った。たまたま会っただけの私たちが共同生活を送ろうとしている。でもこの糸を手繰り寄せれば、食いっぱぐれる事は無いだろう。


「お……?」


 もしかしたら、いつか。


 三人が話しているワイは”作ってる自分”だって事がバレて、がっかりされて、ひどい目に遭う日が来るのかもしれない。悲喜こもごもの想いを走らせるペンにぶつけながら、ふとそんな事を考える。


「……お待たせ、しましたぞ」


 紙を差し出すとシドウさんは紙面に目を通し、


「ハッ……この中で一番、字が綺麗かもな」

「ぬ?」

「メロ、サジ、アオイ。三人はそこで待ってろ、俺ぁこいつを提出してくる――」


 カフェの開設申請が通ったという報告を持ってきたのは、それから間もなくの事だった。


 心を偽り、嘘をつきながら生活する。

 きっかけが滑稽こっけいなら、仮面をかぶり続ける理由もまた滑稽だった。


 私は――





 映像が切り替わる。


 映し出されたのは注文を間違え、会計時には何を言ったのか聞き返されて困ったような表情を浮かべる葵さんの姿。それでもメロやサジ、シドウさんがフォローに入っては場を持ち直す。


 また映像が切り替わると、今度は葵さんの目線で会計帳簿を記入する手元が映された。お世辞でもなんでもなく、葵さんの字は綺麗だった。字のバランスがよく、文章で見ても全体の調和がとれている。


 アオイの字って綺麗だよね、サジのは髪の毛みたいに細いのに。メロだって字が丸っこくて、線が引かれてないと文章まっすぐに書けないだろ。聞こえてくる声に、目の前にいる葵さんは本棚から体を離す。


「笑っちゃうでしょ。”ワイが”とか、”ですぞ”とか言っちゃってさ」


 疲れ切ったような声を聞いて、いったい誰が葵さんを笑えるのだろう。


「本当の自分を明かさないまま……自分に嘘つき続けてたら、なんだかうまく回っちゃって。引き際もわかんなくなっちゃったんだよね。でも私は、みんなにこんな自分を見せるのが――怖かったんだと思う」


 二十歳(はたち)になってこれなんだよ。皮肉めいた呟きが薄暗闇に溶けていく。


 葵さんは葛藤かっとうしていたんだ。

 自分とみんなに嘘をつき始めた、その時から。


 今、みんなに受け入れられている自分を切り捨てて本当の自分を打ち明けるのに、どれだけの勇気が必要だろう。わからない。葵さんの抱えている辛さや恐れは想像する他なく、そのすべてをすくい取る事はきっとできない。


 言葉を慎重になって選ぶ。間違えれば、葵さんがどこか遠くへ行ってしまいそうな気がした。


「……葵さん」


 半分、無意識で唇が動く。するとなぜだろう。夢の世界に誘われた時、投げかけられたおぼろげな言葉のひとつが鮮明さを取り戻した。


「私も嘘……ついた事あるんです。大切な友達に」


 ――うそつき。

 陽乃の声が頭の中で反響する。


「アイドルやってた頃の話です。……私は取り返しのつかない事をして、喧嘩みたいになっちゃって。それっきり、その子とはもう会ってない――ううん、会えない気がしました。私が逃げるようにアイドルを辞めたのは、そのすぐ後」


 心に刺さったままのとげがじくりと痛みだす。うそつきという、言葉の棘。それは今、私が目を合わせている人も感じている痛みなのだろうか。


 もしそうなら、考えている事は――自分の胸にそっと手を当てる。


「その日から私は……私の事が、許せなくなりました」


 この言葉が正解か不正解かなんてどうでもいい。

 たとえいびつでも、私のこたえは変わらない。

 同じ痛みを抱えている人間を見過ごせるほど、私はいさぎよくないみたいだから。


「時間だよ」


 頭上から降り注いだ声を呼び水に、暗かった室内に細く光が差し始める。壁や床に走った亀裂は徐々に裂け目を大きくし、やがて直視もままならないほどの閃光が私たちを包み込んだ。


「私が起こしてあげる――」


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