第4話 目覚める力《前編》
◆
穏やかだった筈の空間に緊張感が張り詰める。
瑠稀たちに向けられるは身の丈ほどもある無骨な大剣と、逆手に構えられた二振りのナイフ。はたして場を取り巻く静寂は、低く響く声によって打ち破られた。
「キア、頼むッ!」
「わかってるよ、ロッツ! ――水流柱っ!」
両の手にナイフを構えた女、キアはひねりを加えつつ高々と跳躍し、
「っ……! 冗談でしょ……!?」
投擲したナイフが地面に突き立った直後、着弾地点を中心に大きな水流が立ち上る。まかり間違ってもここは水場ではない。黄土色の大地から天に吹き上げる水の奔流は、瑠稀の目からすれば超常現象にも等しい、あり得ない光景だ。
しかし、驚きの間にも敵の動きは止まらない。
水柱が立ち上る瞬間、大剣を担いだ男ロッツはその奔流を足場にし、十分な高度を稼いだうえでさらに跳躍。頭上に掲げられた刃が獲物を見定めるかのように、逆光を反射して獰猛に煌めいた。
「叩き、潰すッ……!」
最小限のやり取りで互いの思惑を理解し、有効打たり得る一撃へと瞬く間に繋げてみせた。敵ながら見事な連携という他ないだろう。しかし、
「何ぃっ……!?」
地を割り砕かんほどの膂力をもって振り下ろされた刃は、別の刃に食らいついていた。
甲高い音をかき鳴らし、高速で駆動する絡繰りの刃――その操り手を目にした時、瑠稀は思わずその名を呼んでいた。
「メロ……!?」
「そんなの振り回したら――ルキが危ないで、しょおっ!」
自分は今、夢を見ているのだろうか。
駆動刃を手の側面から表出させ、水平に薙ぎ払って大剣ごと男の体躯を押し返す。一撃、二撃と交差する互い違いの剣閃は青白い火花を散らし、翻るジャンパースカートが、奔放に跳ね回る少女の姿が、夢と現実との境界を曖昧にさせる。
だが瑠稀が目にしている光景は、紛れもない現実だった。
「貴様……! 自動人形か!」
「オート、マタ……?」
「ふふん、驚いたでしょ!」メロの耳が瑠稀の声を拾い、「ざっくり言うと”かわいい人形”って事っ!」
回転する刃が青白き光を纏い、いっそうの唸りを上げて刃を削る。その一方でフリルの袖は傷付けず、小さな足が幅広な刀身を足蹴にする。
跳躍ざま、メロはそのまま手をかざし、
「火炎毒蛇!」
「ちいっ……レグ!」
「あいよぉ! 岩塊弾丸ォ!」
蛇行して迫る炎熱の荒波も、礫のように飛来する岩石の弾丸も、やはりあり得ない。あり得ないが――立て続けに目の当たりすれば、現実として受け入れるのは容易かった。
「――ねえ、なんで戦わないの?」
声の先に自分がいる事を瑠稀は直感的に理解した。キアだ。
樹上の木陰に身を潜めていたのだろう、木の葉を散らして着地し、地を這うような姿勢になりながら瑠稀の方へと駆けてくる。
「やばっ……!」
「もらった! 疾風円刃!」
近くの木を蹴り飛び上がり、振り下ろされた刃が生み出すは交差する風の刃。攪乱するような立ち回りが瑠稀の視線を踊らせる。メロに助けを求めようにも、今は相手方二人の攻防に手間を割いている。
とるべき行動は、呼ぶべき相手は――いくつもの逡巡が隙を生み、
「っ!? 葵さんっ!」
気付けば己と飛翔する刃の間には、葵が割り込んでいた。
かばう為であろう事は想像に難くない。しかし、着弾して炸裂した風刃は葵を吹き飛ばし、無残にもその体を地面に横たえさせた。
「――やれやれ、ですな」
しかし、それは大きな見間違い。
「よもや、素人ではあるまいに――!」
「え……? なっ、ま、”丸太”……!?」
「隙ありですぞ!!」
どこからともなく飛来した影が一閃、キアの胴体を真白い刃で切り捨てる。寸でのところで受け止めたか、キアは中空でナイフを構えてその一撃をいなし、
「水流ダーツ、プラス光る苦無ッ!」
「なにそれっ……! く、うああっ!?」
しかし、矢継ぎ早に繰り出されるダーツとクナイの投擲が生半可な防御を許さない。葵が袖の下より取り出したクナイは、不気味なほどの真白さを湛えていた。
たとえるならそれは白い毒蛇のような――だが、刃先のみはサイリウムさながらに色とりどりの発光を見せる、奇天烈極まりない武器だった。
「今のは峰打ち……魔法も痕になりませぬゆえ、ご安心を」
「……それも全部、魔法なんですか?」
「いえ、”スキル”の産物はクナイだけですな」
魔法の次はスキル、それでも混乱せずに済んだのは、聞くより先に見ていたおかげかもしれない。詳細は分からないものの、単語自体は瑠稀にとっても聞き覚えのあるものだった。
同時にそれは、瑠稀の中で”何か”が燻るような感覚を覚えさせる。
「レグ、こっちは俺が引き受ける! お前はあのボウズを頼む!」
「あいよ――オラッ、余裕ぶっこいてんじゃねえぞ白髪!」
再度、メロとロッツ、チェーンソーと大剣に魔法を交えた大立ち回りが幕を開けた。剛力をもって振るわれる剣は地を抉るほどの斬撃で、一方軽やかに舞うオートマタの駆動刃は自由奔放に剣閃を描いて見せる。
その横でレグは、これまで沈黙を貫いていたサジに標的を変えていた。
「雷光飛槍ッ!」レグの頭上に電撃を帯びた槍が列を成して形成され、「食らっとけぇっ!」
「……ああ、おれに狙いを変えたんだ」
瞬間、威嚇するように稲妻を迸らせていた雷槍は、切っ先を向けたままサジへと殺到した。
緑で覆われた空間に、一時、雷の通り雨が降る。
避けようとも、さりとて防御の姿勢を取るでもないサジが選択したのは、
「それ、一本もらうよ」
槍が己に命中する寸前――放たれたそれを掴み、振り回し、残りの槍すべてを切り払うという荒業だった。
触るなと言わんばかりに雷槍は稲妻を発するものの、サジは柄を握る手に力を込め、それを無理やり黙らせる。露ほども表情を変えず、己が獲物に主従関係を叩きこむその様にレグは戦慄した。
「バ、バケモンかテメエは……!?」
墓標のように地面に突き刺さる雷の槍と、並外れた技量と武芸。
それを見たレグは、しかし辛うじて戦意を保たせる。
「……頭いいね、あんた」
透き通るように白い髪を向かい風がそよがせる。残酷な風だった。レグにとっては追い風である筈なのに、風向きの変わる兆しが一向に見えない。
見えるのはただ、雷槍とともに迫りくる一陣の風のみ――
「半分、合ってる」
「クソォっ! 疾風円刃!」
疾風の刃をスライディングでくぐり抜け、槍を支柱にして跳躍。サジがレグの上をとる。なおも遮二無二に魔法を放つレグだが視線を上げた瞬間、逆光が彼の目を差した。サジは弓なりに体をしならせ、
「ぐっ……おわぁっ!?」
乱舞する魔法を貫いて迸る、一条の迅雷。
投げ放たれた槍は大地に突き刺さり、雷鳴とともに炸裂したそれはレグの体を乱暴に舞い上げた。
「おれの勝ちでいいよね」
「あ、う……!」
「それじゃ」
興が失せたと、目は口ほどに物を言う。
すれ違いざま、レグが澄み切った空色の瞳に見出した感情はただひとつだった。そして決着が着いたのはもう一方でも同じく、力なく大剣を取り落としたロッツの横で、メロは誇らしげに笑みを浮かべていた。
「これはもうメロの勝ちでいいよね~♪ おにーさんも頑張ったと思うけど♪」
「っく……不甲斐ない。”魔力切れ”とは……」
「魔力切れ……?」
瑠稀が反芻すると、語気に滲んでいた疑問の色をサジが拾い上げる。
「……魔法は使う時、体内にたまった魔力を消費する。魔力が空になるまで消費し続けると、あんな風にちょっとの間、力が入らなくなるんだよ」
「ですが大気中に含まれる、”魔粒子”という物質を呼吸して循環させれば、すぐに魔力は蓄積されます。すぐに治る、かすり傷のようなものですな」
「あ、ありがとうございます。何となく、分かったような……?」
サジはともかく、自身と同じ転移者である葵まで理論的な事を言ってのけたので、瑠稀が驚いてしまうのも無理はない。
とはいえ仮にロッツが復帰したとしても、仲間がやられた状態では戦況の不利は覆らないだろう。彼の目の前にいる三人は、みな相応の実力を備えているのだから。
勝利と呼んで差し支えない結果を収めた今、しかしただ一人、瑠稀の心境だけは穏やかではなかった。
「ルキ? さっきからどうしたの?」
「あ……ううん。もう一人、どこに行ったんだろうって――っ!」
静まり返った周囲に視線をさまよわせた、その瞬間だった。
ささやかな音が鼓膜を震わせた後、瑠稀の足元で三本のダーツが爆ぜたのは。




