三人でお茶を
元々は、三人はただの友達だった。
高校で、同じ学校で、同じ学年だった。
初めに言い出したのは、ユリカだ。
他に人のいない屋上で、昼食のお弁当を食べていた。
三人輪になって。
「私、二人のこと、好きなんだよね」
「…………うん、好きだけど?」
「違うの」
あの時の、ユリカの怯えるような顔と声、きっと一生忘れない。
「私の好きはね、恋愛感情なんだ。でも、どっちかとかじゃなくて。二人とも、好きで。大事で」
いつも儚く見えたユリカが、その日は余計に儚く見えた。
「え、恋愛って……。二人とも?」
「そう。私ね、サチとも、ナナコとも、……付き合いたいと思ってるし、キスしたいって思ってる」
「…………」
そんなこと、考えたことなかった。
だって、私達三人は、女の子同士で、ただの友達だった。
ただ、喉の奥がツンとした。
「あたし……も」
おずおずと、私の隣にいたサチがそう言った。
いつだって、ニコニコと明るいサチとは思えない、知らない誰かみたいだった。
「あたしもね、ユリカのこと、好きだよ。あ、もちろんナナコも大事だし。でも、あの……」
サチが、ユリカに縋るように見つめた。
「いいの、かな」
心臓が、跳ねる。
私は、二人のことをそんな風に思ったことは、なかった。
なかったはずだった。
それからも、いつだって三人で居た。
友達だった。
ユリカは二人が好きだと言うだけあって、いつだって優しかった。
それでも私達は友達だった。
けど、ユリカの優しさは、時々色気を伴った。
熱い視線で見られる度、その指が私の耳元をくすぐる度、そして、サチがユリカとさりげない触れ合いを見せる度、私の心臓は高鳴った。
それから私が、恋愛感情でユリカを見るまで、そう時間はかからなかった。
三人は、それからも、いつだって一緒に居た。
同じ大学に入り、三人で昼食を食べた。何処にだって三人で出掛けたし、写真に写る時も三人は一緒だった。
ユリカは、相変わらず二人の事が好きで大事だと言ってくれる。
サチも、二人の事が大事だと、そう口にしたけれど、どうしてもユリカに対する感情と、私に対するそれは、なんだか違うもののように思えた。
サチは、ユリカに触れそうな距離で立ち、ユリカに好きだと囁いた。
私には、好きだと言ったことなんてない。
だから私は、ユリカに対する感情と、サチに対するそれに、差があることになんの後ろめたさも感じなかった。
私の心は、ユリカだけのものだ。
「残念だったね」
それはある日の、大学のカフェテリアでの事だった。
目の前には、ニコニコと笑う、サチとユリカの姿があった。
サチが、小さな紙袋を私に差し出しながら、そう言った。
「ん?」
渡された紙袋を開け、中からころりと出てきたものを見て、私は、心が一瞬で冷えるのを感じた。
小さな袋から出てきたのは、2センチほどの青いイルカのキーホルダーだった。
「どうしたの?これ」
冷め切った感情を持て余しながら、私はなんでもない風を装って、笑ってそう言った。
「昨日行った、水族館のお土産」
サチが、ニコニコと笑う。
「二人で?」
すかさず、そう聞いていた。
「うん。ナナコが来れないって聞いて、行こうか迷ったんだけど、でも、チケット無駄にするわけにはいかなかったから」
ユリカは少し申し訳なさそうな顔をした。
“来れない”?
来れないどころか、行くなんて話、一度も聞いてはいなかった。
「ありがとう」
ユリカとサチが目の前で笑うから、私も笑った。
「けど、仲間外れにされると、寂しいから、二人では出掛けるのは……無しにして欲しいな」
「あ……、うん、ごめんね」
ユリカが、私を抱き締めた。
その日から、二人で出掛けることは、禁止になった。
それからも、三人はずっと一緒だった。
大学を卒業して、三人はそれぞれ違う仕事を始めたけれど、一緒に居たいと思う気持ちに、偽りはなかった。
そして、三人で一緒に住もうという話になるまで、やはり時間はかからなかった。
そこからは、平和な日々が続いた。
社会人になって、それぞれが忙しそうにしていたけれど、それぞれが他の二人の為に作る食事や、ちょっとした気遣いで、それぞれがなんとか生活を保っていた。
……あれ?
仕事へ出かける為にスーツを着込んだユリカの胸元に目が行った。
ユリカは、小さなイルカのネックレスをしていた。
イルカに小さなダイヤが付いたネックレスだ。
あんなの、持ってたんだ。
その、翌日の朝のことだった。
「…………」
ゆるりと自室から出てきたサチが、同じネックレスをしていた。
目を、見張る。
心の中にドロドロが生まれる。
「今日、仕事は?」
何でもないように声を掛けた。
「今日は、有給」
「……そんなネックレス、持ってたっけ?」
「ああ、新しく買ったの。先週たまたま、水族館に行って」
「……誰と?」
知りたくもないのに、聞きたくもないのに、私の口が勝手にそう動いた。
「……ユリカと」
「…………」
なんで?
なんで?
なんで?
二人が目の前で仲良くしている事に、今まで目を瞑ってきた。
それは、二人で出掛けないというルールを守ってくれていると思ったからだ。
私が知らない場所で、二人きりで居ると思うと苦しくなるから、それを守ってくれるなら、目の前でイチャつかれるくらいは我慢しなきゃと思ったからだ。
心の中で、ドロドロしたものが渦巻く。
嫌な気持ちになる。
叫び出したくなる。
ねえ、二人でどんな場所に行ったの。
どんなものを食べて、どんなものを見て、どんな話をしたの。
どんな思い出を共有したの。
私の知らない所で。
「なん……」
言いかけた私の口を、サチの口が塞いだ。
サチは、私に、キスをしていた。
深い、深い、キス。
なんで?
どうして?
ごちゃごちゃとした怒りの中で、サチは、私に、ゆっくりとキスの雨を降らせた。
まるで包み込むような。
まるで慈しむような。
ドロドロしたものの中で、揺蕩うような静けさを感じた。
息ができなくなる。
その間も、サチは私にキスをした。
頬に。
耳に。
腕に。
胸元に。
身体中に。
されるがままになっていた私が、やっと言葉にしたのは、こんな台詞だった。
「ねえ、ユリカともこんな事してるの?」
サチは私を抱き締めた。
そして、静かに囁く。
「してないよ。ナナコだけだよ」
“私だけ”
“私だけ”
それは、まるで、呪いの言葉のようだった。
ドロドロの中に、埋まり、揺蕩い、そのドロドロを逃さないようにするための、呪いの言葉。
それからもサチは何度も、私にキスの雨を降らせた。
何度も。
何度も。
それからも三人はいつだって一緒だった。
真っ白な丸いテーブルで、ユリカはにっこりと笑う。
「二人とも、大好きよ」
すると私は、自分の小指をそっと隣に居るサチの小指に触れさせる。
「あたしもだよ。二人とも大好き」
サチが笑顔でそう言うと、私の小指に小指を絡ませる。
だから私はこう言うんだ。
「私も。二人とも、大好きだよ」