3-1,中央都市
3-1,中央都市
一行は割と難無く中央都市イシュト=ナーフへ辿り着いてしまった。
イシュト=ナーフはタルフォ・ディーンと比較にならない程大きく、洗練された建物が建ち並んでいたが、タルフォ・ディーンの様な活気は全くと言って良い程無かった。
街全体が静まり返っており、住民が存在するのかすら怪しい程だ。
が、時折建物を出入りする人々の姿は見えた。
「おっきいトコですねー!!」
それでも再びアリシア大興奮である。
「大きいだけ、とも言える。下手すりゃ町ごと霊廟みたいなもんだ。」
ファノンは吐き捨てる様に言った。
「は、はあ……」
アリシア意気消沈!
……ゴーン……ゴーン……
そんな時、町の中心部……大霊廟から鐘の音が響き渡った。
「時間か!」
「先に行ってるよー」
みるみるうちに住人達が町中の建物から飛び出して来る。
まるで町が息を吹き返した様な光景であった。
住人達は皆一様に大霊廟へ向かって行く。
「え……何ですかこれ……これから何か始まるんですか?」
アリシアは目を丸くしている。
その傍でファノンは苦い顔をしながら見てみぬふりをしていた。
「……ファノンさん……?」
「ああ、いや、大丈夫だ。 ……何だ、見に行くか?」
「はい!」
明らかに気乗りしていないファノンを訝しむも、アリシアは好奇心が勝った。
住人達はエズル・バシュタの前まで一列に続いておりアリシア達もそこに辿り着いた。
「ここに……お母さんが……」
気持ちは逸るが、入り口らしきものは見当たらない。
やがてエズル・バシュタの周りが群衆に囲まれると、かなり上の方からバルコニーの様なものが伸びて来た。
ざわめく住人達。
そしてバルコニーの上に1人の大人の女性が姿を現した。
住人達のざわめきが一段と騒々しくなった。
「聖女様……!」「ルーチェ様……!」といった声が聞こえる。
バルコニー上の女性は、辛うじて視認出来る程度の距離である。
白を基調としたローブを纏い、頭は色を合わせたフードかヴェールの様なものが覆っている。
長く靡く髪は、ファノンと似た透き通る様な黄金色をしており、顔の左半分が隠れていた。
「綺麗……」
思わず見とれるアリシア。
「皆々様方、ごきげんよう。……エズル・バシュタ代表、『管理者』ルーチェ・フィーベルです」
声が響いた。何らかの仕組みで下まで声が届く様になっているらしかった。
「え……? 『フィーベル』って……、ファノンさん?」
確かファノンの姓も『フィーベル』だった筈だ。
ファノンは顰めっ面でルーチェと名乗った女性を見つめ…いや、睨みつけていた。
「ファノンさん……?」
恐る恐るアリシアが声をかける。
「ああ、私の……双子の姉だ」
「お、おお、お姉さん!? 双子の……!?」
アリシアはこれ以上ない程驚いた。
母を攫った連中の代表がファノンの姉? しかも双子?
「話してなかったな。すまん」
心底申し訳なさげにファノンが顔を伏せる。
続けて、
「私はここから……エズル・バシュタから来た」
と言った。
「ちょ、ちょちょちょっと待って下さいファノンさん!」
「ただいきなりこんな事を立て続けに言われて信じろと言う方が無理だとは思うが、私は敵では無い」
「え……? え……?」
信じる信じない以前にアリシアは理解が追いつかない。
そして、2人ともルーチェが上から微笑みながら見つめていた事には気付かなかった。
「……皆様」
ルーチェの声が響いた。
「それぞれにお辛い事、苦しい事があると思います。しかし、生ある者は全て同じ事……大きな動物も小さな虫も、皆等しくその様に生きております。
私共……エズル・バシュタの方でも可能な限り皆様のご生活を援助させて頂いておりますが、それでもまだ足りない、と仰られる方も居られるかと思います。
しかし、欲というものは底の無いもの。それに呑まれてはいけません。」
「そして、お忘れにならないで頂きたいのは、ごくごく普通に生を全うした者のみが、『楽園』――カイオン・デ――へと導かれるという事です。」
群衆が湧く。
自分の両親も『楽園』に行った、だから自分も。
『楽園』へ連れて行って下さい。
口々にそんな声が上がる。
「『楽園』へと至らせしめられるのは私では御座いません、皆々様ひとりひとりが、余すところ無く辿り着くことが出来るのです」
アリシアは呆気に取られていた。
何だこれは。
絵空事の夢物語ではないのか。
『楽園』など、存在するのか。それに、普通に生きろと言うのなら、何故自分から母を奪ったのか。
「アレが『楽園』だと……牢獄の間違いではないのか」
何一つ納得出来ていないアリシアの傍らで、ファノンが歯軋りをしながら呟いた。
「もう良いか? 行くぞ……」
ファノンはうんざりした様子で町の方へと踵を返した。
「ま、待って下さい、ファノンさん」
アリシアも慌ててその姿を追った。
町は来た時と同じ様に静まり返っていた。
今や住人の殆どが大霊廟の麓に居た。
大霊廟からは変わらずルーチェの声が聴こえてくるが、その内容まではわからない。
まあ別に聞くほどのものでは無いだろうから良いか、とアリシアは思っていた。
それに、あそこへ行くとファノンの機嫌も悪くなる。
「エズル・バシュタって何なんですか?」
何処から聞いていいか分からなかったアリシアがとりあえず切り出した。
「生きてるのか死んでるのか分からん連中の集まりだ、私からすればな。」
ファノンはそう言い捨てる。
「私はそんな所に、奴らと一緒にいるのに耐えられなくなって飛び出した。つまり脱走者だ」
「でもお姉さんはあそこに居るんですよね?」
アリシアが尋ねた。ファノンはルーチェを双子の姉だと言ったが、どう見ても同い年には見えない。
「あいつは……いや、あいつももうよく分からんな。元々仲は悪くなかったんだが……」
「……ケンカでもしたんですか?」
「ケンカ……ッハ! そうだな、喧嘩でもしといた方が良かったのかも知れん」
ファノンは自嘲気味に言う。
「ありもしない『楽園』なんぞをエサにチラつかせて……あいつもそんな事思ってやしないだろうに……」
ファノンの声が寂しげなものになっていく。
「……誰かに言わされてるんですか?」
「いや……『評議会』という形式上の『上』は存在するが、あいつに指図出来る者など居ない。実質トップだ。」
「じゃあお姉さんと戦うんですか!?私もお母さんを助けに来ましたけど、そんなのって……」
「私はやるぞ。その覚悟をしてここに来た。」
「良いん……ですか……」
「でなけりゃエズル・バシュタの追手を斬ったり切り身を売っ払ったりゃせんよ」
「ただ、アレな、追手だ。アレは私を追って来たんじゃ無い。狙いはお前だろうな」
「そ、そんな……!?私何も……」
「何もしていない、か? そうだな。だが向こうには関係無い事だ。貴重なサンプルだからな……」
アリシアには何が何だか分からない。
「そうだ、お母さん! お母さんは知ってるんですか!?」
「多分な。全部分かった上でお前を生んだ……のだと思う。未だに信じられんが」
「だからサリア様は襲撃を予見出来たと……?」
ヴェリオンがふと口にする。
「ヴェリオンは!? ヴェリオンは何も知らないの!?」
「私は……サリア様がエズル・バシュタから来られたという事くらいしか……」
「お、お母さん……も?」
ファノンに続いてサリアまでもエズル・バシュタの人間だと言う。
「そうだな。私が出るよりずっと前にエズル・バシュタを去っていたが」
そんな。
それでは攫われたのではなく連れ戻されただけではないのか。
エズル・バシュタこそが母の本来居るべき場所ではないのか。
アリシアは自分の目的が分からなくなっていた。実体を持たない空虚な思考が終わる事の無いかの様に脳裏で渦巻いていた。
虚ろな表情のアリシアを見てファノンが言う
「サリアはエズル・バシュタに戻る事を望んではいなかった。だからこそお前を守る為にあれこれ仕組んだのだろう。」
「私を……?」
「ああ、愛されてるな、お前は」
アリシアにはよく分からなかったが、目的は依然変わらないという事だけは理解した。
「もう何が何だかわかんないけど、待っててね、お母さん…!」
畳めるかな…畳めるかも…。