2-4,タルフォ・ディーン
2-4,タルフォ・ディーン
「はあ、はぁ……やっと……着きましたね……」
アリシアはフラフラしながら町の門扉の柱にもたれかかった。
起床してから歩きっぱなしであった。荷物が嵩んでいた所為もあったが、思ったより時間が掛かってしまった。
朝食はファノンがくれた『腹は膨れないが栄養だけは充分ある』という簡単なもので済ませたが、流石に腹が減って来た。
―――交易の町、タルフォ・ディーン―――
様々な物品がやり取りされ、特に食材や調味料などが豊富である。
まさに今の状況に打ってつけ……!
「ヴェリオンこんな遠くまで買い出しに行ってくれてたんだね……」
首元の布を撫でるアリシア。
「大抵の店は揃っている様だな」
雑嚢の成れの果てで無理矢理纏めた荷物をガチャガチャ鳴らしながらファノンが言う。
「買い取ってくれそうな店を探すか……それともまずはメシにするか?」
アリシアの様子を見て食事の提案をするファノン。
「いえ……両方探しましょう。初めて来ますし、見て歩きながら町の様子を把握しましょう……それにお金が無いと食い逃げになっちゃいます」
「それはそうだが、大丈夫か? 先は長いんだ。無理はしないで良いぞ。」
「ぁい……大丈夫です……」
来た時よりも更にフラフラである。
「少しくらいであれば私がご案内出来ますので……」
「うん、その時はよろしくね、ヴェリオン……」
「とりあえずコレ食っとけ。朝のと同じだが」
そう言ってファノンが小さな球体を取り出した。
「あ、ありがとうございまひゅ……んぐ……んん……っ」
受け取り、咀嚼、嚥下するアリシア。
……朝と同じで味も素っ気も無い。いや、味はあるにはあるのだが、軽い風味程度のもので殆ど感じられない。
飢え死にの心配は無くとも、空腹が満たされる事も無い。
「……ちょっと待ってろ!すぐに換金して来る!」
「雑貨系なら表通りより路地裏の方が良いですよー」
「助かる。ありがとうヴェリオン」
果たして路地裏にこじんまりとした露店を見付けた。
薄暗いが、扱っている商品は多い様だ。
「親父、買い取り頼めるか?」
「モノを見てからじゃないと何とも言えないねえ」
「こんなモノだ。」
ゴトゴトッ
ファノンはまず四つ脚の四肢を並べて出した。
「はいはいちょっと待って下さいねー……って、ええ!?」
拡大鏡でモノを確かめていた露店の親父が顔色を変える。
「お客さん……何処でこれを……?」
「襲って来た奴らに付いてた」
嘘は言っていないが、謎過ぎる答えだった。
「へぇ…こりゃそんじょそこいらじゃ精製も不可能ですぜ…」
「だろうな、買い取ってもらえるか?」
「むしろこちらからお願いしたいくらいですぜ! はぁ……こんな場末の雑貨屋にねぇ……人生何があるかわかんねえや……」
店主の親父が慌ただしく手荷物をゴソゴソ出し入れする。と、ふと気付いた様に、
「お客さん、間違いとか……じゃなかったらタチの悪いイタズラとかじゃ無いですかい?」
「いや、買い取ってくれるなら何でも良いというだけだ。ただ、申し訳無いが……標準的なレートがわからん」
「れ…ぇと? 何ですかいそりゃあ」
「ああ、いや、ここらの物価と、買い取り額がどんなものか知らなくてな」
「道理で見ない顔だと思いましたわ。お客さん、ここらの人じゃないね?」
「あ、ああ、ちょっと遠くから、な……」
やや口籠るファノンの前に、硬貨が詰まった袋がどちゃりと置かれた。
「これでご満足頂けるか分かりませんが、この町の宿なら一番良いところを丸ごと買い取れるくらいですぜ」
「丸ごと……宿を、丸ごと……?」
ファノンは少し思案し、
「親父、無理な額は出さんで良いぞ。普通で良い、普通で。」
店側に無理をさせてしまったと思ったらしい。が、
「いやいや、これでも少ないくらいですぜ……! 倍……いや4倍出しても良いくらいで」
「そ、そんなにか……いや、これで充分だ」
ファノンは目を丸くした。むしろこれから無理をさせてしまいそうだと思ったので慌てて即決する。
「何ならここで直に中を確かめますかい?ウチは構いやせんが……」
「いや、いい。助かった。恩に着る。」
「毎度あり!またのご来店をお待ちしております!」
親父の声は心の底から言っている様に聞こえた。
あまり長引かせてもアリシアがしんどいだろうから、ファノンは早々に切り上げる事にした。
「目立ったりしてもマズいしな……」
「手遅れじゃねえかな……」
カスタバルがツッコミを入れる。
後々あの品物が裏で今の4倍の価格で取引された事をファノンは知らない。
口を握り締めた袋の中でジャラジャラと音がする。
嵩張ってガチャガチャ言うのとは全く違う。実用的な音である。
続いて武具屋に大剣を売りに行こうかと思ったが、まずは腹ごしらえにするか、と後回しにする事にした。
「ご馳走様でしたー!」
笑顔で手を合わせるアリシアの前には何も乗っていない皿が並んでいた。
あの後、一番値の張る飲食店に入ったのであった。
「はー……、何から何までありがとうございます!ファノンさん!」
「まあ私が勝手にやってる事だから気にするな」
「ああ、でもお母さんのごはんも食べたいなあ……」
寂しげな顔をするアリシア。
「食えるさ。連れ戻すんだろ?」
「…っ、はい!」
ああ、やっぱり非常用糧食では限界があるな……と、活気に満ちたアリシアの顔を見てファノンは思った。
「さて、と……次はこいつか」
大剣である。数は無いが、兎に角デカい。
混んだ店内でオーダーする時に上方へ伸ばすと、店員からよく見えて便利だった。
「味は……特に問題無かったな。場所が変わってもメシはそんなものなのかも知れん」
ふと、ファノンはそんな事を呟いた。彼女もアリシアと一緒に何品か頼んでいたのだ。
「やっぱり腹が膨れるのは満足感が違うよなぁ……カスタバル、この糧食、私達で改良しないか?」
「食は専門外なんだが……俺はこの中に居れば食わないでも死にゃしないしな」
「おーまーえー、なーーー……」
「第一、試しに一つ作れたとしても量産となると話が違って来るぞ」
カスタバルは乗り気では無い様だ。
「改良出来れば士気も上がると思うんだがなー……『あの連中』はそういう事全然考えないからな」
「当たり前だった感覚なんてもう覚えちゃいないだろうさ、お前も忘れかけてたろ?」
「そりゃあ……そうだが……」
「普通の兵士だって殆ど使われて無いだろうから士気もクソも無いしな」
「会う奴会う奴全部あの青っ白いのだしなあ…駄目か、ボツだ、ボツ。せめて私らだけでも生来の味覚ってやつを噛みしめようじゃないか!」
「ファノンさん達、何話してるんだろう……」
お腹は満たされたが若干のアウェイ感を覚えるアリシアであった。
「ん? アリシア暇か? 腹ごなしがてら町でも見に行くか?」
「うわあ……さっきまでへろへろでしたけど、こんなに人が沢山居る所初めてです……!」
余裕が出来てから改めて見るタルフォ・ディーンの様子に、アリシアは目を白黒させている。
「!?あれっ! 何ですかアレッ!」
人混みの開けた広場で町の若者が何処か間の抜けた笑顔の描かれたシーツを被って何かしている。
「タルフォ・ディーンの伝統的な催しですね、町の者でなくとも参加出来たと思いますが……」
「流石ヴェリオン詳しい! ……参加……!? 参加……! ……ッ! ……!」
アリシアが瞳を輝かせてファノンを見ている。
「んぁ? あー……私はやらんぞ?」
「えー……楽しそうなのにー……」
ガクーッと露骨にアリシアのテンションが急降下する。
「……一度だけだぞ?」
「……ッ、やったー!!一緒に被ろ!? 被ろ!!」
続いて急上昇である。忙しい子だ。
「ああ、はいはい……少し落ち着こうな」
ファノンはそんなアリシアを見て普段の鉄面皮を僅かに破顔させた。
ファノンさん少しチョロくない?
「何だろうな、この……何だろう……」
自身に芽生えた感情に疑問を持つファノン。
自分に子供が居たらこんな感じなのだろうか、と思いかけたが、即座にその考えを振り払った。
「何を莫迦な…!」
「おやおや、ファノン様はまた惚気ておられますか~?」
「お前なぁ……!!」
茶化すカスタバルに文句を言う。
否定はしない。出来ないのだ。
アリシアと一緒に居て心地良いのは確かだった。
ただ何かが引っ掛かる。ファノンにはその正体が分からない。
そして気付けば2人してシーツお化けになってわちゃわちゃしていたのであった。
「楽しかったですねー!!」
しばらくして、やり切った感のあるアリシアと、
「……よくわからん」
気のせいか少しやつれたかの様に見えるファノンが残っていた。
「あ、そうそう、ファノンさん!」
ただアリシアも遊んでいただけでは無かったらしく、
「ん?」
「お祭りの人から聞いたんですけど、砂漠の方にですね、エズル・バシュタへの巡礼者の方達用の地下通路があるみたいです!」
ちゃっかり重要な情報を仕入れていた。
「地下通路……?私は知らんな。最近作ったのか?」
「にしても少し無用心過ぎやせんか? まあ何も起こらんだろうと踏んでのものだろうが、評議会も随分ゆるくなったもんだな」
「舐めプか」
「舐めプだな…と思わせて罠かも知れん。
「『あいつ』がそういう回りくどい事をするか?」
「分からん…ただ『こっち』に来てから妙に目の敵にされていた気はする。今回の件も私的な感情からの『あいつ』の仕業だとは思っているが……」
「それでも行くのか?」
「サリアを放っとくわけにはいかん」
「そうか、そうだな……」
またファノンがカスタバルと何か話している。アリシアはいつもの様に理解出来ない。
と、所在なさげにしているアリシアをファノンが見つけて、
「ああ、すまんすまん、で、その通路とやらの場所は分かるのか?」
「あ、はい。砂漠の方に入れば見えるそうです」
「じゃあそこを目指すぞ。少しでもイシュト=ナーフに近づけるならその方が良い」
「はい!」
その時アリシアにはファノンが何処か物憂げな表情をしている様に見えた。
まだ全然GLしてないですね…最終的にはそうなる予定なのですが(?)
ああっ石投げないで!