1-3,邂逅
「何だ、言われて来たのは良いが小娘が一人、か……さしたる問題でも無かったな」
その幼女はアリシアを見てやれやれと言った様子でため息をついた。
あからさまに軽んじられているのが分かり、今迄のあれこれの鬱憤も相まって流石にアリシアもムッとした
「何だとは何ですか! それに小娘って! 貴女の方がよっぽど小娘でしょう!? こっちは大変だったんですから!」
「アリシア様、どうか落ち着いて下さい……」
声を荒げるアリシア。しかし幼女は毛程も気に留めていない様だった。
が、喋るマフラーのヴェリオンに対しては何か思う所があった様だった
「お前、そのマフラー……」
そして今気付いたが、その背には巨大な…剣だろうか。幼女の身体がすっぽり隠れてしまいそうな大きさである……があった。
「そもそも誰ですか貴女。言われて来たって誰にですか?」
少し落ち着きを取り戻したアリシアが幼女に問う。
「話すと長くなる……それに、話すにしても『この世界』の文化レベルが分からん……大体お前だって何者だ」
何だ、また意味不明なパターンか、と感じたアリシアはそれ以上は問わない事にした。
「まぁ良いです、私はアリシア・アーレンシス。この森に住んでいましたが……」
まずはこちらから名乗るのが筋か、と思いアリシアは身の上を、そして今日何があったかを幼女に話した。
「ここに住んで……? ああ、聞いてはいたな。って、アーレンシス…?アーレンシスと言ったか?本名か?」
やはり意味不明なパターンだ……。とアリシアはうんざりしながら答えた
「アーレンシスは母の姓です。父は……知りません。会った事もありませんし」
「母…? 待て、お前、アリシアと言ったか、まさか母とはサリアの事ではないだろうな」
不意に出た母の名に戸惑うアリシア。
「お母さんを…知っているんですか!?」
「知っているも何も……いや、そんな……あり得ん」
一体何があり得ないと言うのか。幼女は険しい顔をしてアリシアを見つめる。
「……ふむ、確かにあいつに似てはいるな。しかし……」
「もういいですか?家の様子を見に行きたいので」
アリシアも正直成立しているのかどうか怪しい会話などさっさと切り上げて、家の方へ走り出したかった。
しかし、目の前の幼女には何か不思議と気になる部分があった。一緒に居ると謎の安心感すらある。
「私も行こう」
「えっ……」
「駄目か? 邪魔するつもりはないんだが……私もサリアの事が気になってな」
「ああ、いえ、大丈夫です。えっと、こっちです」
そもそもどう見ても自分より歳下な相手に対して何故敬語を使っているのか。
何故か自然とそうなってしまったのだが、明確な理由がアリシアには分からなかった。
「っと、名乗るのが遅れたな。私はファノン。ファノン・フィーベルだ」
「ファノンさん……」
「ファノンさんは何処から来たんですか? さっき『この世界』って……?」
「何処から……何処からか…『どれ』を言えば良いのやら」
やはり話が意味不明になる。
「まぁ、ちょっと遠くからな。」
ファノンが何処か彼方を見つめながら呟いた。
「遠く……ですか」
「ああ、ところでそのマフラーは?」
「これは……」
アリシアが言いあぐねていると
「私はヴェリオン。アリシア様にお仕えしている者です」
マフラーの方が先に答えた。
「ヴェリオン……? はて……サリアの奴め、何をやらかしてるのやら……」
「お母さんとはどういう関係なんですか?」
「あ? ああ、友達だよ、旧い……な」
母とこの幼女が長い付き合いだとでも言うのか。
意味不明の大洪水だし、散々な目に遭うしでアリシアの頭はもうパンクしていた。
そうこうしながら歩いていると、アリシア宅の近くまで来た。
と、突然アリシアの視界が塞がれた。
「アリシア様、ご覧にならない方がよろしいかと……」
ヴェリオンであった。自宅の凄惨な様子を見せない方が良いと判断したのだろう。
「ちょ、ヴェリオン! 見えない!」
「ああ、そのままで良いぞ。なるほど、焼け跡しか残ってないな……っと、こっちの焦げてるのは……」
「ああ、それは私です。」
「『それ』に入る前の身体か、了解した」
ヴェリオン(元)も転がっていた様だ。確かに見せない方が良いだろう。
「ええ……」
アリシアは耳から聞こえる情報だけで言葉を失っていた。
「私の目的はこれ、ですね」
アリシアの視界を遮る布が少し緩んだかと思うと、何かを二つ引き抜く音がした。
「剣か」
「ええ、護衛の為に剣術を少々……やられてしまいましたがね」
「いや、よくやった方だと思うがな。何体か仕留めてるじゃないか。」
「恐縮です」
「この辺りなら見せても大丈夫じゃないか? ずっとそのままでも辛いだろう」
「そうですね……」
スルスルとアリシアの視界を遮る布が解けていく。
視界を遮るものがなくなると、マフラーの両端には長剣が握られて(?)いた。
「ああ、アリシア、後ろは見るなよ」
見るなと言われると見たくなるというが、流石にアリシアも見る気にはなれなかった。
目の前には焼け焦げた建材の一部と――力なく横たわる数体の青っ白い人型の何かだった。各々の手にはファノンの程では無いにしろ、巨大な剣が握られていた。
え? 見せても大丈夫って言ったよね? 大丈夫なのこれ?血の気が引くアリシア。
「ん? ああ大丈夫だ、気にするな。人間じゃない。そもそも生物ですらない」
「サリア様からお話は聞いておりましたが、私も見るのは初めてでした」
「エズル・バシュタの軍用兵器だ。使い捨てのな」
使い捨て。
生物ではないと言われても生物にしか視えない、これらが、使い捨て。
我が家を襲った災厄そのものであるが、アリシアは酷い嫌悪感を覚えた。
「放っておいても害は無いが……」
ファノンは『兵器』の大剣を手に取り
「有効活用でもするか?」
ポイッと、アリシアに投げて寄越した。
アリシアは慌てて柄に手を伸ばし、
ずしん。
「!?」
握れはしたが、持てなかった。
その重さで刃の部分が地面にめり込んだ。
今軽々と投げたよね? 何? この子何なの?
……ああ、もういいです。アリシアは思考を放棄した。
「あ、すまなかった。結構重いん『だった』な、それ。」
ポリポリ頭を掻きながらファノンが言った。
自身の物であろう大剣はこれより遥かに大きいんだからそりゃあね、仕方ないよね。
アリシアは無理矢理納得しようとした。
そこでようやく重大な事を思い出す。
「……ッ! お母さん!!お母さんは!?」
少なくとも目の前には見当たらない。後ろは見るなと言われたが、まさか……
「んー、見当たらんな。」
後ろにも居ない様だった。
「おい、カスタバル、ちょっと頼めるか?」
ファノンが聞いた事のない誰かの名を呼んだ。
すると背中の大剣の黒い円形の部分からスルスルと、糸の様な、触手の様な黒い細長いものが伸び、『兵器』の頭部に突き刺さった。
「どうだ……? ああ、そうか、最初からそれが目的か……」
ファノンの眉間に深い皺が刻まれた。というか何一人で話してんのこの子?……もう地の文でも突っ込むのやめます。
ファノンが口を開く。
「サリアは……連れて行かれた。行き先は……まぁ十中八九エズル・バシュタだろうな。」
「連れて…!? 攫われたって事ですか!?」
「まぁそういう話だ」
アリシアも驚愕した。何故? 母を攫ってどうしようというのか。エズル・バシュタは何を考えている……?
「さて、私はサリアを追ってエズル・バシュタへ向かうが……」
ファノンが言い終わる前に、
「私も行きます!」
アリシアが強く言った。
「……冗談抜きで危険だぞ? それでも……」
「行きます! ……お母さんを、連れ戻す!」
アリシアの中には既にそれ以外の選択肢は無かった。
「そうか、じゃあ今日のところは一旦休め。準備を整えて明日発つ。」
本当は今すぐにでも出発したかったが、今日一日で色々あり過ぎてアリシアも心身共にヘトヘトだった。
そんなわけで、今日はかつて自宅のあった場所で野宿する事になった。
ここから先殆ど考えてないので多分結構開きます。