1-2,地下遺跡
1-2,地下遺跡
「ッ痛つつつつ……、あれ? そうでも無い?」
上方に見える明かりから、結構な高さを落下した様だったが、それにしては大して痛くもない。
何かがクッションになってくれた様だ。身体の下を見ると、サリアから貰ったマフラーが幾重にも交差していた。
「え……お母さん、お守りって言ってたけど……これって……?」
「お怪我は御座いませんか、おじょ……アリシア様」
「へ……? え……?」
聴き覚えのある声がした。……気がした。
「ああ、こちらです、私です、ヴェリオンです。」
マフラーの片端がひらひらと動いている。
「……!? 待って意味分かんない!! えーっと……? とりあえず、ありがとう……?」
マフラーがひとりでに動き、更にヴェリオンの声で喋る謎の現象に困惑しつつも謝意は示しておくアリシア。
「これが私の役目ですので……」
「い……色々ありすぎて何が何だか全然頭に入ってこない……こんな誕生日初めてだよぅ……」
いや、こんな誕生日は普通ならまず無いだろう。
「あ、それはそうとここ何処? 何処に落ちたの!?」
混乱しかもたらさないあれこれをとりあえず置いといて、アリシアは現状を確認しようとする。
物心ついた頃から慣れ親しんだ森――――の地下。こんな場所があるなんて想像もしていなかった。
「怪我はせずに済んだけど…どうやって戻ろう……出口とかあるのかな……遅くならないうちに帰れれば良いけど……」
遅くならないと言い残して来たのを気にしている様だ。
「その件ですが、おじょ、アリシア様、その必要は御座いません。……いえ、正確には無くなりました」
「なくなった……?」
「私がここにこうして居る時点で私の身体は死に、ご自宅もほぼ全壊かと……覚えている限りですが」
「あの爆発と炎やっぱりウチだったんだ……って死!? 今ヴェリオン自分が死んだって言った!?」
不安が的中した事にうなだれるアリシア。しかし立て続けに与えられた情報はそんな暇も許してはくれない。
「はい……なので今はこのマフラーが私の身体です」
「「なので」って全然意味解らないんだけど……一体何があったの!?」
正直疑問しか湧かない。全方位360°クエスチョンマークである。
「サリア様は以前より予見されてましたが、エズル・バシュタの軍勢から襲撃を受けまして……」
「エズル……バシュタ……」
アリシアにもその名には覚えがあった。
と、言うよりもここで生きる人々に知らない者は居ないだろう。
――エズル・バシュタ――
「国」と呼べる物が存在しないこの世界に於いて、王権の如き権力を持っている同名の大霊廟エズル・バシュタを拠点とする組織。
だが、何故それが自分達に牙を剥いたのか。しかも母は事を予見していたと言う。
「ッ! お母さん! お母さんは無事なの!?」
「サリア様は……申し訳ございません、途切れる前の記憶ではそこまでは……」
「んーーーーーーーー、全ッ然分かんないからとりあえず出口探そ、出口」
一応あれこれ考えはしたものの、現在ある情報では何もわからない。となるとこの地下空間から脱出するのが最優先だろう。
そう考え、アリシアは周囲を見回した。
「穴からの光以外は真っ暗……じゃない? 何……これ……」
闇に閉ざされた場所かと思ったが、そうでは無かった。
植物の新芽を思わせる鮮やかな緑色の燐光がそこかしこで仄かな光を放っていた。
「真っ暗じゃなくても危ないね、気を付けなくちゃ」
「私も出来うる限りお守り致します」
「ヴェリオンは見えるの? その、目も何も付いてないみたいだけど……」
「はい、原理は分かりませんが視覚はあるようです。流石サリア様お手製と言った所でしょうか」
確かにただのマフラーではない、とサリアも言ってはいたが、やはり意味がわからない。
「省かないで出来るだけ手短にでも説明して欲しかったな……」
アリシアは少し寂しげにそう呟いた。
そして燐光のお陰で周囲の地形が大まかながら把握出来て来た。
上方がアーチ状になっている通路か何かの様だ。
アーチの上端はかなり薄くなっているのだろう、そこが崩れて落下した様だ。
……そもそも誰がこんな建造物を造ったのであろうか。
いや、そんな疑問は無事脱出出来てからでいい。
とりあえずアリシアは壁を調べた。
燐光が何らかの記号――絵かも知れない――を浮かび上がらせていた。その示す所はわからない。
とりあえずその壁に沿って奥へと進んでみる事にした。
壁の一番広い所には、燐光が線になり、大きな円を描いていた。
「何だろ……小さいのもある……」
大きな円の近くには小さな円が二つあった。
その片方からは大きな円に向けて何本もの太い線が――他とは違う毒々しい赤色で――描かれていた。
色の所為か若干不穏なものを感じるが、やはり具体的な意味はわからない。
「アリシア様、アリシア様もサリア様と同じ様に「視える」んですよね? 出口に繋がるようなそれらしい通路は見当たりませんか?」
「うーん、私のはお母さん程深くは視えないんだけど……でも今の所無いね、壁の向こうは土しか無いみたい」
「視える」、というのはアリシア親子に備わったある能力の事である。
ある程度なら透視する事が出来るのだ。
サリア曰く、「私達に流れているある血の所為」との事。
ウサギがどうとかとも言っていたが、アリシアには「ウサギ」が何なのかわからない。この世界には存在しないのだ。
「もう少し探索してみますか…と」
マフラーになったヴェリオンが言う。
「うぅ…森の散策みたいに面白くない……」
うんざりした様子でアリシアがぼやく。
「まぁ、今は仕方がありません。」
最初は落ちた穴から這い上がる事も考えたが、足場になりそうなものもよじ登れそうな所もなかった為、早々に廃案になった。
そもそも出口が存在するのかという懸念もあったが、足掻けるだけは足掻くつもりである。
その時、ガコッと音がしたので咄嗟に身構えたが、それ以上何も無さそうなので音のした方を調べる事にした。
そこは廊下の突き当たりであり、壁が大きく四角形に抉れていた。
足元には燐光を纏ったキューブ状のものが複数転がっている。
「この穴の左側、光る点から穴に向かって線が伸びてる……何だろ? 右側には同じ高さに線と点……こっちは光ってない」
「あれ……? ここ……」
「如何なさいましたか?」
「この穴のある壁の向こうにまだ通路があるみたい」
壁を越えた先に通路が続いているのが見えた。もしかしたら……
続いて足元のキューブを調べると、どれも大きさは同じであり、表面に横線やL字型の溝がある様だった。
「……パズルか何かかな……?」
四角形の穴には3×3で嵌まる様になっている様だった。
確かにパズルであろうが、解いたところでそれが出口に繋がっている保証は何処にも無い。
だが他に打てる手も無いので、取り掛かってみる事にした。
どうやらキューブに刻まれた溝を伝って、左側の光を右側に誘導してやれば良い様だ。
アリシアはああでも無いこうでも無いと思案しながら、時折ヴェリオンから助言を貰ったりして、何とか完成させる事が出来た。
今は左側の光が、入り組んだ光の線を伝って右側に繋がっている。
右側の点の部分がチカチカと点滅を繰り返す。
やがて点滅が止まると、キューブの嵌められた壁がゆっくりと上に上がり始めた。
その後には、先程アリシアが言っていた様に通路が続いていた。
迷わず、とは行かないまでも、注意を払いながらその奥へと進んでみる事にした。
そして、突き当たりに上へと続く階段を見付けた。
「出口……だったら良いなぁ……」
ため息を吐きながら階段を上ると、前方に明かりが見えて来た。
「どうやら当たりの様ですね」
ヴェリオンが静かに言う。
「良かったーーー! これで帰れるよーーー……」
満面の笑顔を浮かべるアリシア。
いや、帰る家は既に失われているという話しではなかったか。
だが実際どうなっているのかこの目で確かめなくては、という思いがアリシアにはあった。
一段一段踏みしめながら階段を上ると、外の明かり――夕日の様だ――が顔に当たって眩しくなったが、今はそれすらも心地よく思えた。
しかし何だろう…人影が見えた気がした。
「もしかして、お母さん……?」
そして階段を上り終えると、目の前には透き通る様な黄金色の長い髪をした少女――いや、幼女と言った方が良いだろうか――が、夕日を背に立っていた。
「何だ、言われて来たのは良いが小娘が一人、か……さしたる問題でも無かったな」
折角なので勢いのあるうちにズバーっと書いちゃいましたー…。
でもやっぱり不定期でダラダラ続くと思いますー