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A光と闇2

A光と闇2


 カカカカカカカカ。


 つい、机を指で叩いてしまう。話すことが見当たらないからだ。記憶の状態なんて聞けないし、小説の事も話せない。事件の前後の話なんてそれこそご法度だ。ただ、机を指で叩いているとイライラしているみたいだ。久しぶりに花と話せるのにそれでは失礼、というかなんというか。今度は鼻や唇をポリポリし始める。因みに視線は合わせられるはずもない。


「ふふっ、変わらないんだね」


 花がしゃべった。


 僕はちょっと安心する。視線を合わせるきっかけになったとかそういうことではない。その声色が落ち着いていて、笑いを含んでいたからだ。色々心配していた状況と逆だったから安心した。しかしすぐに固まった。今、変わらないと言った。確か花の記憶は告白当時までしか回復してないはずだ。


「変わらないってもしかして」


「今思い出した。昔からその指で机叩いたり、その後に鼻とか口に手を運ぶ癖。変わってないなって」


 僕はがっと机を掴んで覗き込む。


「大丈夫。痛くない。何ともない」


「うん。大丈夫だよ。全然大丈夫」


 花が力こぶを両腕で作ってみせる。ふぅと、腰を戻すが、僕はすぐにこう言った。


「やっぱりダメだ。先生に診せなきゃ。記憶戻ったんだし」


 と、立とうとすると先ほど机を掴むために残った手を花が包んでくる。それ自体に大した力はなかったが、僕は動けなかった。


「大丈夫だって。私が言ってるんだから大丈夫なの。久しぶりに話したくないの。先生には後で報告すればいいんだし」


 そして僕が何かを言い返そうとごにょごにょしていると、


「はい、私の目を見る。じっと見る」


 命令されて従わされて


「あなたはだんだん話したくなーる。あなたはどんどん話したくなーる」


 まじないをかけられた。


 これは会話に詰まった時に花が良く使う手だ。基本的に二人の時はおしゃべりな花の方がしゃべるのだけど、それでも会話が詰まる時がよくある。僕もそこまでしゃべる方ではないから。すると花はこのまじないで「お前がしゃべれ―、おまえがしゃべれー」と訴えてくるのだ。


「はいはい、わかったわかった」


 もうやけだ。しゃべれるだけしゃべろう。


「で、今彼女いるの」


 二つの意味で心の中でガクッと膝を折る。お前がしゃべるんかい、そして


「いるわけないだろ」


 割と大きい声が出たと思う。周りがぎょっとこちらを見た。ちょっと恥ずかしくなって肩を窄めた。


「ふーん、そうなんだぁ」


 何やら意味ありげな反応をされた。


「ずっといないの」


「いないよ」


 意図はわからないけど普通に応える。


「じゃあ、私が記憶を取り戻さなかったら、どうするつもりだったの」


 グサッと来る質問をされた。


 考えたことが無いわけじゃない。何人かに告白されもした。しかし、良い返事をしたことはない。理由は二つ。一つはその気になれなかったから。そしてもう一つは……闇の住民だから。


「一人身、だったかも」


「はぁ」


 花は大きく溜息を吐いた。


「純ちゃんに物申す―。


 えっとね。それ私は嬉しいよ。とってもね。変わらぬ愛を貫いてくれるなんてロマンチックだし。


 でも、それじゃあ純ちゃんが幸せになれないじゃん。別に彼女くらい出来てもいいよ。いや、結婚しなさい。赤の他人の道を選んだ時点でもう相手は死んだも同然なの。わかった」


 至極真っ当な意見である。


「いや、そうなんだけどさ」


 とは言え、僕の闇を話すのも違うか。


「言い訳しない」


「……はい、わかりました」


 上手く丸め込まれてしまった。


「因みに私は彼氏いるよ」


 ドドキンッと心臓が痛む。話の流れからして僕の事ではないだろう。僕のことであって欲しいが。つまり、別に彼氏がいるということだ。世界がグニャグニャに曲がって見える。


「もう別れるつもりだけどね」


 えっとえっと、それはやっぱり僕の事じゃないから、別の人の事だよね。


「それって僕のこと」


 小さく聞いてみる。


「何言ってるの。純ちゃんと付き合いなおすために別れるんじゃん」


 ふぅ。と背もたれにどっしりと身体を預けた。


「良かったぁ」


 地味に冷や汗が出るや。


「って、付き合ってたんだ。誰と」


 少し余裕が取り戻せたので突っ込んでみる。そう言えば、ゲームで聞いてたじゃないか。すっかり忘れていた。


「先生が紹介してくれた人。外科医かな」


 なるほど、あの先生が絡んでいたのか。術後のアフターケアというやつだろうか。後で問い詰めたい内容だ。


 ところで、この様子だとゲームで色々話してることは知られていないらしい。それすら制限されている中で、直接会って話して、記憶甦っちゃって、本当に良いのだろうかと思う。


「蜘蛛の糸って作品知ってる」


 ドキッとする。小説のことはバラしてはいけない。


「ああ、うん。知ってるよ。もっとも、記憶にあるのは最新版の方だけど」


 つかず離れずだ。


「最新版。もしかして純ちゃんも桃先生のやつ読んだの。私は先生に貰ったの」


 ああ、先生に貰ったのか、花は。


「僕は違うよ。普通に書店で気になったから買った。昔から知ってるでしょ。僕が読書好きだって」


「え、ああ、うん、そうだよね」


 何か歯切れが悪い。あっ、その記憶は戻ってなかったのか。


「あっ、ごめん。今のは忘れて」


 とりあえず取り繕う。


「ああ、ううん。私が悪いから」


「違うよ、僕が悪いんだ。記憶を奪ったのは僕だから」


 二人して沈黙する。


 カッカッカッカ、ポリポリポリポリ。


「あ、またやったー」


 花は子供がおもちゃを見つけた時のようにはしゃいだ。


「あっ、ごめん。これは悪い癖だね」


 今度は二人して笑う。こうして笑えるとすごく安心する。心配事が吹き飛んでいくから。


「で、蜘蛛の糸どうだった」


 花が興味津々である。何か話したいことがあるのかな。


「うん。良かったよ。エンディングの辺りがやっぱり好きかな。バッドエンドだったのをハッピーエンドにしたところ。でも内容的には変わらないのがまた味があるというか、斬新というか、面白いよね」


「うんうん。それもそうなんだけど花はね」


 そこで一瞬勿体ぶる。


「蜘蛛の糸が私達にも垂れてくればなっておもったんだよ。そしたらあの夢が見れたの」

花の言っている夢とは告白の時のものだろう。なるほど、そんな感じだったのか。


「じゃあ花は大悪人なんだね」


 ちょっと茶化してみる。


「うん。そうなのかもしれない」


 が、本人は割と本気で思っているようだ。


「花が大悪人のわけないじゃん」


 一応突っ込んどいた。花は悪いことしていない。


「そうなのかな。そうだといいな。ほら、因果応報って言葉あるでしょ。だから……」


「絶対違う。花は何も悪いことしていない。僕が保証するから」


 悪いのは明らかに一方的にあいつだ。


「……ありがとう」


 まあ、記憶が戻ってないんじゃ、不安になるのも仕方ないよな。


「大丈夫。絶対それがわかるから、待ってて」


 僕は立ち上がって、入口の方へと向かって行った。


「それと蜘蛛の糸。僕が大悪人になる。君は天国に行くのに気付かせてくれた悪人くらいじゃないかな。悪い人じゃないけど。ともかく僕が天国へ連れて行くから。二人で糸を手繰り寄せようね」


 そう言って、僕は扉を開け放った。


 ちょうど一時間弱使った。普通に行っても、あのオフィスに一八時頃に着く。だけど、先生がいなくなってるかもしれない。少し先生と話したかった。報告もあるし。かなり急いで帰って走って到着した。一七時三〇分。先生がいるかどうか……。


 扉を開けると先生がまだカタカタと作業していた。先生は時計を見ると、


「あら、早いんだね」


 と言う。


「先生、花と会いました。カフェで。記憶が少し戻ってます」


 まずは報告する。先生はすぐに立ち上がり、動き出した。


「容態は、いや、いい。花君は今どこにいる」


 医者として当然の動きである。


「あの、花はたぶん大丈夫です。笑っていたから。一応今は病室にいると思います。それよりーー」


「病室だな。またすぐに連絡す――」


「花は大丈夫です。それより話を少しだけ聞いて下さい」


「なんだ。花君より大事なことがあるのか」


「花のために大事なことがあります」


 僕がそう言うと先生がようやく動きを止めた。


「花君のために大事なこと」


「はい。小説のことです」


「小説のこと。何か問題があるのかな」


「問題、ではありません。ただ提案があります。鹿島のやつと先生にも書いて欲しいんです」


 先生が訝しい顔になった。


「ん、どういうことだ」


「これ、ノンフィクションで書くんですよね。でも、事件のとことか治療のところとか、僕が書くとフィクションになっちゃうんです。だから、先生たちが直接書くことで、本当のノンフィクションにしたいんです。メインはもちろん僕が書くんで」


 これが僕の思い付き。どうせみんな素人だし、その方が良いと思う。花に正確に三年間や事件を伝えるために。


「ふむ、鹿島君と僕が、か。いや、悪くないかもしれん。桃の負担は増えるが、元々暇人だから問題はないだろう。しかしいいのか。鹿島との共同作業……。まあいい、わかった。アウトラインを作ってくれ。誰がどこを書くか、構成を考えよう。


「はい。わかりました」


 この作品、意外と面白くなりそうだ。あっ、もちろん。花にしか見せないものだけど。花に本当の三年間を見せるんだ。

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