シタワシキヒト
私は決していい子ではない。
それは校内でも誰一人知らない事実で、今ではいつでも一緒にいる親友のあずはでさえも勿論知らないことである。
学校での私は特別目立つところのないおしなべて普通の女の子だ。
そんな取り柄のない私を何故か転校してきた彼女は親友と位置付けてくれたのである。
それはとても名誉なことだった。
しかしそれがどうも鼻についたらしい三上さんや彼女と何やら遺恨があるらしい志帆からは少々疎まれているけれど。
あずはは本来誰もが注目するほどのカリスマ性を持ち合わせていながらあまりそれを表立てようとはしない。
それ故に彼女の魅力に気付かない人達さえいるのだから勿体ないとしか言いようがなかった。
もし私が同じような魅力を持っていたら――それで金も愛も権力もすべてを手に入れてやるのに。
私は今までずっといい子であることを演じてきた。
そうでなければ両親は私を見てくれなかった、そうでなければ誰も私を認めてくれなかった。
だからそれは私にとっての最低条件でそれに付随して日々いろいろな才能を磨いていかなければならなかったのである。
そんな真面目でいろいろなことのできるいい子の自分が崩れ去ったのは今から3年ほど前の話だ。
晴れて私は悪い子の仲間入りをしたのである。
確かにその結果たくさんの学びを放棄し両親の期待する娘ではなくなってしまったけれど、代わりに今までよりいろいろな人に愛してもらえるようになった。
後悔はない――今のほうが世間的には良くなくとも私自身はとても満たされているのだから。
あずははきっとこんな私を知っても離れていくことはないだろう。
しかしやはり彼女の耳にこんな美しくないことをわざわざ入れたくないし、醜い私のことは知っていてほしくない。
そして知らなくても私達はこれからもうまくやっていけるはずだ。
ただひとつだけずっと疑問なのは表面上こんなにぱっとしない私を何故彼女は選んでくれたのか――である。
目の前で林檎のタルトと紅茶を楽しむあずはをちらりと目の端で見ながら自分もケーキを口に運んだ。
私の視線に気が付くと彼女は花が咲いたように微笑んでみせる。
ああ 好きな人と美味しいものを食べるって素敵。
何故――なんてそんな些細な疑問はこんな幸せのなかではどうだっていいことだ。
最近は私を悪い道に誘った彼女達との関係も薄くなるくらいあずはが一緒にいてくれた。
これは――夢の中だ。
そうわかったのは今まであずはと勉強会をしていたのを覚えていたからである。
意識もぼんやりしているしなんだか現実味もない。
でもそこはうっすら記憶にある部屋だったので多分お客さんのうちの誰かの部屋なのだろう。
彼ら個々人に対しては正直なんの感情も持っていなかったから誰が誰だったかなんて全く覚えていなかった。
すると突然玄関の鍵を開ける音が聞こえてきたので夢だというのに驚いてつい反射的にクローゼットの中に身を潜める。
ドアを開けたときの慌て方とは裏腹に聞こえる足音はとても静かだ。
少しの間部屋の中を動き回った足音は諦めたのかわりとすぐに止まり、代わりに聞きなれた声が私の名前を呼ぶ。
なんだ あずはだったの、なんて言いながら私はクローゼットの扉を開ける。
目の前に立っていたのは確かに私の知っている彼女だった。
ただ瞳が――海のように澄んでいた水色の瞳が、薔薇のように甘いピンク色に染まっていることを除いて。
「あなたは覚えてないんでしょうね」
突然言われた言葉に混乱しているうちに、彼女の横には細身の男が立っていた。
ぼんやりとしか覚えていないが確かに前のお客さんで、今はもう会っていない――。
次の言葉を紡ぎ始めたあずはの声は聞けないまま、彼女という闇に私は吸い込まれた。
壱良麻奈から見た唐沢あずはとは。