ヒトシキヒト
最近転校してきた唐沢あずはは良くも悪くもとても目立つ女子だった。
そんな唐沢とよく話すのは壱良だけではなく、実はボクもその一人であるということを大概の人間は知らない。
むしろそれを知られることはボクにとっても唐沢にとってもデメリットにしかならないので今のままで構わないのだが。
それに基本的にボク達が話すのは人目につかないところばかりなので皆が知らないのもある意味当然のことだ。
こう言ってしまうとなんだかボクみたいな冴えないやつがモテる女子とバレないように付き合っているようにも感じられるかもしれないが、これはそんなに甘酸っぱい青春めいたことではない。
それは偶然お互いの秘密を知ってしまったことで結ばれた、利害関係のひとつなのだ。
更に言うなればその秘密はボクの方がバレると圧倒的に不利なので、完全に主導権は唐沢に握られている。
とはいえボクとしてはそのスリルも楽しさになっているので大して困ってはいないのだけれど。
ただ唐沢のやりたかったことはきっともうすぐ終わるのだと思う。
表面上はわかりにくいが態度や言葉の端にかすかな焦燥感と高揚感が感じられる。
それに何の根拠もないが何故かそのことだけは断言できた。
それはとても簡単な合図だった。
机に置いたままの筆箱に入った黄色い紙の切れ端に3の数字。
3時限目にいつもの場所で――気づかなかったらそれまでのただただ古典的な連絡方法だった。
あとは鍵のかかったいつもの屋上で落ち合うだけだ。
なぜボクらがそんな解放されていない屋上の鍵を開けられるのかはここでは割愛させていただく。
これにはこれで説明するには面倒な長い話になるのでまたの機会があればお聞きいただこう。
約束の時間、屋上のドアを開けるとこの季節のわりに肌寒い風と雲一つない澄み切った青空がボクを迎えた。
本格的な夏が過ぎ溶けそうなくらいに暑かった屋上のコンクリートも、今では程よく冷やされ心地よく過ごせる環境になっている。
ボクのような日陰者にとっては眩しい太陽に阻まれながら彼女を探す。
彼女はいつものように給水タンクに身体を預けながら青以外何もない、面白みのない空を見上げていた。
「レニー、そんな空見て何が面白いの」
そんな他愛のない質問に対し無表情のままこちらを一瞥すると彼女はまたすぐに視線を空に戻す。
こんな対応もまたいつものことなので気にすることもなく彼女の隣に腰を下ろした。
ボクと唐沢はどこか近しいものがある。
だからこそボク達はこうして出会い、このような関係を築くことができたのだろう。
多分彼女にとって今対等な関係にあるのはきっと――唯一ボクだけだ。
勿論それは自慢にもならない決して微笑ましいことでもない。
しかし長い人生の中で今一瞬しか交わることのない彼女がきっとこの先たった一人のボクの理解者となるのだろう。
そう考えてしまうあたりボクも大概唐沢に毒されてしまっているのかもしれない。
「南雲――あなた空を見て面白いなんて思ったことがあるの」
暫くの沈黙の後の、返答。
大した会話をすることもないまま当初の目的でもあるものを彼女に渡す。
これは些細な確認にすぎない。
しかしこれは彼女なりの最終確認なのだろう。
ここにきてやっと唐沢の物語が終幕することを確信した。
ボクと彼女の関係もここまでだ。
初めて見る彼女の笑顔に、ボクも薄く笑って空を見上げた。
和田南雲から見た唐沢あずはとは。