ワビシキヒト
「ねえあたし唐沢さんと仲良くなりたいんだ、よかったら友達になってよ」
その言葉にクラスメイトの彼女――唐沢あずははこちらを一瞥することもなく本を読み続けていた。
まさかとは思うけど理由があって近づいていることに彼女は気づいているのだろうか。
とそんなことも考えたけれど何日か彼女を見ているとそれが間違っていることにすぐ気が付いた。
そう――ただ単純に興味がないのだ。
その対象はあたしだけじゃあない、クラスメイトも彼女を見に来た誰に対してもそうだった。
唯一クラスメイトの麻奈とだけは仲良くしているようだから何かしらの基準で人を選んでいるのだろう。
まあいくら本人がこの調子とはいえど一樹に頼まれたことはちゃんと遂行しなければならない。
それが一樹との約束なのだから。
あたしと一樹は同じ施設で育った、いわゆる幼馴染というやつだ。
当時から比較的社交的で友達の多かったあたしはその頃の一樹にとって唯一の友達だったと思う。
いや彼は多分あたしを友達だなんて思っていなかった――あくまでも一方的に話しかけてくる変な奴だったかもしれない。
それでも一樹はある程度あたしのことは認めてくれていたようで先生達には話さないことも時々話してくれていた。
そんな何でもないある日。
棚瀬のことが好きになったとあの人嫌いの幼馴染から告白されたときには流石のあたしも驚いた。
だってそうじゃないか、今まで人のことを嫌いになることはあれど受け入れることのなかった彼が。
これはいわゆる同性愛、俗に言うボーイズラブというやつなのだろうか。
一般的なことではないのかもしれないが初めて彼が心を開いたのだ。
あたしはどんなことがあろうとも最後まで絶対応援してやる。
成長する息子を見守る気分になりながら――そう心に誓った。
一樹が棚瀬のことを好きになってからこの約3年間、棚瀬に好意を持ったり棚瀬が好意を持ったりした相手を排除していくことがあたしのやるべきことだった。
そのためにはその好意を持つ相手が他の人を好きになればよいのでは――なかでも邪魔したい張本人の一樹を好きになるのが一番動きやすいのではと結論付けたあたし達は今までそうして動いてきたのである。
傍からこれを見れば短絡的な行動に思えるだろうが、今まで恋愛をしたことのないあたし達にとってこれぐらいしか思いつかなかったのだから仕方がない。
そして今回も勿論同様にしていくつもりだったのだ。
しかし棚瀬はもとより一樹やあたしまでも興味を示すことのないこれは――何より明白な拒絶だった。
当初の目的こそ棚瀬から彼女を話そうという目的で近づいたがどうやらあたしも気付けば彼女に魅入られていたらしい。
ほぼ誰にも心を開かないそんな彼女に強さと、美しさと――そして侘しさを感じたのである。
本人が気付いていようといまいとに関わらずこんな寂しい生き方はないだろう。
あたしならとてもじゃないけど生きていけない、あたしが友達になってあげないと。
こんな感情一樹に出会ったとき以来だ。
きっと彼が彼女のことを不快なのはきっと自身に似ている所為もあるのだろう。
そんな一樹には申し訳ないけれど彼女は棚瀬に興味もないようだし、今回はあたしが友達になりたいという方向でアプローチしていくことを許してもらおうかな。
心のなかで親愛なる幼馴染みに謝りつつ、あたしは今日も懲りることなく彼女に拒絶されに行くのだ。
矢川たづきから見た唐沢あずはとは。