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唐沢あずはの人間論  作者: あーの
4/10

カナシキヒト

独特な雨の香りが狭い室内に充満して湿気がしっとりと身体にまとわりついてくるのがとても気持ち悪い。

空には雲が重々しくのさばっていて、景色はすっかり雨に濡れている。


こうなってはまともに練習できない俺達はいつもの雨の日トレーニングメニューである筋トレではなく、珍しくミーティングのために視聴覚室に集まっていた。

監督が次の試合の相手のビデオを流し始めるのを横目にぼんやり外を眺める。

窓から見える濡れたグラウンドには誰もいない。


燐、と親友から呼ばれ俺は大人しく前を向いた。





小さく、でも芯の通ったまっすぐな声をした彼女との接点は正直クラスメイトという以外あまりない。

それでも何度も何度も些細なことから話しかけて仲良くなってみると、彼女は存外よく笑った。

真面目な顔をした彼女ももちろん好きだったが、はにかむように笑う彼女により俺は目を奪われていったのだ。


そんな片想い中の彼女、奈々祁陽子は俺たちのクラスを仕切るクラス委員のひとりである。

いつもならば何かしら日々彼女と話すきっかけがあるものの、最近彼女が転校生の唐沢あずはにつきっきりでなかなか関わる機会がなかった。


まあそれもクラス委員の仕事の一環なので仕方ないことかもしてないが、転校生に心酔している奴らからの嫌がらせが少なからずあったらしい。

何度か先生それとなく伝えてみたものの表面化しない嫌がらせを発見することは難しかったようだ。


しかしなんとなく想像はつく。

首謀者はきっと三上だ、なにせ告白したという噂すらあったのだから。


だがしばらくすると転校生は他に仲の良い友人ができたようでだんだん奈々祁への嫌がらせは沈静化していった。

ターゲットが他へ移っただけなので本当はよろしくはないが正直少し安心してしまったのも事実だ。

俺は転校生との関わりが全くないので、なぜ三上たちはそんなに陶酔しているのか未だよくわからずにいる。


唐沢はどこか他の同級生より大人っぽく――なんというか違和感や曖昧さが強い気がしてなんとなく怖く感じてしまう。

ただぼんやり関わり合いたくないと思ってしまっている自分がいた。





ミーティングもそろそろ終了に近づき、ふと窓の外を見る。

殴りつけるような雨がガラス窓を割ろうとする勢いで打ち付けていてまだまだ降りやむ様子はない。

そんななか水を吸いきれず薄い湖のようになっていたグラウンドを歩く影が見える。


ああ、唐沢あずはだ。


この教室は3階だ、距離も遠くこの大雨のはずなのに何故かすぐにはっきり彼女だと判断できる。

たっぷり水分を含んで濡れた長い髪や制服が身体にべたりと貼りつき、それがまた艶めいていた。

そのままぼうっと雨に打たれながら立ち尽くす彼女がとても悲しげに見えて胸が締め付けられる。


そしてそれは今まで彼女に対して抱いたことのない感情でもあった。

きっと俺は彼女のことを知らなすぎるのだろう。


彼女のことを知りたい――と、少し思った。


校舎のほうから彼女に近づく傘が見える。

あんなに特徴的なカエルの傘を持っているのはひとりしか知らない、奈々祁だ。

声をかけているようだが唐沢は全く動こうとせず、奈々祁が半ば引きずるように校舎へ引っ張っている。


ミーティングが終わり深く考えることもせず俺はすぐ玄関口へ走っていく。

そこにあの悲しげな彼女の姿はなかった。


棚瀬燐から見た唐沢あずはとは。

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