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紅葉狩りの夜

作者: 昼咲月見草

 今日は満月だ。

 空には大きなお月様が、明るくまあるく、輝いて浮かんでいる。


 ぼくはそれを縁側の近くまで行ってじっと見上げていた。


 家族はみんな、もうぐっすり寝ている。

 月の光が差し込まない部屋の中で、暗がりの影の中で眠っている。


 ぼくはその影の中から、布団からはいだしてきて、じっとお月様を見上げていた。


 煌々とかがやく。

 おじいちゃんがそんなことを言っていたような気がする。

 お日様とは違う、けれど確かに、明るく強く届く月の光はとても不思議で、ぼくはただぼんやりと見上げていた。


 満月の光を全身に浴びながら、くっきりと浮かび上がる全ての影に、世界の青く輝く姿に、ぼくはただ見とれていた。

 静かで、とても静かで、眠るのはもったいなくて。


 さわさわ、さわさわ、と草木が揺れる。


 その草木の間から声が聞こえた。



 夜だよ、夜だ


 紅葉狩りの時間だよ


 満月様のおすそ分け、もらいはぐれは恥ずかしい


 起きろ起きろ


 枝に飛び乗れ



 草の間から、庭木の間から、青い光のつくる影の中から、虫や鳥や犬や猫、うさぎに蛇にコウモリに、鹿に猪、クマに狼、狐に狸が飛び出した。

 そして庭の隅に祀られている、小さな石の前に集まっていく。


 その小さな石の上には、小さな人が立っていて、満足そうに腕を組んでうなずいた。


「みな、今宵もよく集まった。今夜は満月、紅葉の宵じゃ。月の力が強い雲ひとつない今夜は質の良い月紅葉がたっぷり穫れよう。精を出せ。みなが集める今宵の紅葉は、また来年の実りとなる」


 また来年の実りとなる


 冬もきっと豊かになる


 年越し幸い、春もめでたい


 もろもろ嬉しき愛しき世かな



 集まった虫や獣が声をぴたりと揃えて歌うように言った。


「では柘榴の精よ、枝を」


 石の上の小さい人が左腕を上げる。

 そばに立っていた昔の人の衣装を着た、やっぱり小さな女の人が頭を下げる。


 それが合図だったかのように、庭で1番大きな、この辺りの家の庭では1番大きなうちの柘榴の木が、めきめきと音をたててふくれ上がり、枝を太く長く伸ばし始めた。


 そしてその枝の先を石の上の小さな人の目の前の地面に下ろす。


「ではみなの者、いざ出発! 紅葉狩りへ!」


 紅葉狩りへ!


 声を高らかに、虫や獣たちが枝を登っていく。

 ぼくは思わず、はだしのまま庭に飛び出した。

 走っていって、石の人の前に立つ。胸がドキドキして、息が上がって、ぼくは何を言えばいいのかわからなかった。


 石の上の小さな人は、ふむ、と腕組みをしてぼくを見た。


「珍しいの、こぞう。人が月紅葉を狩るか」


 月紅葉なんてぼくは知らない。

 石の上の小さな人のことも、うちの柘榴の木が大きくなることも、虫や獣がしゃべれることも、何にも知らない。

 でも、弾む息のままぼくはうなずいた。


「よし、来い、こぞう。夜の世界を見せてやろう!」


 小さな人が笑ってぼくを枝に誘う。

 ぼくも笑って乗り込んだ。



 柘榴の枝はぐんぐん伸びて、伸びて伸びて、山の向こうの谷川まで伸びた。

 雲のない空は光と風で目も開けられないほどで、ぐんぐん近づく山の暗い緑がときどき月の光できらめいて、ぼくはみとれるあまり、うっかり枝から落ちかけた。

 虫も獣も石の人も、そんなぼくを見て笑っていた。

 柘榴の枝も震えて笑っている気がして、でもぼくも一緒になって笑った。

 怖いことなんて何もなかった。危ないことも。


 谷は今、昼間は紅葉狩りのお客でいっぱいだ。

 でもこんな真夜中には人はもう誰もいない。


 柘榴の枝から降りた僕らは、薄青い月光が降り注ぐ谷川をゆっくり歩いた。

 静かな静かな、川の流れる水音だけが響く夜の中、ひらひらと紅葉が降り注ぐ。

 月の光の薄青に染まった紅葉は、もう紅葉とは言いがたく。

 かさりかさりと降り積もる。

 不思議なことに、こんなにたくさんの虫や獣がいて、落ち葉を踏む足音ひとつしなかった。


「こぞう、おまえは初めてだからな、教えてやろう」


 石の人がニヤリと笑う。


「あれらはみな、夢の中で働いておるのよ。人の中にもときおりそうしてやってくる者がおるが、おまえのようにしっかりと起きている者は珍しい。そのままでは歩くのにも難儀しよう。またせっかくの紅葉を踏まぬよう、われがまじないをかけておくゆえ安心せい」


 お礼を言おうと口を開きかけたぼくに、石の人はもう一度ニヤリと笑った。


「なに、礼はいらぬ。その代わりしっかり働いてもらうゆえ」


 そして川沿いの道を指さした。


「今宵は満月。月の力が満ちる夜。わかるか、こぞう。月の光を受けて紅葉の一葉一葉(ひとはひとは)が輝いている。あれにはな、月の恵みが満ちておるのだ。それを集めてたくわえて、これから一年の日々の恵みとする。われはそうしてこの土地をずっと守ってきたのだ」


 見上げたぼくに、石の人は今度は優しく笑う。


「良い月紅葉を集めてこい。おまえとおまえの家族、おまえの住む町がまた一年、幸せであるように」


 ぼくは走った。

 走っていって、虫や獣と一緒になって、きらきら光る、薄青く光る紅葉をたくさん集めた。

 満月の力を集めた月紅葉を。


 月紅葉はたくさん降ってくる。

 ぱらぱら、はらはら降ってくる。

 月紅葉に埋もれて、ぼくは笑った。

 虫たちも笑った。

 獣も鳥も、転げて笑った。

 川が流れて魚が跳ねた。

 跳ねたしぶきがぼくらをぬらし、帰りの枝の上から雨を降らす。

 やわらかく降ったしぶきの雨は、月の光で輝く虹へと生まれ変わった。



 月紅葉、月紅葉

 

 また来年の実りとなる


 冬もきっと豊かになる


 年越し幸い、春もめでたい


 もろもろ嬉しき愛しき世かな


 ああ月紅葉、夜紅葉


 幸い降らせて虹降らせ



 夜の中に声が響く。

 柘榴の枝に花が咲き、紅く大きな実となって、ぼくたちみんなに渡された。

 すっぱいはずの柘榴の果実は甘くて瑞々しくて爽やかで、食べたことのない味がした。




 翌朝、ぼくは小鳥の声と朝の光の眩しさで目を覚ました。


 縁側のそばで大の字になって、お腹を出して寝ていたら、お母さんにものすごく怒られた。

 いつも優しいおばあちゃんにも怒られた。

 お姉ちゃんにはバカにされた。


 でもぼくは平気だった。


 ぼくの髪にからんだ大きな紅葉の葉が、まだ月の光を放つようにキラキラしぶきを輝かせていたから。


 お姉ちゃんは、それ朝露って言うのよ、ってまたぼくをバカにしたように見たけれど、ぼくは全然平気だった。

 だって、何にも知らないのはお姉ちゃんのほうなのだ。


 ぼくはサンダルを履いて縁側から庭に出た。

 庭の隅には小さな石が祀られている。


 なんの石なのか、なんでそこにあるのか、誰も知らない小さな石。

 おじいちゃんのおじいちゃんがとっても大事にしていたから、ずっと大事にしなきゃいけないんだって言われてた石。


 ぼくは石の前にそっと紅葉の葉っぱを置いた。

 もう石は喋らない。小さな石の人はいない。

 けれどぼくは、石の人に最後に言われた言葉を覚えている。


『来年もまた、呼んでやろう』



 ぼくと石の人の、世界の秘密。


 月紅葉。










挿絵(By みてみん)

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