第06話 出発に向けて
目が覚めると、既に夜は明けていた。起き上がる時に全身に予期せぬ痛みが走る。筋肉痛である。昨日あれだけ過度に動いたのだからまぁ仕方がない。
隣ではまだジールが眠っている。昨日の戦いでよほど疲れたのだろうか、起きる気配が全く無い。なので俺は1人で下に向かった。
一階には団服姿のラミラスさんの姿があった。食卓に顔を埋めて寝ているようだ。帰ってきてからそんなに時間は経っていないっぽい。……と言う事なので俺は静かに身支度をし昨日の現場に向かった。
現場には世界ギルドの連中が沢山いて、瓦礫等々を片付けていた。その中には俺の知ってるやつもちらほらいた。
1人、こちらに気づき近寄ってくる人がいる。昨日俺を治療してくれた青年だ。
「よぅ。結構早起きだな」
「そっちこそ、こんな朝早くから大変ですね」
「まぁ、仕事だからしょうがないさ。ところで、一体何のようでここに?ラミラスさんならお前達の宿に帰ったはずだけど。」
「ちょっと被害規模が知りたくて。行方不明者とかっていたりしますか?」
「被害規模?行方不明者は今のところは確認できてないな。まあ、今回怪我人だけで済んだのもお前らのおかげだな。お前らがあそこで前線を張ってなきゃこの町ももっと被害が出てたかもしれない。一団員として、俺からも礼を言うよ」
青年はそう言いながら頭を下げる。
「んで。お前もそのうち来るんだろ?ギルドに。」
そのまま顔を上げながらニヤけ混じりの顔で俺に聞いてきた。
「えぇもちろん。すぐに入ってみせますよ」
俺も奇妙なニヤけ顔で返した。
その後、現場の片付けを終えた団員たちは青年の撤退合図とともに帰っていった。
「さてと、俺も帰って朝飯食うかな」
このまま帰ろうと思ったが、俺はふとさっきの会話を思い出す。そういえばあの人この街もって言ってなかったか……?
いや、気のせいか?
まぁ良いや。とりあえず今は帰ろう。
「あれ?外出してたんですね」
ラミラスさんは既に起きいて、紅茶を啜りながら食卓に座っていた。
「あ、おはようございますラミラスさん。ちょっと昨日の現場に行ってました」
「現場に?もう団員のみんなは帰ってましたか?」
「今さっき帰っていきましたよ」
「そうですか。じゃあ私もそろそろ行かないとですね」
そう言いながらラムラスさんは席を立ち紅茶茶碗を片付けた。
「え、もう行くんですか?」
「申し訳ないんですけど、行かねばならない理由が出来てしまいました。実は昨日の一件、魔物の襲来は各地の街で起きてたみたいなんです」
各地で……。さっきのは気のせいではなかったか。
「なので今週その事で臨時の会議をギルドで開くみたいなんです。会議の後もずっと向こうに居なきゃいけなそうなので、ちゃんとお別れを言う為に一旦帰って来たんですけど……。そういえばあなた達もそのうちギルドに来るのでしたね」
少し笑い気味に言った。
「最後まで面倒見れなくてすいません。この際代金はいらないので浮いたお金で食事頼みます。ジールにも言っておいてくださいね」
そう言いながらラミラスさんは玄関前まで移動した。
「わかりました。このことはちゃんとジールにも伝えておきます」
「お願いします……。では、そろそろ行きますね」
玄関のドアを開けけラミラスさんは外に出た。去り際、「ギルドで待ってますよ」と言いながら爽やかな笑顔を見せた。全線で戦うのが怖いとか辛いとかを、そんな質問を愚問にするほどの爽やかな笑顔であった。
言おうか迷ったが、感謝の言葉など、今は必要ないだろう。
「さて……と。それよりも今は考えなきゃいけないことがあるな」
そう言いながら俺は食卓の席に着いた。
魔物の襲来。一体何が目的なんだ?ベルム国が狙われてるってことは狙いは世界ギルドか?……いや。現状じゃ狙われてるのがベルム国だけとは断定できないな。もっと情報がいる。その為にはまず世界ギルドに行かなきゃ……。
思いの外、時間がないのかもしれないな。
「あれティア。ここにいたんだ」
2階からジールが来た。
「おはようジール」
「おはよう。あれラミラスさんは?帰ってきてないの?」
「いやさっきまでいたけど、もうギルドに帰った」
「え、もう?」
「あぁ。ギルドで待ってるってよ」
「そっか。ところで今日はどうするの?」
……驚くほど切り替え早いなコイツ。
「そうだなぁ。取り敢えず明日の朝には出発だからそれの準備でもしようか」
「あれ?修行は無し?」
「この街に来た時はする予定だったけど、昨日の一件で俺らは働き過ぎた。これ以上疲労を溜めても意味ないし今日は準備の時間にしようかと思ってな」
「ふーん」
………
……
俺たちは宿を出る準備をしてから、街に出た。被害が出ていない場所では、今日もいつも通り店を開いていた。
「なぁジール。これ食い終わったら武器屋行ってみないか?」
店で買ったサンドイッチを齧りながら言った。
「武器屋?別に良いけど、セルリアに行ってからでもいいんじゃない?」
「見るだけだよ。お前もちょっと興味あるだろ?」
「別に無いわけじゃないけど……」
「じゃあ行くか」
その後、俺はジールを連れて近くの鍛冶屋に向かった。元来武器屋と言うものは表向きには存在しない。衛兵やギルドの団員など、武器を必要とする職に就いている者以外は持つ事が禁止されてるからだ。逆にいえば衛兵やギルド団員は武器が必要になる。だから鍛冶屋は皆裏に武器庫を控えているのだ。
(表向きの鍛冶屋では鉄製の日用品などを売っている)
「いらっしゃーい……あら?今日は随分と可愛いお客さんが来たわね」
店のカウンターには薄い紫色の髪を靡かせた綺麗で色気のある大人の女性が立っていた。
「あ、お、お邪魔します!」
ジールが畏まって言った。別に店なんだからお邪魔しますとか言わなくても良い気もするがだが……。
そんなジールを横目に俺は女性のいるカウンターへ向かった。
「武器庫見たいんですけど……」
「内容は可愛くないわね坊や。団員?」
「いーや。今は違うけど、そのうちなりますよ」
「ふーん。若いのに結構あるじゃない」
「あそこにいる奴はもっとありますよ」
俺は笑みを浮かべながらジールを指さした。始終を聞いていたジールだが、困惑した顔をしていた。
「……この奥にあるわ」
「ありがとう。さ、入るぞジール」
俺はジールを連れて裏口から武器庫へ入った。
「ティア、さっきの会話は何だったの?あるとか無いとか……」
「見えなかったか?魔力を放出してたんだよ」
「魔力を?」
「あぁ。衛兵にしても団員にしてもそれなりの魔力量があるだろ?鍛冶屋にはそれを見極めるための店員がいるのさ」
「でもそれだと強い魔力を持った悪い奴も入って来れちゃうんじゃ無いの?」
「お、いいこと聞くじゃ無いかジール。でもその問題はないかな。
店員をやるのは皆ギルドの団員なんだ。だからそれなりに目が利く。
まぁ証を見せればそこまで吟味する必要もないけど、根っからの悪は魔力に現れるからな。さっきの女の人だってきっと団員だぜ」
「そうなの?!……ギルドって意外と複雑なんだね」
「ま、そのうちジールにも色々わかるさ」
「……あれ?でもティア。昨日あの人いたっけ?」
「いや。いない。団員ってのも忙しいもので毎日店員として就いてるわけじゃないんだ」
「うーん……難しいな……」
かなり複雑な構成だから考え込むのも無理はない。俺はそう言う仕事全部断ってたから、詳しいことまでは俺もわからないのだ。
そんなこんなを考えながら歩いていくと、やがて武器庫についた。
「うわぁ、すごい……」
ジールが感動をあらわにしている。
棚には剣から槍、弓など数多くの武器が並んでいた。
どれもこれも普通だな。やっぱり武器はセルリアの鍛冶屋で買った方が良さそうだな。
セルリアのは世界ギルドの本部がある。故に周辺の鍛冶屋にはなかなかの手練れが集まっているのだ。
そろそろ帰るかーー
「ねぇ。もしかしてラミラスのとこにいたのってあなた達?」
突然後ろから話しかけられた。俺とジールは思わず「うわぁ!」という声を出しながらビクッとしてしまった。
慌てて振り向くとそこにはさっきの女性がいた。
「え、まぁ、はい」
「やっぱり!ラミラスの言ってた通りね。もしかしたらって思って話しかけたけど、やっぱりそうだったのね」
「う、え?ラミラスさんの知り合い?」
「えぇ。ラミラスは私の後輩みたいなものよ」
驚きだ。団員だと言うのはわかっていたが、まさかラミラスさんの知り合いだとは。
「ちょっと話さない?お茶用意するから!ね?」
「「あ、はい」」
流れるように俺とジールは連れてかれた。
………
……
「……ふーん。それであなた達はギルド目指してるのね」
「まぁそんな感じです」
軽く自己紹介を済ませた後、俺達は今に至るまでの経緯を話した。その人は“ルミナ・カルセヌ”と名乗った。
「凄いわね。その若さで。まるで異世界人みたいじゃない」
「「……異世界人?」」
俺とジールが口を揃えて聞くと「知らないの?!」と言わんばかりの驚いた顔で返された。
「このご時世異世界人を知らない人がいるのね……。まぁ田舎出身だったらわからなくても無理ないかな」
半分バカにされてるような気がしたが、今そんな事はどうでもいい。
「異世界人って何なんですか?」
「文字通り、異世界から来た人間のことよ」
「異世界から?そんな事あるんですか?」
「あるのよ。12年前の勇者イベルと、当時の魔王ミルとの戦いで生まれた“時空の歪み”が起源だと言われてるわ」
俺とミルの戦いで時空の歪みが生まれたのか……。
「んで、異世界人って今どんな事してるんですか?」
「魔王軍を率いているわ。厳密には“元”魔王軍だけどね。」
その一言で俺は大方察しがついた。
「え、ちょ、ちょっと待ってください!異世界人ってそんなに強いんですか?!それに魔王軍を率いてるって、魔王ミルはどうしたんですか?!」
「ん。年齢の割に中々知っているような素振りじゃない」
う……。まずい。
「まぁいいわ。教えてあげる」
……ホッ。
「まず世界人って言うのは2種類いて、向こうの世界からそのまま来た者と、向こうで死んで魂だけがこっちの世界に来て新たな体を持って転生する者がいるの。
……それだけならまだ良いんだけど、あいつらは決まって魔力値が高いのよ。不思議な力を持った奴も沢山いるわ」
「不思議な力……?」
ジールが聞いた。ルミナさんはそれにすかさず答える。
「本当に謎な部分が多い力よ。異世界人の強さの特徴はその不思議な力とも言えるわね。それで、魔王ミルの事なんだけど……」
少し小さな溜めが入り、ルミナさんは答えた。
「11年前に死んだわ」
「な、なんだって?!」
思わず身を乗り出して聞き返してしまった。
「ん、まるで魔王ミルと知り合いかのような聞きっぷりじゃない」
「あ、いえ、その。両親が魔王ミルめっちゃ強いみたいなこと言ってので……」
「ふーん」
自分でもよくわからない言い訳だったが、なんとか切り抜けた。
………
……
その後も色々な笑談をしたのち、俺らは帰る時間になった。
「その、今日は色々ありがとうございました」
「良いのよ。それと、試験頑張ってね。私はもう少しこの街にいるから、世界ギルドでまた会いましょう」
「「はい」」
俺らは宿に帰って行った。既に日は暮れかけようとしていた。
「ティアって、物凄く物知りだよね」
「な、なんだよ急に」
「僕なんか会話についていけないのが殆どだったよ。なんでティアはそんなに物知りなの?」
前も同じこと聞かれたな。まぁでもこの時用の言い訳は既に用意してある。
「うーん。なんだろうな。調べたんだよ。小さい時に家で」
「ふーん……」
今考えてみれば、別にここまで隠す必要は無いのかもしれない。けど何故だろう。誰にも言わない方が良いと心の奥底で思っている。まぁ、今は今を見なきゃな。
………
……
「はぁ……。今日も疲れたな」
宿に着き適当に食事を済ませた俺たちは早々と寝床についた。
ジールは既に眠っている。
異世界人はこの世界で魔王軍を操り何を企んでいるのだろうか。……俺とミルの戦いでそいつらがこの世界に来て悪さをしてると言うのなら、俺はその尻拭いをしなきゃいけないな。
だがギルドに入らない限りには何も始まらない。まずはそこからだ。
そのうちに俺も深い眠りについた。
………
……
翌朝、ティアとジールは支度を済ませ、中央都セルリアへ向けて旅立ったのだった。