第1戦 第2話 それぞれの想い
(ついに恐れていたことが起きちゃったか……)
唯一棚葉の隣の席を獲得していた菊花が決して表情には出さず、心の中で舌打ちをする。
(正直こうなったら不利と言わざるを得ない。この勝負、棚葉君の思考を読み取った人間が勝つ。その点において、この女にはどうやったって勝てない)
菊花が視線を向けたのは、斜め前の席に座る少女。棚葉の幼馴染、愛生羽衣。
(残念だったわね、公家菊花。棚葉の隣はあたしだって生まれた時から決まってるの。あんたじゃその席は荷が重いわ)
おとなしそうな顔をしているが、その仮面の裏にある無念の表情を覗いた羽衣の顔に思わず笑みがこぼれる。だが、
「!」
勝ち誇った気持ちになるのはまだ早い。ボランティア部にはこの女がいるのだ。
(獅子雫咲……。今この場で最も読めないのがこの女。どうして席替えの話に乗ってきたの……?)
羽衣が手を伸ばせば届く位置。同時に棚葉からもかなり近い誕生日席に座っているのがボランティア部部長、雫咲だ。この位置は実質棚葉の隣と言っても差し支えのないほどに好席のはず。それなのに席替えに賛成した。つまり勝つ算段。完璧な棚葉の隣を確保する作戦を練っているということ。この女に好き勝手動かれたら確実に負ける。
(ふっふー。悩んじゃえ悩んじゃえ。それで勝手に堕ちちゃうがいいー)
実のところ雫咲に勝つ算段も、作戦も特にない。それでも席替えに賛同したのは、今よりいい席に移動できる可能性があるからである。雫咲の基本戦術は漁夫の利。ライバルが蹴落とし合い、勝手に堕ちていく中抜け駆けする。これほど効率的な戦法はない。だが懸念点が一つ。
(太刀千続ちゃん……。どう動いてくるか全くわからないんだよねー……)
この席替えを提案した1年生。入部2日目でまだまだ未知の存在だ。わからないことが多い以上、待ちの作戦はリスクの方が大きい。ある程度は動いていかないと何もできずに終わってしまう。
(むふふ……。案外ちょろいですね。高校生と言ってもこの程度ですか)
ここまで完璧に自分の計画通りに事が進んでいることに千続は満足していた。これでも中学時代は小悪魔キャラで様々な男を手玉に取っていたんだ。そんじょそこらの女子高生には負けるはずがない。
(ですが棚葉せんぱいの理解度はちつづが一番浅い。一度せんぱいの性格を洗い直してみますか)
そう思ったのは千続だけでなく、他の三人も同様だ。結局のところ棚葉の思考を理解できなければこの勝負には勝てないのだから。
(ちゃらんぽらんでめんどくさがりや。……でも締めるところは締めてくれるのがほんとかっこいいのよねっ!)
(そうなんだよっ。なんだかんだ言いながら絶対助けてくれるんだよ、棚葉君はっ!)
(この部があるのは棚葉くんのおかげだもん。かっこいいのなんて当たり前だよー)
(わかってないですね。棚葉せんぱいよりかっこいい人なんて山ほどいます。でも! 棚葉せんぱいの魅力はもっと別のところに……!)
(あれ? 何考えてたんだっけ……)
四人の思考がなぜか同調する。それも仕方ない。四人の棚葉に対する想いの強さは同じ。
幼馴染でも。命の恩人でも。英雄でも。勘違いでも。全員が全員これ以上ないくらいに棚葉に惚れている。
それは駄目人間にとっても同じ。全員のことを同じくらいに想っている。だがその感情は恋ではない。あくまで友情でしかないんだ。
だから惚れさせなければならない。どうせ棚葉のことだから誰かと付き合うなんてめんどくさいと思っている。告白したってフラれることは目に見えている。
棚葉に告白させる。そのために他の女が邪魔だ。障害以外の何物でもない。だから消えてもらう。
この勝負。意地でも負けるわけにはいかない。