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想うも大事、言葉も大事

作者: 夕城ありあ

 私には幼馴染みがいる。

 物心つく時からずっと一緒に育ってきた幼馴染みは私よりも一歳年下の男の子。

 幼稚園も、小学校も、そして中学校も一緒で。

 周りの大人達が認めるくらいにとても仲が良い。


 私には幼馴染みがいる。

 その幼馴染みは、私のことを詩織姉と呼ぶ。




「なに、また同じ絵を描いてるわけー?」

 私の入っている美術部の部室に来るなり、私の友人の涙花は開口一番にそう言った。

 うんざりしてわざとらしく大きな溜息などついてみたりして、とても私に対する嫌がらせとしか思えないその反応に、思わず私はむっとしてキャンパスの上を滑らせていた筆の動きを止める。

 手に持っていた道具類を傍の小さな机の上に置くと、後ろを振り返って私は涙花に向かって怒ったような口調で声を掛ける。

「……別にあたしが何を描いたっていいでしょ、涙花」

「でもねぇ…。毎度毎度同じ物描いてて飽きない? たまには他のものを描いてみるべきなんじゃないの? 例えば私とか? モデルになってあげてもいいわよー?」

「ふふふー、ピカソ的な絵にしてあげますことよー?」

「そ、それはやめてプリーズ……」

 降参、とばかりに両手を挙げて、涙花は私の近くまで歩いてくると、近場の椅子を動かして私の隣りへと座った。私以外の部員の姿がないことをいい事にして好き勝手な行動である。

「部活はいいの?」

「あー、うん。今日は顧問の先生が出張とかで早めに切り上げられちゃったんだよね。だから今日の私はフリーなの」

「ふーん、珍しいわね」

 涙花は私の目の前に置かれている大きなキャンパスをもう一度見た後で、視線を窓の方へと移してそちらを見つめた。

 その方向には、今の今まで私が見つめていた景色がある。

 私も彼女の視線を追うようにして窓へと視線を向けた。

 この美術部の部室は見渡しの良い三階に位置している。夏などは暑くてたまったものではないが、窓がグランドの方に面している為に放課後の部活をしている生徒の姿が見渡せてかなり眺めが良い。私としては、この窓から眺める景色がとても好きだった。夕暮れ時などの鮮やかな黄金色に染まる景色などはとても絶品だったりするのだが、私がこの窓から眺める景色が好きな一番の理由は別にあった。

 一番の理由、それは部活に励む陸上部の姿が見えるからで。

「で、詩織の幼馴染み君は今日も元気なのかなー?」

 わざとらしく額の上に手をもってきて、きょろきょろと下の景色を見回す涙花。いくら彼女が探しているようにして首をきょろきょろとしているものの、その視線はある一点で止まっている。

「…すでに見つけてるのにわざと探そうとしないでよね……」

「あ、ばれてたー?」

「ばれてない方がおかしいわよ。視線が一点で止まってるって」

「あっはっはー。うーん、ちゃんと誤魔化してたつもりだったのに…」

「どこがよ、ホントに…」

 げっそりとしながら私は大きく溜息をつく。

 彼女を相手にしないようにして再び横に置いていた筆などを手にとってキャンパスに向かって手を動かし始めた。

 今、私が大きなキャンパスに描いているのは水彩画。

 油絵も味があって好きなのだが、個人的には淡い色合いを出せる水彩画が好きなので、私の描く絵は人物画であれ背景画であれ水彩画が多い。

 そして私が今描いている絵は他でもない、この部室の窓から見えるグランドの光景である。キャンパスの半分以上が景色でしめられていて、その中に活動している人の姿が描かれていた。とはいえ、グランドで走り続けている男子生徒の姿はない。私が絵に描いているのは、グランドの端の方で駆け回っている小柄な少年の姿である。

「安部君だっけ? 今日も元気そうだよねー。上から見てるとちまちましてて可愛いわ」

「……可愛いじゃなくってカッコいいのよ」

「あらゴメン。そうだよね、何ていったって詩織の王子様だもんね」

「涙花!!」

 思わず大きな声を上げていた私に、涙花は「ごめんごめん」と謝りながら笑い続けた。

 私の描いている絵の中にいる小柄な少年は、他ならぬ安部友喜という名前の私の幼馴染みで。

 ――そして私が小さい頃からずっと想い続けてきた相手でもあった。

 初め、この想いが何なのかはよく分からなかった。

 物心つく頃からずっと傍にいて、いつも一緒にいたから家族的な愛情なのだと思っていた。

 私より一歳年下の友喜は、兄弟のいない私にとっては弟のような存在で。私の歩く後ろを必死になってついてこようとする姿がとても可愛らしかった。

 それが、いつからなのだろう。

 この想いが恋心へと変わったのは。

 少なくとも小学校を卒業する頃には既に恋心へと変わっていた。

 何気ない一言、今までと変わらないようなやり取りに心臓がばくばくと高鳴ったり、顔が思わず赤面してしまって、不思議そうな顔で私を見るのを必死になって誤魔化したりもした。

「……でも本当に告白しないつもりなの、詩織?」

「あー……うん…」

「いくら好きでも何も言わないと何も変わらないのに…?」

 いつの間にか真剣な眼差しで涙花が私の方を見ていた。

 私は涙花の視線を受けて、気まずそうに軽く笑ってみせる。

「……今更言えないもの。だって……友喜にとって、私は姉でしかないんだから…」

 過去、私が友喜に自分の想いを伝えたことは一度としてない。一応彼の前ではそんな素振りをみせたこともないはずだ。

 私が告白したとしても、結果など見えすぎていて。

 告白した後、今まで通りでいられなくなるのは辛くて。

 ……いや、そうではない。

 私は――友喜に告白するだけの勇気がないのだ。

 そして勇気がないのは、私が友喜よりも一歳年上だという事が原因なのである。

 ―――姉。

 それが友喜にとっての私の立場で。

 彼は私を本当の姉のようにずっと慕い続けている。

 俯いてしゅんっとなった私を見て涙花は、やれやれとばかりに肩を竦める。彼女からしてみれば、私のこの恋心はもどかしくて仕方がないのだろう。

「…絵、見せればいいのに。そしたら一発で幼馴染み君もあんたの気持ちに気づくんじゃないの?」

「や、やめてよ…! 友喜には背景画しか見せてないんだから…。こ、こんなの見せれるわけないじゃない!!」

 がばっと私は涙花から隠すようにして、絵の前に立ち塞がった。

 冗談ではない。

 私のこの絵を――勿論今までに描いた同じような絵も――友喜に見せられるわけがないのだ。

「……まぁねぇ…。こーんな絵を見たら誰だってあんたの想いに気づいちゃうもんねぇ…」

「うう……」

「これを含めて他の絵も、私以外に見せた事ないんでしょう?」

「……当たり前じゃない」

 私が友喜をモデルにした絵を描いているのは、今日のように部活の参加が自由になっている日だけである。私が入っている美術部は顧問の先生がずぼらな性格であるのをいい事に、強制的な参加の日は週に一日しかない。それ以外の日は自由参加になっている為に、大半の生徒は部活に来ない。特に展覧会などを終えた後などは一息つく為か、今日のように私以外誰もいないという日が多かったりする。

 初め、私は何気なく窓から見えた友喜の姿を描いていただけだったのだが、それを見た涙花にずばりと私の想いを当てられて、自分ではそんなつもりはなかったのだが描く絵に自分の想いを思い切り描いてしまっているのだと気づいた。それ以来はこうしてこそこそと描き続けているというわけである。

「……ま、ほどほどにね」

「ありがと」

 そう言うと、涙花はその辺りからひっぱり出してきた椅子を片付けもしないで教室を後にした。

 美術室にぽつりと一人残された私は再び窓の外を見ながら絵を描き続けた。

それから暫くして、色のストックがない事に気付いて絵を描く手を止めるハメになっていた。

「あっちゃー…」

 そういえば前回の部活の時に、色が足りないので補充しなければと考えていたことを今更ながらに思い出す。部活が始まる前までは覚えていたのに、歩いている間には頭の中から消え去り、途中で購買部に寄ることを忘れてしまったのだ。購買部は一応下校時刻までやっているので今から買いに行くことも可能である。しかし私は今から買出し行く気分にはなれず、仕方なく使っていた道具を片付け始める。時間が惜しいような気もしなくもないが、今日はこの辺りで絵を描くのを止めることにした。

 椅子を窓辺まで動かすと、窓の枠に頬杖をつくようなかたちで下のグランドを見下ろす。

 そしてグランドの片隅で一生懸命にハードルを運んでいる友喜の姿を見て、その一生懸命な姿に思わず微笑みながら見つめ続けた。




 かたんっ、と遠慮がちに物音が教室内に響き渡る。

 私はその物音によってゆっくりと覚醒すると、慌てて立ち上がってグランドを見下ろした。

「ああっ!? 寝過ごしちゃった…!!」

 視界に映るグランドには既に誰一人として姿が見られない。空も茜色が闇に飲まれ始めていることから、かなりの時間が経ってしまっていることに気づいた。

 あまりの心地よさに眠ってしまったことを後悔しながら、私はガラガラと音を立てて窓を閉める。私には寝ていた為に聞こえなかったが、陸上部の活動が終っているということは下校時刻の放送が鳴った後だということになる。暫く経てば見回りの先生がこの教室にも訪れるはずだ。残っていたら何を言われるか分かったものではない。それに急がなければ玄関の扉も閉められてしまうという心配だってあるのだ。

「キャンパスも片付けとかない…と………」

 カーテンもしっかりと束ね、後ろを振り返った私は思わずそのまま硬直する。

「あ、詩織姉。起きたんだ?」

 と。

 にこにこと太陽な笑顔を私に惜しみなく向けながら彼は私に向かって言った。

 そこには何故か、制服に着替え終わった友喜の姿があって。

 そして友喜の目の前、私との間に大きなキャンパスが広げられていて。

「きゃあああああああっ!!」

 大音量で突然叫び、キャンパスを友喜の目の前から隠す私の行動に、友喜はわけが分からないとばかりに目をきょときょととさせた。

 自分でも素晴らしいと思えるような鮮やかな速さでキャンパスを棚へと戻し、友喜の顔を不審者に見られてもおかしくないような眼差しで見つめる。

「…………み…」

「………詩織姉? どうしたの?」

 ごくん、と一度大きく唾を飲み込んだ私は大きく息を吸いながら焦りまるだしで友喜に向かって尋ねた。

「……もしかしなくても…見た……?」

 だくだくと背中を冷や汗が流れ落ちる。

 私はひたすら友喜に今のキャンパスに描かれていた絵が見られていないことを祈った。――が。

「うん。詩織姉って背景画以外にも人物画も描いてたんだね。僕知らなかったよ」

 私の祈りも虚しく、友喜はにっこりと微笑みながらそう言った。

 心の中で思わず絶叫する私。

 その叫びが声に出なかったのは自分でも褒め称えたいくらいに思える。

 やばいやばい、と。

 私の頭の中で警告の鐘が鳴り始める。

 私の描いている彼の絵は、涙花の保障つきで私の想いがバリバリに秘められていて、しかも見るだけでそれはすぐに分かってしまうというのである。

 絵が見られたということは、イコールで私の気持ちに気づかれたということで。

 ……ああ、友喜との関係もこれまでなのね…。

 そう思わずにはいられなかった。

 友喜はこの絵を見てどう思ったのだろうか。

 私の気持ちを知って、一体どう思ったのだろうか。

 振られるのは確実としても、やっぱりもう今まで通りでもいられないのだろうか。

 色々な不安が私の頭の中をぐるぐると回り始める。

 が、友喜は何も言わずににこにこと私に微笑み続けていた。

 ……一体何を思っているのだろう…?

 まさか笑顔でさよなら、なんてしないよね……と最悪の考えを浮かべて、顔から血の気がひくのを感じた。

「………友喜…」

「何、詩織姉? 何だか顔色悪いけど…大丈夫?」

「………絵を見て…何て思った……?」

「え……」

 自分から自爆を踏んでいるようだと思いながらも私は友喜に向かって直行で尋ねていた。

 先程までの笑顔はどこにいったのか、友喜はきょとんとした表情で私と、私がしまったキャンパスの方を交互に見て何かを考えている。

 そして少しの間を置いた後に、


「すごいね。何だか感動しちゃった」


 顔を少しだけ赤らめて、友喜はそう答えた。

 その表情は、陸上のビデオを見ていて選手がゴールした時や、高跳びで鮮やかに飛び越えて選手が喜びの顔を浮かべている時等に友喜がしている表情そのもので。目をらんらんと輝かせて、本当に感動しましたと言わんばかりの表情だった。

「は……?」

 思いも寄らないその返答に、私は間の抜けた声を上げる。

 友喜はそんな私の様子に気づくことなく、両手で力拳をつくりながら一気に話し始める。

「僕は絵とかってよく分からないんだけど、よく詩織姉から見せてもらってる背景画よりも絵が輝いているみたいで。……何ていうのかな、詩織姉がこの絵を愛しいって思っている気持ちが伝わってくるような気がするんだ」

 凄いね、凄いね、と何度も友喜は私に褒め言葉を言い続ける。

 そんな友喜の口からは、私の思っているような言葉は一言として発せられることはなかった。

 まさか、まさかとは思うけど…と私は恐る恐る友喜に尋ねる。

「………あの絵のモデル…誰か分からなかった…?」

「え、モデル? さあ…、よく分からなかったけど………誰なの?」

 がくん、と私の全身から力が抜け落ちる。

 私は思わず床にへなへなと座り込んでいた。

 慌てたように友喜が私のそばへと走り寄り、顔を覗き込む。

「だ、大丈夫? やっぱり体調が悪いんじゃ……」

「へ、平気……。ただちょっと……気がぬけたっていうか…何というか……」

 鈍い鈍いとは思っていたのだけれど、ここまでだとは思わなかった。

 私が絵に込めた思いをそれだけ感じとっているというのに、友喜は自分がこの絵のモデルであるという事に全く気づかなかったらしい。これでは私の思いがばれる以前の問題だろう。

 心配や緊張して損した気分になる。

 と、同時にこの恋の大変さを思い知る。

 私の頭に浮かんだのは数時間前の友人の言葉で。

「……『いくら好きでも何も言わないと何も変わらない』……か…」

「え…?」

「…ううん、何でもないの。大丈夫よ、友喜」

「そう…?」

 まだ心配そうな眼差しで私を見る友喜を安心させるようにして微笑んでみせる。

 それでもまだ気にしているようだったが、友喜は私の笑顔を見て「無理だけはしないでね」と言うと立ち上がって壁に掛かっている時計を見て小さく声をあげた。

「そろそろ帰らないと見回りの先生が来ちゃうよね」

「……あ、そういえば…」

 言われて私も時計を見れば、もう学校に生徒は誰も残っていないであろう時間を指し示していた。見回りは一階からなので、三階であるこの教室に見回りに来るのは少し遅くなるとはいえ、そろそろ先生がやって来てもおかしくない時間である。

「遅くなったけど帰ろっか、友喜」

「うん、そうだね」

 一通り教室内を見回して、使った物を片付けたことを確認する。

 そして自分の荷物を持って美術室を出て、廊下をできるだけ早足で歩き出した。途中、見回りの先生に会わないように気をつけるのも忘れない。遠くから先生の姿を発見し、物影に隠れて通り過ぎるのを見計らってから再び早足で玄関へと向かう。その自分達の行動に、小さな頃やったかくれんぼを思い出し、私と友喜は顔を見合わせて小さく笑い合った。

 玄関を無事に出て、もう大丈夫だとばかりに私達は早足をやめて普通に歩き始める。

 そしてお互いの家へと向かうその帰宅途中で、会話の遮り私は思い出したようにして友喜に言う。

「……ねえ、あの絵が完成したら友喜の感想聞かせてくれない?」

「え、いいの? さっき慌てて隠したみたいだから見ちゃいけない物だったんだって思ったんだけど……」

「あー…あれはね、まだ完成してなかったからちょっと恥かしかったのよ」

 あはははっと笑って私は誤魔化す。

 友喜は簡単にその言葉に誤魔化されて納得すると、「見てごめんね」と謝った後に首を縦に振って頷いた。

「あとね、前にも人物画とかで描いたのがあるから友喜に見てほしいって思うんだけど……いいかな?」

「うん、いいよ。僕、詩織姉の描く絵、大好きだから嬉しい」

「そう? ありがと」

 ちょうど言い終えた時に私の家の前へと辿りついていた。友喜が入学した当初は私が彼の家の前まで送り届けていたのだが、数日後には「男の子だから」という理由で友喜が私を私の家へと送り届けるという逆の立場になったものだ。その時、私がどれほど嬉しかったか、友喜は知る由もないだろう。

 また明日、と言い合って友喜は自分の家に向かって小走りで駆け抜けて行く。

 私はその友喜の後ろ姿に向かって、呟いた。

「…明日からは容赦しないから」

 くすっと漏れる笑み。

 当然ながらそれに友喜が気づくはずもなく、私は彼の姿が見えなくなるまで家の入り口で見つめ続けていた。

 くるりと向きを変えて、私は見届けた後で家の中へと入る。

 そして真っ先に電話を取り出して、友人へと電話を掛ける。ちょうどタイミングが良かったのか、数回のコール音の後に涙花が電話に出てくれた。と、思ったら、速攻でテレビ電話へと変換されていた。……彼女は顔を見て話すのが好きらしい。声だけだと誤魔化されるから嫌、というのが彼女の持論だったりする。

「……おっかえりー。何だかすっきりした顔してるじゃないの」

 既に寛ぎモードになっているのか、いつもは整っている涙花の前髪が、ちょんまげのように結ばれているのが何とも微笑ましい。

 私はその言葉に当然とばかりに力強く微笑むと、

「やっぱり頑張ってみることにしたの、私」

 何が、とは言わない。

 しかしその『何が』にあたる事が涙花には用意に理解できたようで、彼女もまた満足そうに私に笑いかけてきた。

「上等。そうじゃなくっちゃね、やっぱり。あんたを見守ってきた私としては嬉しい限りだわ」

「見守られた覚えはないけど、とりあえずはありがとう」

「コラ、心がこもってないわよー」

 涙花がわざとらしく頬を膨らませて、チョップを食らわす素振りをする。

 当然ながら電話越しにそれは当たらないのだけど、私はそれを当たったことにして少し痛がった素振りを見せて笑うと、お返し、と言わんばかりに涙花の鼻を摘まむような動作をしてみせた。

 涙花もまた私と同じように痛がる振りをしてみせて。

二人分の馬鹿笑いが玄関先に響き渡り、家に既に帰宅していた母が何だ何だとばかりに部屋から顔を出してきた。だが私が電話を片手に持っているのを見ると、あきれたようにしてまた部屋の中へと戻って行く。いつもの事だと判断したのだろう。

「………で、どんな心境の変化なのよ?」

 思い切り笑い合って、お腹が苦しくなった頃に涙花が尋ねる。

 私は笑いすぎて痛くなったお腹を抑えながら、苦笑しながらそれに答えた。

「どうも私が思っている以上に鈍感すぎたみたいで」

 そう言って、私は先程の出来事を涙花に教えた。

 再び涙花は大声を上げて笑い始める。きっと彼女も笑いすぎてお腹が痛くなっていることだろう。笑えば笑うだけ痛みが倍増すると分かっていながらもその笑いを止められないように、いつまでも笑い続ける。瞳に涙まで浮かび始めているあたり、本気で彼女が笑っているのだとよく分かった。

 思っていたとおりの反応だとはいえ、ここまで見事に笑われると私も笑うしかなくて。

 吹っ切れたようにして私ももう一度馬鹿笑いを始めた。

「とりあえずはモデルが自分だって気づかせることから始めなきゃなーって思ってるんだけど、どう思うよ、お姉さん?」

「ぷっくっくっ……、まー…頑張ンなさいな」

 気づくまでが長そうだとお互いに言い合って。

 友喜の鈍感さをちょっと愚痴ってみてそれを聞いてもらって。

 その後、私達は夕食の時間までずっと馬鹿笑いをし続けた。

 母がそんな私を見て、どこか壊れたんじゃないかと思っていたのだと知らされたのは数日後の話である。




 私には幼馴染みがいる。

 物心つく時からずっと一緒に育ってきた幼馴染みは私よりも一歳年下の男の子。

 そして私はその幼馴染みの男の子に恋をしている。


 私には幼馴染みがいる

 私のことを詩織姉と呼ぶその男の子はとても鈍感で。

 ………私の恋心に気付いてくれるのはいつになるのかしら?


二十年くらい前に書いた物です。

初々しい少年少女を目指して。

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