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チクビが女体化した!?

「お前、本当に竹尾か?」




 何度めの質問かと落胆する。我が親友ながら、その洞察力の無さにはほとほと困り果てた。


 俺は別に変装しているわけじゃない。整形手術を施した覚えもない。この世に青女子(あおなご)竹尾(たけお)として誕生して以来、自らの存在を否定されるような生き方をしたつもりだってない。


 それこそ十年来の親友にそんな疑問を抱かれるような、冷え切った人間関係を築いてきたはずもないのだ。


 それだというのに、この男はなんとも不躾な疑念を投げかけてくる。




 左目がサファイアのように綺麗な蒼い瞳をしているこいつは、ハーフの特権をフルに活かした高身長のイケメンだ。


 父親はこいつが生まれる前に事故で亡くなったらしいが、仏壇には不似合いなナイスガイの遺影を見れば合点がいく。


 そんな我が親友、狼森(おいのもり)・アーナル・英辞(えーじ)へと怒りを訴えずにはいられない。




「何度聞いても、俺は竹尾だ」




 腕を組んで睨み付ける。


 普段より細い腕に、我ながら頼りなさを覚えた。


 いつもより視線が低いので、睨むと言っても上目遣いのようになってしまうが、憤りが冷めやらないうちはこのスタンスを崩すことはしない。


 風が吹くと生足に冷たかった。




「だがな、お前が竹尾だなんて、信じられんぞ」


「いい加減にしろよ。確かに俺は少しだけいつもとは違う。だけどな、お前だけは分かってくれるって、信じてるんだぞ!」




 鬱憤が爆発寸前だ。


 感情のコントロールがうまくできない。顔が熱くなって、鼻がつーんと痛くなる。


 胸を締め付けられるような苦しみにぎゅっと心臓を押さえると、柔らかな二つの感触が腕にもたれて、長い髪がのれんのように垂れて視界を覆い隠した。


 英辞の戸惑いの声が頭上から聞こえてきた。




「いやでも、じゃあなんだってお前……女になってんだよ」




 細い手足を見れば見るほど、自分の体に起こった異変を目の当たりにする。


 小さな手は白くて、ムダ毛は一切見当たらない。さっき触って確認したけどわき毛もなかった。


 染めたこともない短髪だったというのに、気付けば腰までかかるブロンドだよ。


 服装だって……スカートだよ!




「こっちが聞きたいよ! 聞きたいこと山のごとしだよ!」




 少しでも現実から目を背けたくて、自分でも訳が分からない言い回しをしてしまう。




「いや俺の方が山のごとしだ」




 被せてくんなよ! この状況で一番混乱してるの俺だからな!


 なんで英辞が被害者面しているんだ、ムカつく。ここで俺が折れるわけにはいかなくなった。




「ふざけんなよマジで。俺の方が山のごとし」


「いやお前は高尾山程度。俺は富士山のごとしですし」


「は? 何決めつけちゃってるんですか。竹尾くんはチョモランマのごとしなんですが。世界一なんですが」


「はいじゃあ英辞くんは世界最大の海底火山タム山塊のごとし。俺こそ真の世界一」


「はいお前負け確。俺は太陽系最大のオリンポス山のごとしだし。よって俺が勝者のごとし」


「なにっ! 負けた……だと」




 勝った!


 英辞は目を見開いてガクリと膝をついた。


 俺はようやく、首が痛くなるほど見上げていた奴をしたり顔で見下すことに成功したのだ。


 ニヤリと笑って跪く英辞に手を差し伸べると、俺たちはがっちりと手を結んだ。




「――いや、英辞。なに打ち解けてんのよ。こんな女が竹尾なわけないじゃん」




 そんな俺たちの友情に横やりを入れる女がいた。


 そうだ、この女がさっきから口うるさいおかげで、英辞も俺のことを本物の竹尾だと信じ切れていない。


 睨んでやると、より凶悪な目つきで睨み返された。




 この女は俺よりも英辞とは付き合いが古く、英辞と生まれた日付も病院も同じで家は隣。彼女の前で英辞と幼馴染面をしたものなら、ここぞとばかりにドヤ顔でその経歴をまくし立てられる。


 ツインテールの栗髪が良く似合う龍飛(たっぴ)(たまき)という女は、物心ついた時から英辞の事が好きなのだ。


 そんなことだから、周りの女子も空気を読んであまり英辞にちょっかいを出さない。おかげで自分はモテないのだと錯覚した英辞は、同じ非モテの俺とどんどん仲良くなっていった。




 英辞が目を細めて首を傾け、俺の顔をジロリと見る。


 環の言葉にそそのかされる。




「うーん、まあ普通に考えれば竹尾じゃあないよな」




 ほら! また疑惑に傾いた!


 もう次に英辞が何を言うのかは容易く予測できた。




「お前、本当に」


「もういいから! なあ! もういいこと山のごとしだから!」




 また振り出しに戻る。話が進まない。


 そもそも俺が女体化した驚きが強すぎるものだから二人は俺にばかり疑問を呈するようだけど……。


 普通に考えたら俺たちが置かれているこの状況も相当ただ事じゃないからな!




 ――端的に言えば、俺らは異世界に転移してしまったようなのだ。




 昨日は一人暮らしを始めた英辞のアパートに俺と環で押しかけて、寝たのは深夜何時だったか。


 しかし朝日の眩しさに起きてみれば、見渡す限りの大草原。


 風に煽られた芝生の波が地平線の彼方まで続いていた。




 俺は二人を起こす。


 俺と同じように驚く二人。


 そして俺を見て、一言。




「で、あなたはどちら様?」




 そこから竹尾か否かの押し問答が始まった。三十分にも渡り力説を繰り広げているのに、二人の反応がいまいちなのが本当にもどかしい。




「お前ら、いい加減にしないと泣くぞ。十年来の親友だと思っていたけど、その程度かよ」


「残念でした。竹尾になりすましたかったら、せめてお腹ぽよーんってした男の人連れてきなさい!」


「標準体型! 俺は標準体型なの! 腹筋バキバキの脳筋英辞を基準にするのやめて!」




 ぶっちゃけBMIは高めなんだけど、見栄を張った。えへへ。


 まあしかしこの体は、俺のぜい肉を全部胸に寄せ集めたような豊満なおっぱいをしている。


 環の横に並ぶのが本当に可哀想だ。




「まあ落ち着けよ環。こいつが竹尾にしろ違うにしろ、突き放すのは得策じゃない。もし本当に竹尾なら置いていけないし、違うとしても重要な手掛かりになるかもしれないからな」




 ナイスフォロー英辞!


 しかし環は更にイライラをぶつけてくる。




「英辞はそんなやつの味方なわけ? ちょっとカワイイからってデレデレしちゃって、バカじゃない!? 私は絶対にイヤだからね!」




 ――だから、好き嫌いの話をしてる場合じゃないだろ!


 ああもう! 女ってのは本当に感情論でしか話が出来ないよな! いいか、ここは見るからに日本じゃないのは明白だ。狭くて山岳が多い日本にこんな平原があるはずないからな。そしてトップクラスに治安が守られている日本ですら、山ではクマとかイノシシに襲われるんだぞ!


 もしお前らに突き放されてこんなところに一人になってみろ。俺は絶対に野生動物に殺されるからな!




「……黙れよタマキン」




 怒りと絶望に囚われた心がふと口走ったのは、幼少の頃から環を罵倒する際にはつい口を付いてしまう言葉だった。


 時が止まったかのような静寂が、一瞬だけ辺りを支配した。


 だがそれは本当に一瞬だけだ。


 次の瞬間には、怒りの形相に変貌した環が吠えていた。




「なっ……! なんですってこのチクビいいい!」




 大きな怒声に俺の鼓膜は破けまいと必死に耐える。


 しかし、心は耐える素振りも見せずに易々と決壊した。




 チクビ……幼少からバカにされた俺のあだ名。


 竹尾を音読みしただけの単純なあだ名だ。


 単純で、誰もが知ってて、小学生がバカにせずにはいられない下ネタだ。


 俺も負けじと吠える。




「だっ誰がチクビだキンタマ女あああ!」


「はあ!? い、言ったわねバーカ! チクビチクビチクビいいい!」


「うるせえキンタマ女! キンタマだしおっぱいねえし本当に女か!?」




 二匹の猛獣は牙を剥き出して吠える、吠える。


 そこへ一人の人間が介入してきた。




「おい、お前ら落ち着けって」




 猛獣はこの男にさえも噛み付いた。




「アナルは黙ってろ!」


「よーしわかった。戦争だな? それは下ネタ抗争の開戦合図だなあああ!?」




 猛獣は三匹となった。








「――これではっきりしたわ。こいつ、竹尾よ」




 疲れ果てて座り込む環の意見に、同感だと英辞が頷く。


 下ネタ抗争をここまで繰り広げられるのは俺たち三人の他に居るはずもないからな。当然の帰結だ。




「そりゃどうも。……で、これからどうする?」




 冷たい芝生に寝転がりながら尋ねる。




「ぶっちゃけ、ニセ竹尾が道案内役を担うものかと思ってたからなあ。よりによって本物だったものだから、今のところお手上げだ」


「でもずっとここにいるわけにもいかないでしょ。本当にここがあんたたちが言う異世界って場所なら、早く安全な場所を探さなきゃ」




 環はそう言って立ち上がる。




 異世界かもしれない。


 俺と英辞のオタク知識を結集して導き出した仮説だが、環はあっけらかんと受け入れた。こういう時のフットワークの軽さが彼女の強みだ。


 俺も勢いよく立ち上がる。




「環に賛成。少なくとも暗くなる前には拠点を確保したいな。人里を見つけるのが一番だけど」


「最悪、野宿だな」




 野宿というワードに環の顔が引き攣る。


 別に俺と英辞はサバイバルもやむなしというか、むしろ冒険っぽくて望むところなのだが、やっぱり環といえど女子ということか。


 途端に一人で歩き出し、のほほんと呆けている俺らに檄を飛ばす。




「こらー! 男ども! さっさとする!」




 俺たちは、異世界の大地に一歩踏み出した。

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