第7話『戦車の進行』
四大国の一つ、ダイヤク王国はいくつもの山が連なる険しい場所。
鉱山が多い場所であり、土や鉄を操る能力が、魔法使いに求められていた。
首都である国へ至る道は小石の集まりでできており、硬い瓦礫が延々と続く。
馬車では行くのが難しい場所だった。
昼の青空の下、轟音と共にそれは現れる。
見上げる程の巨大な鋼鉄の山。
大きな車輪を左右に並べさせた、移動する鉄の箱。
ダイヤク王国の魔道兵器たる鉄戦車であった。
本来なら何十人もの魔法使い達が、魔力を消費して車輪を動かし移動させるものだった。
しかし、今は一人の人間しか乗っていない。
一人の人間の魔力だけで、小高い山の様な鉄戦車は道を突き進んできた。
教皇達の乗る馬車の近くまで戦車は寄ると、動きを止めた。
そして上の蓋がが開き、一人の小さな少女が姿を見せる。
「やっほ~! みんなあ! 迎えに来たよぉ!!」
元気いっぱいの少女は、大声で両手を振るっていた。
「教皇様、こんにちは! それとお付きの騎士さんと女騎士さんと、あと詩人さんだっけ? 皆この鉄箱に乗って乗って! うぇーい!!」
ヒマワリの様な笑顔の彼女。
教皇よりも背の低い、子供のような少女は、ダイヤク王国の第一王女コイフィであった。
ハシゴで教皇達を内部に乗せて、巨大鉄戦車はダイヤク王国へと向かう。
巨大車輪が動く度に、地面の道が粉砕されて、大きな轍を作っていた。
「コイフィ王女、助かりました」
「王子からの頼みだからね! 大船じゃなくて大戦車に乗ったつもりで来なさい!」
笑顔でナイツに返事をするコイフィ。
フールレ王子の変装である、鳥仮面の詩人ジョーカルは反応しそうになるのをこらえた。
コイフィ王女は、前回のフールレ王子の誕生日(の前日)に会ったのが十年ぶりの二度目である。
しかし十年間、手紙のやりとりをしていた。
王子たる詩人は、戦車の中の椅子に座り、窓の外を見ながらハープを鳴らしていた。戦車が揺れる為にハープの音はメチャクチャであった。
きょとんとした顔でソディレアが聞く。
「王子から連絡があったのですか?」
「うん、うん! 昨日、手紙で教皇一行を迎えてほしいって!」
操縦舵を操りながら、元気に答えるコイフィ。
それに関して頭を傾げるナイツ。
(王子が手紙を書いているのはともかく、出している所は見てないぞ? 常に一緒というわけではないけれど)
離れた時に、郵便屋にでも頼んだのだろうとあまりナイツは気にしなかった。
「王子からの頼みだから、聞いたのですか?」
ソディレア皇女は、王女が直接に迎えに来た事に驚いた為に質問していた。
「うん! ここからダイヤク国の城まで結構、時間かかるし地面は固いしで辛い場所だから。重要な人が来る場合は、我が国の戦車で迎えるんだ! それと私が来たのは王子をあい」
「本当! 大きな鉄の乗り物ですね! 驚きました!」
コイフィが「愛しているから」と言おうとした所で、ナイツが上から言葉を重ねてかき消した。
(昨夜は守るって決めたからな、可能な限りは頑張るさ!)
ナイツは前日、ソディレア皇女に、コイフィ王女の王子への愛の言葉が聞こえないようにすると、決心していた。
「確かに、大きな乗り物ですね。これをコイフィ王女の魔力だけで動かしているとは、驚きです」
ソディレア皇女は、小さな少女の魔力に心から驚嘆していた。
「そうでしょう? でしょでしょ? これもひとえに、私からの王子へのあ」
「ああっと、教皇様!? それにジョーカル!? 乗り物酔いは平気ですか!?」
「僕は別に平気ですよ?」
「私も平気だ」
いきなり話しかけられて戸惑う教皇と、「大声出して変な奴」と呟くジョーカル。
(いまコイフィ王女が「王子への愛の力さ」とでも言おうとしたから、大声でかき消したんだろうが! お前も手伝えよフールレ王子ぃ!?)
ソディレア皇女は、なおもコイフィ王女に質問していく。
「ダイヤク王国と言えば、様々な鉱石、そして宝石の産地で有名だね」
「ん~ん? 私は宝石とか興味ないけど、今度はお土産として持っていこうかな? もちろん相手は愛するお」
「いやぁ! しかし本当にすごい乗り物ですね! 轟音が圧巻!!」
そしてナイツが大声でかき消していった。
そんな会話を続けて三時間。一同は、ダイヤク王国近くまでたどり着く。
ソディレアが司祭のローブを着たエファント教皇を背負って地面に着地、ジョーカル、フールレ、コイフィがハシゴで地面へと降りた。
何度も大声を出して、疲れ切っていたナイツ。
ジョーカルが「騎士のくせに揺れで疲労するとは情けないな」と言われ、ナイツは苛立った。
そこに一人の女性が走ってくる。
「姉様! 勝手に大戦車を使ってはいけませんよ!」
「お? ペンティクル、お迎えごっ苦労!」
息を切らして走ってくるペンティクル第二王女と兵士達。コイフィがそれに手を振った。
エファント教皇一行とコイフィの妹のペンティクル王女は、互いに挨拶する。
そしてナイツが事情を説明し、ペンティクルは頷いた。
「アルカナス教団、エファント教皇の直々に会いに来たのですね。事前に早馬で話は聞いております。我が国は教皇様の言葉を賜る為、皆様を歓迎します」
すでに国王は教皇を待っている事を聞き、エファント教皇達はペンティクル王女の招きについていく。
その一団を、戦車の側に立ったコイフィ王女が、笑顔で手を振り見送る。
「コイフィ王女は来ないのか?」
ソディレアが疑問を口にする。
「ん? 私は良いよ。戦車の整備とかあーるし、終わったら帰るんでしょ?」
「あの、姉様? できれば帰りは標準サイズの戦車で出送りしてほしいのですが……」
「んん? だったらこれより小さいので国境近くまで送ろっか? 私なら同時に五十台ぐらい動かせるしー」
「一台でお願いします! 巨大戦車で良いです!!」
いじられて涙目の妹のペンティクル王女、コイフィ王女はからかうように笑った。
その後、コイフィ王女を一人残し、兵士達も含めてダイヤク王国の城へと向かった。
兵士達に整備を手伝わせるかとその前に話したのだが、邪魔になるからとコイフィは追い払った。
エファント教皇に会ってから今まで、終始笑顔だったコイフィ王女。
だが周囲に誰もいない事を確認すると、無表情になる。
そして少女は一人つぶやいた。
「フールレ王子は私に王女の役割とか期待とか、色々言っていたけど、やっぱりペンティクルが王女になるべき」
「私はこんな国なんていらない。両親もどうでもいい、国民も興味ない」
「私が必要なのはフールレ王子だけ、王子の為に私の魔法はあって、王子の為に私の力はあるの」
コイフィ王女は目を閉じる。そして彼女の宝物とも言うべき記憶がものが脳裏に浮かぶ。
記憶の中にあるのは、彼女が六歳の頃、暗闇の中にいた頃の記憶。
兵士から盗んだ鍵で扉を開いた、日差しを背にした六歳のフールレ王子の記憶。
それは毎日のように思い出す、彼女の生きる理由だった。
十年ぶりに会った王子は背が高くなり、格好良くなり、だがあの時の面影が確かにあった。
コイフィ王女にとってはあの時の記憶、そしてこの十年間でやりとりし続けていた手紙だけが彼女の全てだった。
それ以外に興味はなかった。
「私の全てはフールレ王子の為に」
「だから王子がどうして変装しているかなんて、王子が言わないなら私は聞かない」
無表情の少女は一人、巨大戦車に戻る。
そして教皇達が会合を終え、帰って来た時には、コイフィ王女は満面の笑顔に戻っていた。
(今回は前日に教皇様にお願いした通り、歓迎の宴を拒否してもらえたけど、王女にすでに会ってるから意味がなかったな)
ナイツはコイフィ王女の姿を見ながら、嘆息した。