表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/24

第5話『教皇の秘密』



 月と星の光が夜に瞬き、その眼下では湖に建つ城が淡く光っている。

 そんな幻想的な場所で、王子と二人の皇女が城のバルコニーに立つ。

 

 この国の皇女に抱きしめられた王子、もう一人の皇女に見つめられている王子。王子は同一人物。


 死んだ、と王子は思った。


(まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい)


 言い訳を何とか言いつのろうと、王子は必死に思考をフル回転させる。

 しかし、碌な考えは思いつかない。


(ただの知り合い、と言った瞬間に言われた側に殺される!? 王子のそっくりさんとでも言うか、通じるわけがないよね!? 両方とも本気でハーレム狙いだと言ったら、殺される!? だめだ、手が思いつかない考えられない!!?)


 滂沱の汗を掻きながら、死にたくない王子は必死に考え続ける。



 二人の皇女。ソディレアとカプノアは、互いに見つめ続けていた。






 そうして、美しい月夜の下。

 カプノアがゆっくりと王子の側から離れた。


「えっ?」

「……フールレ王子、もう夜も遅いです。お休みください」

「あ、ああ?」

 怒気も憎悪もない、優し気なカプノアの言葉に、フールレ王子は困惑する。


 そしてカプノアはソディレアに頭を下げた。

「……名も知らぬ騎士様。私も部屋に戻ります。ではおやすみなさい」

「ああ、君もな。皇女様」

 互いに微笑みを浮かべながら、カプノアは去って行った。


 そうしてソディレアもフールレ王子に向き直る。

(今度こそ、斬られる!?)


「フールレ王子、いや今はジョーカルか。変装するならば仮面をきちんとつけていた方が良いよ」

 そう告げて、ソディレア王子は笑顔となった。

「では、私も当初の目的である、挨拶を終えよう。おやすみなさい、ジョーカル君!」


 こうしてソディレア皇女も去って行った。




 一人残された王子は、ポカンと口を開けていた。

「えっ? どういうこと?」

 王子の困惑に答えられる者はいなかった。








 二人の皇女が王子を挟んで、その視線があった時。全く同じことを考えていた。


 まず一つは、互いが王子を愛している事を、女の直感で理解してしまった。

((この人も私と同じく、フールレ王子の事を愛しているのか……))


 そして次に覚えたのが、憐れみだった。

((……可哀そうに))




((私と相思相愛の王子に、恋慕するだなんて……))



 それは愛する男を得ている優越感ではない。

 本当に心からの、憐れみだった。

 相手の女が失恋を確定している事実が、同じ女として悲しかった。

((せめて優しくしよう))

 それが二人が同時に思った事だった。


 ソディレアも、カプノアも、王子が浮気している可能性を少しも考えてなどいなかった。

 それだけ王子は、言葉で愛を注ぎ続けていたのである。







 

 その三人の様子を、一人の男が遠眼鏡を使って無表情に眺めていた。

 この国の皇帝であり、カプノアの父親でもあるエルペラ皇帝である。


(争いには、ならんか)


 エルペラ皇帝は、手紙の内容、そして女中からの説明で、フールレ王子が四大国の姫をたぶらかしている事を知っていた。

 自分の娘を騙している。本来ならば、親として殺意すら芽生える事実。しかしエルペラ皇帝は何の感情も王子に向けていなかった。


「私に、そんな、権利はない」


 カプノアが生まれた時、妻を失い、それ以来カプノアには何もしてこなかった。大事な娘ではあったが、何もする気が起きなかった。

 病弱だった愛する妻を間接的に死なせた事、そして何より彼自身が不器用な性格だったのが問題であった。

 民は皆、生まれついて優れた力を持ったカプノアを恐れ、遠巻きにした。結果、カプノアは心を凍らせた。側にいたのは女中ぐらいである。


 しかし、そんなカプノアの心の氷を溶かしたのがフールレ王子だった。

 エルペラは感謝こそすれ、攻撃する事が出来ない。そんな権利もなかった。

「争いになったら、この身を挺して仲裁に入るつもりだったが、な」


 自らに玉座に戻り、皇帝は手紙の内容を考える。

 魔王がいずれ現れる事、その為に四大国が力を合わせる必要がある事。

 魔王の復活もしくは封印に、王子が鍵を握っている事。


「フールレ王子を見極めろ、と書かれていたな」


 配下の水の魔法使いを利用し、本人達に気づかれないように、船の振動を強くした。

 結果、王子は以前よりも強く船酔いした。

「わからんな、何もかもが平凡な能力だ。何を見極めろと?」


「まあ、今は良いか」


 皇帝はただ一人、無表情に玉座にいた。








 次の日の朝。

 船に乗り込むエファント教皇の一行。

 皇帝は見送りに来ておらず、代わりにカプノア皇女が来ていた。

「……フー、いえ、ジョーカルさん」

「は、はい!?」


 カプノア皇女に話しかけられ、身を固くする鳥仮面のフールレ王子。

(どこかでバレたら、この瞬間に争いが起き、縦に裂かれる可能性が!?)

 命の惜しい王子は、緊張で背筋が伸びた。



 カプノア皇女は、一つの小さな杯を渡した。

「……これは私の魔力を込めた、アイテムです。あなたが祈れば、大量の水が前方を襲います」


「……私はいつでもあなたの側に」


「次は二人きりでお願いします」

「は、はい」


 言葉を放つたびに王子に距離を縮めるカプノア。その圧力に王子は押される。



 そしてカプノアとソディレアは、視線を交える。

 そしてまた、互いに憐憫した。

「……女剣士様、皆様の事、お守りください」

「ああ、君もここで、皆の無事を祈っててくれ」


((貴方の恋は失恋だが、きっと悪くない相手だから))


 こうして船が湖を渡る。カプノア皇女は桟橋でずっと一同を、ジョーカルを見送り続けていた。




 エファント教皇の一行は、船で馬車のある場所へと戻り、次の国を目指す。

 その道中は、全く問題がなかった。

 途中でモンスターが現れても ナイツが守り、ソディレアが斬る。正確に言えばモンスターが現れると同時に斬り捨てられるので、ナイツがいる必要性すら無かった。


「無闇にモンスターを斬るのもあれだけど、ここは人が通る馬車道だから」

「ソディレア皇女、あなたは誰よりも強いのに優しい人だ。花のような美しさと、嵐のような強さ、そして綿の様な暖かさ、まさに女神と言っていい」

「う、うん。君に褒められるのは嬉しいけど、別に私は優しくないよ。母上に言われて死刑囚の試し切りを何度もやってるし、斬るのに躊躇いなんてないからね」

(王子が斬られるのも一瞬だろうな)

 

 馬車の中で褒め称えるジョーカルを、ぼーっとした表情でナイツは見た。



 そして日が沈み、また予定通りの宿に一行はたどり着く。


 ナイツがフールレ王子と同室。そしてソディレア皇女がエファント教皇と同じ部屋を取っていた。




「あー」

 フールレ王子がベッドに寝転ぶ。


「女の子、ナンパしたい」

「……王子」

「わかってる」

 ナイツが何か言う前に、フールレは飛び起き、鳥仮面を外して言う。

「ソディレア皇女にナンパ者だとバレたら、首が飛びかねないと言いたいんだろう? わかってる、わかってるよ! でも、宿番の女の子や、旅商人のお姉さんとか、口説いたっていいじゃないか? 私から女の子を取ったら、何が残ると言うのか?」

 またもベッドに倒れ伏せ、フールレ王子はぼやく。

「何が悲しくて、男二人で泊まらなければならない。ここは温泉宿だぞ、男女でキャッキャウフフする所だぞ?」

「頭ピンクもいい加減にしやがれ!」


 徐々にイライラしてきた、騎士のナイツ。

 全く使っていない剣の手入れを、何度もする振りをして王子に背中を向ける。

(そもそも今の状況も、国の危機も、お前のせいだろうが!?)

 ナイツは胃がキリキリする感覚を味わっていた。



 しばらくして、フールレ王子が起き上がる。

「そろそろ男湯の時間かね?」

「そうじゃないですかね」

 ここの温泉は大きいが一ヵ所だけであり、二時間ごとに男女が切り替わるようになっていた。


「わかっていると思いますが、王子」

「ああ、裸の女の子とバッタリなどという古典的な出会い方は三年前に卒業した」

「三年前にやってるのかよ」

「うむ、あれは三年前の話だ」

「いえ、聞いてるわけでは」


「あれはタロトス王国の山に、神託だか何かで様子を見に行った時の事だ。そこはここと同じように温泉宿があった」

 遠い目をして語る王子に、止めても無駄かとナイツは諦めて聞く。

「そこは男女でお風呂がわかれていた、しかし私は間違って女湯に入ってしまったのだ!? なんといううっかり!?」

「斬るぞ」

 国の威信の為、何度目かの反逆に思い至りそうなナイツ。


「そのお風呂の中で会ったのが、私より二歳年下の双子の姉妹だった」

「犯罪行為を堂々と口にするな」

「とても美しい姉妹でな。あれこそ生きた彫像とでもいえばよいのか。全くエファントも男の振りなど、止めてしまえばいいのに」



 その発言に、ナイツは振り向き王子を見る。

「……はあ?」

「いやあ、しかし美しい者は良い。目を瞑ればすぐに思い出せる。いや女性とはすべからく」

「ちょっと待て、お前いまなんて言った」


 ナイツが真面目な顔で聞く

「前々から思うのだが、王子に対してその言い方は無いんじゃないか?」

「エファント教皇様が女子?」

「そうだ。だから私は二人に、裸を見た責任を取って結婚しようと言ったのだが、二人同時に断られた。滅多に結婚を断られた事のない私がだ、かなりショックだった」






 王子はようやく自分の発言に気が付いた。

「……しまった! エファントが女だという事は混乱を招くから言うなと、口止めされていた! ナイツ後生だ頭をぶつけて忘れろ!?」

「まず、貴方の記憶から消したほうがいいのでは?」

 騎士は、自らの王子に対して百回以上は吐いたため息をした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ