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第4話『皇帝の思惑』



 アルカナス教団のハイ・プリエテス教皇から、ハイ・エファント教皇の護衛を頼まれたフールレ王子と騎士ナイツ。

 命令を果たせば、もし四大国に王子の四股がバレて国の危機に瀕した時に、仲裁に入ってもらえるように頼めると考えた二人は、その護衛の任務を二つ返事で引き受けた。

 アルカナス教団から与えられた馬車と、それを運転する御者の信者を与えられた二人は、タロトス王国には戻らず、そのままエファント教皇を連れて四大国巡りに向かう事にした。


 だが二人にとって想定外の問題が起きた。



「もしかして、今の状況は不味いのでは?」

「ようやく気付きましたか、ジョーカル」

 別の国へと向かう途中の馬車で、鳥仮面の男が今の状況に気付き、ナイツが呆れる。


「ん? どうしたんだい、二人とも?」

 フードの女騎士が、何が不味いのかと尋ねるが、二人は慌てて何でもないと首を振った。


 フードを被った騎士の姿をした女性。彼女はジョーカルこと、フールレ王子が誑かしている相手の一人、スペディロス帝国のソディレア皇女。

 彼女がエファント教皇の護衛の仲間として、追加されてしまったのである。



(どうしようか?)


 ナイツは悩む。

 取れたてのフルーツを途中で買い、美味しそうに笑顔で食べる一同。しかしナイツだけは味など考えていられる状況ではなかった。


 ソディレア皇女。スペディロス帝国の女帝の一人娘であり、かの国の最強の姫。その剣技はタロトス王国では最も強いナイツが足元に及ばない。

 またフールレも誉めていたが、類稀な美貌を持ち、その容姿をフードで隠している。

 いつもは凛々しい顔をしているが、まだ十六歳の少女であり、甘いフルーツを食べているときの顔は年齢相応の幼い少女の顔をしていた。


 ナイツはその容姿を眺めながら、一人だけ悩んでいた。

(というか、お前も悩めよ)

 横目で左隣にいる、ジョーカルという詩人に変装したフールレ王子を見る。なにも気にした様子もなく、美味しそうにフルーツの盛り合わせを食べていた。



 フールレ王子はソディレア皇女を誑かしている。

 そしてソディレア皇女は、フールレ王子と自分は相思相愛だと思い込んでいる。

 しかし実際には、王子は他に三人の姫を誑し込んでおり、四大国の姫を騙している。


 そしてこれから行くのは、ハートノア帝国。王子が騙している、カプノア皇女がいる国であった。

(姫同士が顔を合わせるとか、かなり不味いのでは!?)

 誕生日の時も、姫同士が王子を挟んで顔を合わせないように、女中達と口裏を合わせさせたのである。

 しかしこれから、姫と共に別国へ行く以上は会う可能性が高い。

 ナイツがその事で悩んで一人呻く。隣に座っていたジョーカルが「腹でも痛いのか?」と声をかけた。

(だからお前も悩めよ!? お前の問題だろうが!?)

 ナイツは、この時は王子のマイペースぶりを羨んだ。





 だが同時に、もう一つの疑問がナイツに生まれた。

(なんでソディレア皇女は、すでにジョーカルがフールレ王子だと気付いている事を、口にしないんだ?)

 女中の話でも、惚れこんでいるのは確実である。また時々、少し顔を赤くして鳥仮面を見つめている時があるので、ナイツから見ても惚れているのだろうとは何となく分かった。

 だが会話の内容は、初対面を通している。詩の書き方や歌い方を、サバけた会話で聞いているのである。

 なぜ王子の変装に合わせるのか、ナイツは理解できなかった。



 考えるのも面倒になったナイツは、直接聞く事にした。


 陽が沈み夜になる頃に、予定していた宿場についた一行。

 少し離れた時に、ナイツはソディレアにジョーカルについて聞いた。

「うん、ジョーカルがフールレ王子だという事は知っているよ。私も騎士だからね、体格とか動きとかで何となくわかるんだ」

 爽やかな笑みで答える皇女。

(いや、普通は分かりません)

 ナイツは心の中でツッコミを入れた。


 ではなぜ問わないのかと、ナイツが皇女に訪ねる。

 皇女はまっすぐに返答した。

「だって変装しているのには、何か理由があるんだろ? だったら私は王子が言うまで聞かないし、変装がバレていない体で合わせるよ。フールレ王子が言わないのには、何か理由があるのだから」


 皇女に王子として、会いたくなかったからだとは言えず、ナイツは答えた。

「いえ、申し訳ありませんが皇女様。実は特に大した理由は無いのですが……」

「そうなの? でも私はやっぱり聞かない。理由が無くても、王子が別人を演じたいのならば、私はそれに付き合うよ。私は王子を信じているし、私がそうしたいんだ」

 そう言って、ソディレア皇女はニコリと笑う。

 その後、立ち去る皇女の後姿に、ナイツは良心と胃が痛んだ。



 ナイツに宣言した通り、ソディレアはジョーカルに必要以上には声をかけず、基本的にはエファント教皇の守護についていた。

 その様子を見て、ナイツは自分達は必要ないのではないかとちょっと悩んだ。







 ハートノア帝国はその領地の半分が湖であり、小島の小民族が群れて出来た水の上の国である。

 ハートノアの城も湖の中央に位置し、船でしか行きかう事しか出来ない。

 この国は水を操る、水の魔法使いが重要視されており、その研究を第一に掲げている。

 強力な水の魔法使いは、帆やオールがなくとも、船を動かし、この国の水害を治める。


 そしてこの国の皇女カプノアは、歴代最強と呼ばれる水の魔法使いだった。

 一年前、アルカナス教が予言した他国の大洪水を、全て雲に変化させて空に飛ばすという荒業で治めた。





 スペディロス帝国に行く前、ハートノア帝国からのスパイである女中から、王子の私室でカプノア皇女について聞いていた。

「カプノア皇女様は、かなり本気で王子と結婚しようとしています」

「またまたか」

 もう驚きもしない王子に、冷たい目で女中は話し続ける。

「カプノア様の私室の中央には、堂々とフールレ王子の氷像が飾られております」

「人目もはばかってないのか!?」

 ペイジス大臣の驚きに、女中は首を振る。

「カプノア皇女様の部屋には、その魔力によって作られた水の防壁が常に張られ、他者は入り込めません。ここにスパイしに来た私にだからこそ、見せてくれたのでしょう」



 そしてカプノア皇女について、女中は話し出す。

 生まれついての魔力、そして出生の際の事故で母を失い、周りからもその魔力を恐れられ、深く関係する者は誰もいなかった。

 また父親である皇帝も、愛情を示すような人物ではなかった。

 それらの状況の為、カプノア皇女は心を凍りつかせてしまった。

 しかし、その心の氷を溶かしたのが、フールレ王子だった。



「カプノア皇女様は、以前はほとんど喋らないお方だったのですが、今では私の様な下々の物にも笑顔を見せるようになりました。また今は恋愛小説などを好んで読みます、おそらく王子に気に入られる為の勉強なのでしょう」

 そのせいか雰囲気を特に大事にする女性になってしまった。

 誕生日の二日前の夜に、モンスターが出たので雰囲気を壊されたカプノア皇女は、この日が運命ではなかったと考えて、王子の前を立ち去ったのである。

「恋愛小説に影響を受け、雰囲気などを重視するのは自信の無い現れ……カプノア皇女様は王子に嫌われる事を心から恐れ、そして邪魔をする相手には容赦なく敵意を向けるでしょう」


「王子。あなたがカプノア皇女様を幸せにできなくとも、また心を閉ざさせるような真似をするのであれば、私があなたをあらゆる苦しみを与えてから、殺します」

 真剣な目で言う女中。王子は真面目な顔で告げた。

「つまり君は好きな相手の苦悶や命を奪う事を喜ぶ、サディスト的な趣味があるのか?」

「いま殺すぞ」

 とにかく死にたくないなら気を付けるようにと言われ、王子と騎士と大臣は肝に銘じていた。





 ハートノア帝国の巨大湖の側まで来た一同は、宿場に馬車を止め御者を待たせ、船にお金を払って城へと向かう。


 湖をしばらく渡れば、目にするのは大きな城。

 城門を通り、エファント教皇は問題なく、皇帝の間へと通して貰えた。




「遠路はるばるご苦労であった」

 玉座にいるのは、ハートノア帝国の皇帝エルペラ・ハートノア。

 その顔は無表情で変わらず、声にも抑揚は無い。しかし、ただ目前にするだけも威圧する、そんな風格を持った男だった。


 跪くナイツとソディレア。ソディレアは一介の女騎士の振りをしている。

 司祭のローブを着たエファント教皇だけは立ち、取次の兵士に親書を渡した。

 エルペラは兵士から手紙を受け取り、開いて読む。


「……あい、わかった。アルカナスの教皇よ、我が国はそちらの意向に沿うように行動しよう。他の国にも、この件に関しては私が恭順した事、伝えよ」

 全く表情を変えず、皇帝はエファント教皇に目で頷いた。

「共助、感謝いたします」

「気にするな」

 頭を下げる少年に対し、エルペラは淡々と答えた。



「この対話は以上となる。……それでだ」

 本題の様に男は言った。

「急な話であった為に、準備は大してできていないが、何の持て成しもなく帰らせるなど、我が国の恥。ささやかだが料理も出そう、泊って行くが良い」

 皇帝の、この国のトップとしての配慮。名を隠した上に少数で来たとはいえ、旅して来た大宗教の教皇を何もせずに帰すのは、メンツにもかかわる事だと皇帝は理解している。


 そのための言葉だが、理解したうえで少年教皇は断る。

「恩情は感謝いたします。しかし、これはお忍びの旅でもありますゆえ、あまり目立つ様な真似はしたくないのです。申し訳ありません」



 実はこれは、先日ジョーカルとナイツが教皇に頼んだ事である。

 理由は言わず、早めにハートノア帝国の城から出たいと言い、教皇も聞き届けてくれた。


 カプノア姫が城にいるかどうかは分からない。だが長居すれば、会う確率はそれだけ上昇していく。

 ならば仕事を済ませれば、早く城を出るに越した事は無い。

 これが王子と騎士が、考え出した一つの手であった。



「そうか」

 しかし、皇帝は無表情のまま言葉を続ける。


「だがお前たちの連れは、船旅が出来そうにない状況だが?」




 今、ここにいるエファント教皇の後ろで護衛をするのは、ナイツとソディレア。

 現在、ここにはフールレ王子ことジョーカルはいない。



 彼は久しぶりの船で、すぐに船酔いで気絶した。

 現在は客用の寝室で、青冷めた顔で横になっていたのだ。


(……あんの、バカ王子があっ! 誰の為の方針だと思ってやがるぅっ!!?)

 跪いて下を向いたまま、音も無く歯ぎしりするナイツ。

「……では、ご厚意に甘えさせていただきます」

 エファント教皇も、その理由には断り切れないと受け入れた。




 その日の夜。

 大した準備はできていないと言いながら、様々な魚介類が並ぶ豪華な食卓であった。

 この地に伝わる舞も催され、さながら祭りである。

 しかし教皇と騎士と姫騎士の三人は今一つ、気が載らない。


 エファント教皇は、宗教団体のトップでもあり、そして十四歳の少年でもある。このような華やかな状態には慣れておらず、ただ驚くばかりだった。

 そしてナイツとソディレアは、フールレ王子の事を心配していた。心配の内容は違うかったが。




 そんなフールレ王子だが、いくらか水と薬を飲んで、夜になってようやく気分の悪さが治まった。

「しかし、この体の調子ではこの国の料理は食べれんな。勿体ない」

 ベッドから起き上がったフールレは、顔を水で洗う。

 そして夜風にでも当たろうと、部屋の外に出た。



 城のバルコニーからは、一面の風景が湖だった。

 風によってさざ波が起き、小さな水音が何度も起きている。

 夜空の月と星、そして水に沈む月と星の光を眺めながら、王子は一息つく。


「一年前に来た時も船酔いで気分を悪くしたか、馬車と続けてだから酔いが回りすぎたか」

「……大丈夫ですか……?」

「ああ、心配しないでくれ。体は強くないが、丈夫なんだ」

「……それはよかった」

「そういえば、この国に初めて来た時も、そして一年前も、いや来るたびに彼女に看病してもらっていたな」

「……そうでしたね」

「ふふ、彼女には世話になったからな。出来る事なら、彼女を苦しめない程度にふり」


 王子はその時に、ようやく隣に立っていた少女に気づいた。

 そこにいたのは、まるで水の精霊の様な静かな気配を持った、あるいは月夜の様な神秘的な美しさをまとった少女。

 この国、ハートノア帝国の皇女、カプノア・ハートノアであった。



 カプノアは、きょとんとした顔で王子を見上げていた。

「……苦しめない程度に、ふり……なんですか?」

 王子は滂沱の汗をかきながら、必死に頭を回転させて、答えを導き出す。


「ふり……振り注ぐような愛を送りたいなと思っていた所だ! だが苦しめない程度に!」

 無理のある口説き文句を言うフールレ王子。

 しかし、王子に心酔しているカプノアは一途に飲み込み、顔を赤らめた。

「……苦しめていいですよ……王子の愛ならば、きっと受け止めて見せます……」

 少女の小声は、声量に反して力強く聞こえた。

 

 カプノアは王子に抱き着いた。



 月と星の光だけの、湖に囲まれたお城。

 城内からの喧騒も聞こえず、ただ波の音だけが二人に響く。


「……王子、会いに来てくださったのですね……」

 カプノアは心から、喜びの笑みを見せて、王子を抱きしめる。

 そしてフールレ王子は、いまさら自分が仮面を外していた事に気が付いた。


 時間にして十秒もない、だがとても長く感じた一瞬だった。




「フー、じゃなかった、ジョーカル君。調子はどうだい?」

 王子がいま一番聞きたくない声が耳に届いた。




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